第190話 ここを入れようか迷ったけど、やっぱ彼には活躍してもらう
魔人レイは勇者に剣の切っ先を向けた。
「お前はさ。分かっていたんだろ?」
「何が?」
「何とか言うなよ。俺と同じなんだからさ」
「うるせぇ。お前のせいで頭の中がごちゃごちゃなんだよ。フィーネ、エミリ、マリア。コイツが傷だらけなのは間違いない。死んでも絶望しないって言ったろ?」
三人の花嫁たちは、確かにそう言った。
そして、今は弱さを知った。弱くなった理由が分かった。
レベルカンストで戦う相手が、負けイベントかもしれないドラグノフしかいなかったから、比較対象がいなかったから、弱くなったか気付けなかった。
そして何より…
「アル…。それはそう…だけど」
「ちょっと…待ってよ。アルフレドが頑張ってよ」
続きを選んだとしても、本編シナリオは終わっている。
そして何より、炎で包まれていた時もそうだったじゃないか。
「マリアは死にたく…。ううん、せめて…。メビウス様…。マリアはどうなってもいい…。せめて……。…あ、そういう…意味」
「あ…そっか」
「だから…、レイはあのアンデッドを優しい…と」
今になって彼女がどういう意味で優しかったのかを知る。
影響が出ないとも限らないが、腕と足だけの切断だったのは気遣っていたから。
彼女達に?いや
「お前たちは希望なんだよ。だから…。絶望しちゃダメだ」
彼女達は希望だ。
では、勇者は…
「勝手なことを言うな。俺の嫁に話しかけるな。てめぇが死ねば全部助かるんだよ‼」
SUV剣から漆黒の炎が噴き出した。
その悍ましさに花嫁たちが後退りする。
「もういい。だったら俺がやるまでだ。てめぇが俺を破壊神と呼ぶなら、そうなってやる。全部てめぇのせいだからな。お前らも目に焼き付けろよ。俺は‼レイのせいで破壊神になった‼で、もう一度やり直すんだよ‼」
速度上昇、物理防御上昇、魔法防御上昇、物理攻撃力上昇、魔法攻撃力上昇。
全身にバフオーラを纏い、虹色に輝く体。
「花嫁たちよりも、勇者の方が影響が出にくいのは間違いない。だけど、確実に影響がある筈だ」
「そんなことあるかよ。俺はプレイヤーでなにより破壊神だ」
銀髪悪魔は目を剥く。
ここに来て、やっぱり勇者が分からない。
バフオーラのせいか、それとも武器と防具のせいか、それともそうなってしまったのか。
勇者の目の焦点は定まっていない。
黒い炎を操っているように見えるし、操られているようにも見える。
「女ども。守ってほしけりゃ戦え。世界が終わったら、意味ねぇんだよ‼」
闇の衣を纏った勇者。
触れてしまえば最後、怨嗟の炎に呑み込まれる。
「ほら、来いよ。レイモンド。炎上って奴を教えてやるよ…」
「アルフレド…。お前、どうしたんだよ。俺はお前の中にいる…」
この炎が燃え広がって、画面が、世界が真っ暗になる。
だったら、希望も何も無い。
だからか、女たちが立ち上がる。
「そう…よね。マリアがやらないといけない」
「そうだ、マリア。アイツが死ねば、全部がうまく行くんだ」
「だよね。エミリだって同じなんだから…」
「エミリもやってくれるか。心強い」
「私もやるもん。やるに決まってるじゃん」
その瞬間、魔人レイは全身が粟立つのを感じた。
「フィーネが居てくれたら安心だ。俺は破壊の炎を手に入れた。だから…」
勇者の目は完全にイッテいる。
興奮状態からか、破壊の炎で目が眩んでいるのか。
ここで滅びても、自分のせいじゃないと、次に希望を託せたと思ったのか。
だから、全員がそれぞれ違うキャラに変身していることに気付いていない。
変身した理由なんてないのかもしれないけれど
「止めろ‼炎上を…」
「ぐ…は…」
フィーネは巨大な斧で、エミリは靴に仕込んだナイフで、マリアは細身の剣で、それぞれの夫に攻撃した。
「なん…で…俺…が…」
「…何言ってんのよ、こいつ。もう…我慢できない…」
「アタシだけじゃないなんて許せない…。アンタだけは絶対に」
「他の四人も…。ほんと最低ね。マリアは…嫌。だから…」
そう言った時には、魔人レイは走り出していた。
「駄目だ!炎上に攻撃したら…、お前達…も…」
それぞれが切った場所から、血液の代わりに真っ黒な炎が噴き出していた。
炎上への攻撃は、その場を更に炎上させる。
でも、彼女達は逃げようともせず、それを受け入れた。
「お前たちは希望って言ったろぉぉぉおおお!」
勇者はそのまま崩れ落ちる。
彼の体だって、やっぱり影響を受けている。
何より、三人の体は元々、レイが鍛えたモノ。
急所攻撃が染みついている。
その勇者を飛び越えた先、三人の花嫁は真っ黒な炎の中で寂しそうに微笑んだ。
「ゴメン…ね」
◇
ゴメンね?なんだよ、それ。
そんなの…、俺が認める訳ないだろ‼
「絶対にさせない‼‼」
三人の花嫁は破滅の炎に焼かれている。
——でも、問題ない。
以前の自分はこんなふうに助けていた。
誰でも簡単に思いつく方法だから、何も問題ない。
「ズルって言うなよ。だって俺は魔王だからな‼」
せっかく作った設定だ。
だから、何の問題もない。
「なんで来ちゃうの‼もう…」
「アンタに助けられたくない…」
「アタシはここで死ぬんだ‼」
「黙ってろ‼」
三人の体を魔王が包み、燃えている部分だけ切り落とす。
そして、
「俺が憎いんだろ。俺はこっちだ‼…転送魔法‼」
魔王は花嫁たちの燃えていた部分を抱えて、少しだけの転移をした。
ただ、この炎は消せないから、自分の体も危ない。
魔王に戻ったからHPは増えるし、どうにか出来る。
だけど、その力を彼は自分へは使わない。
「この世界に足りないのは、『未来』だ。その為にお前たちが必要なんだよ‼…完全回復全魔法」
ヒロインたちの体を回復させる為に、魔王に姿を変えただけ。
そんなことをやっているから、あっという間にレイの体が燃え始める。
「なんで?なんで私たちを助けるの‼もう、生きていたくないから燃えたっていいの…。…私…は、一体どれだけ…愚か…」
「その炎は…、アタシ達を燃やすの…。嫌なんだよ。レイ君…アタシはこの世界が…」
「もう…私は生きたくないよぉ…。ニイジマ…。ニイジマなんでしょ」
そして、寄りにも寄ってこんな場面でチャンス到来。
「悪いのは俺。それは大正解なんだ。だから、…ゴメン。本気で行かないと三人から振り払えそうもないから…。——本気の記憶及び経験値破壊」
既に絶望。
こんなことしなくても、あの頃の彼女達に戻っていたかもしれない。
だけど、繰り返された日々は今も彼女達を蝕み続ける。
だから、自身が燃え続けているのに、花嫁の為に杖を振る。
「レイ…、レイ…、レイ…」
「レイ君…、アタシ…」
「ニイジマ…。行かない…で」
三人は全てのプラチナを、記憶を失った。
そして、ソフィアと同じようにその場で失神した。
「これで…」
花嫁全員…、ってアレ?
声が…出ない…
レイはやっと、自分の状況に気が付いた。
あぁ…、そっか。
この炎って、俺にも燃え移るんだ…。ってことは、やっぱ…俺の方が偽物?
今までだって、俺は燃えてなかったし…
「レイ‼」
その声で、咄嗟に本物であろう勇者を一瞥した。
だが、本物勇者は倒れたまま。
「レイ‼聞いておるのか‼」
だから、聞こえてきたのは、心地の良い彼女の声。
でも、怒っているのか、震えているのか…
「聞いておるのか阿呆!お主が燃えてどうするんじゃ‼ワシはお主を失ないたくないんじゃ!」
あれ、おかしいな
ノーサイドで見守るって言った筈なのに。
それに俺は偽物の筈なのに。
呼吸が…、…できない。
俺、やばい。絶対に負けられない戦いなのに、こんな凡ミスした。
いや。そっか。俺は偽物だから、これでいいんだ。
あれ?本当に偽物だっけ…
俺の体は燃えない。で、偽物は燃える。
それであってる…よな。
だったら、俺…。何をやってたんだっけ…
でもさ。これってやっぱり…失敗。
勇者はあんな感じだったから、こんなに何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も、皆を燃やし続けたんだ。
「気付け!はよう、気付け‼」
気付くも何も…、…あれ?
勇者の体も…燃えてない?
あっちも燃えたら…不味く…ない?
「ワシを一人にするつもりか…」
あぁ…、そっか。これって完璧な失敗…
どっちが本物か、なんてどうでも良かったんだ。
俺…、アルフレドの時はあんなで…、マジで馬鹿で。
レイモンドになっても、やっぱ駄目で。
やっぱり…俺には無理だったんだよ。俺なんかが…
——そんな時、聞こえてきた。
「旦那ぁ」
いつもいつもなぜか旦那呼びする、この男の声が。
ずっとコウモリんの亜種かと思っていたら、そんなモンスターは存在しないという、レイがバカをやらかした、ゲーム愛が足りてない証拠になった一人。
彼は黒い炎の向こう側にいた。
「旦那は本当にバカなのか、ドジなのか、考えなしなのか。でも、たまーに見せる突飛な発想に、俺っちの女神様は釘付けなんすよ。」
おい、何をやってるんだよ、イーリ
最後に馬鹿にしに来たのか?
お前がついててやれよ。ラビはさ…
レイは喉まで燃えて声が出せない。
呼吸をしようとすると肺が燃え尽きてしまう。
「惜しかったっすねぇ。まぁ、俺っちとしてはこのままでもいいんすけど、女神様が悲しまれるんすわ」
惜しい…って何が?
それに女神様が…、ラビが悲しむ…って…言われても
俺は失敗したわけで
パチッ
って‼馬鹿‼それ以上、近づくなって‼
こんな馬鹿は放っておけって‼
「つーことで、俺っちとしても困るんすよぉ。だから——」
◇
メビウスの使い魔イーリは魔人レイと契約を交わしていた。
「だったら、こういうのどうですか?悪魔の契約書です。イーリが契約を破棄したら、業火に焼かれるってヤツです‼」
「怖っ‼悪魔の契約書、怖っ‼まぁ…、在り得なくはないか。イーリ、流石にこれは」
「ほいっす。金を溶かすのと、契約書のサインすることにかけて、速さで俺っちの右に出る者はいないっす」
◇
「…ね。過去創造とは一味違いますぜ、旦那。旦那と俺っちも繋がってるから、見てるうちにプレイヤーの目線って奴を覚えちまったみたいっす。なかなかぁ、うまくいったんじゃあないですかい?」
……⁉ 今のは設定変更…じゃない‼
本当に前にあった出来事…って。
確かにそうだけど、アイツは契約書にサインをしたけど
でも、あんなの形だけだったろ?なんで、お前が!
お前はラビの使い魔だろ?ラビが寂しがる…だろ…
「いやぁ。ズルいっすよね。あんなとこに伏線張るなんて」
ペリッ…
炎がイーリに燃え移る。
いや、奇妙なことに炎の大きさは変わらずに、ただ移動をしていく。
「ほら。ここにちゃーんと書いてあるんすよ。『イーリが契約を破棄したら、業火に焼かれる』って。しかもっすよ。ほら、見えるっすか?その場にある全ての業火で焼かれるって…、扱い酷すぎません?だって、この契約は、神との契約っすよ?」
レイの肺に新鮮な空気が送り込まれた。
「止めろ。これは全部、俺の失敗なんだって‼イーリは…」
「旦那ぁ。あと一歩っすよ。つーわけで、俺っちの女神様を…、どうか、よろしくっす。魔法名イーリペリペリなんつって!」
——その瞬間、レイと勇者から吹き上げていた炎が消えた。
その代わりに、とイーリの体が燃えていく。
「何やってんだよ‼イーリ、なんで…。失敗した俺を…。なんで一人で燃えてんだよ…」
今まで出せなかった声が出るようになる。
自分の口が放った言葉が、自分の鼓膜に入り、目の前の事実を否定できないものする。
『大丈夫っすよ。俺っちは元々数に入ってなかったっしょ。それに問題ないっすよ。旦那と違って俺っちは頭がいいんで。ほら…、いつもやってる魔法通信なら、喉がやけても会話ができるっす。ほんっと世話の焼ける人だ……。じゃ、ラビ様のこと頼みましたよ。あと…』
通信魔法。眷属だから出来る会話。
「数に入ってるに決まってるだろ!お前がいないと…さ…」
でも黒い炎は破壊の炎。
イーリを包み込み、彼をこの世界から消していく。
「イーリィィィィィィィィィィィィィィィィィ‼」
レイはイーリを助け出そうと、漆黒の炎に向かおうとするも、炎はどんどん遠ざかる。
そして、彼の最期の言葉だけが残った。
——ラビ様の力の意味をちゃんと考えるっすよ
「力の…意味…って。だって…俺は…」
膝から崩れ落ちる。
ラビの顔を見ることが出来ない。
「偽物…なんだから…」
そもそも、本物って…何?
「完全回復全魔法‼ふぅ、やっと白状したか。レイモンド・レイ‼貴様が偽物のレイなんだよ‼」
バチバチバチバチ…
意識を取り戻した勇者が、自らの体に回復魔法を掛け、せっかく沈下した漆黒の業火を燃やす。
そして、魔王の姿をした男に迫る。
その時、魔王は勇者には目もくれずに言い放った。
「あぁ。俺達は偽物…なんだ」




