第188話 ラスボス・アズモデを救うために、この世界は存在する。
ヒロインはあと三人。
勇者新島礼のお気に入り、ソフィアの記憶が消えてもまだまだ怨嗟は残っている。
ただ、また一歩。近づけた気はする。
それに
「それにしても…」
転送魔法で移動して、開口一番話しかけようとした。
「巨大火炎地獄‼」
でも、戻ってみたら炎の雨が降っていた。
「桃色の傾国美女‼」
マリアのスキル、手から波が出るヤツが飛んでる。
「三日月演武‼」
戦少女の斧が宙を舞う。そして
「光女神光剣‼」
本来はリディアのスキル。それを勇者が使ったってよい。
だけど、これだけは勘弁してほしい。
「勇者‼こっちに来て戦え‼遠くから僕の母さんを狙うんじゃない‼」
アズモデが母を庇ってズタボロになっている。
「お前が裏切ったんだろ‼」
「…ほんと、怖かった。あの時…と同じ」
「そいつはドラグノフが化けてんでしょ‼」
特別なエリアだから、時間の流れが違う。
それを忘れていた訳では無い。
ただ、フェルレは傷が付かず、一方的に蹂躙するばかりという状況が、例のトラウマを発動させる、まで考えていなかった。
「すとーっぷ!なーにやってんの!!」
「アイツが母さんを呼んだんだ。だけど戦おうとしないんだ」
「分かった。分かった。でも、お前が傷付くのは違うだろ。…それに勇者もだ!魔王が戻ったから、一旦落ち着け!」
「落ち着くだと?お前こそ、とっととフェルレと戦え!!そいつはお前と戦う為にここに来たんだ。最強だったんだよ!」
本当に調子が良い。
あの勇者はイキっていた時の自分だ。
その記憶の濃い部分がまろびでている。
「まぁ…。戦ってもいいけど。っていうか戦うのが流れだけど。色んな意味で、さ」
「俺が用意した最強の戦闘マシーンだからな!」
で、やっぱりあれは偽物だ。
記憶は本物でも、ただの悪意の塊だ。
アズモデが、三体をそうしたように。
今までの俺の悪い部分が凝縮されてる…。いや、アズモデがやったことよりたちが悪いかも。
「なら、戦おうか。何がしたいか分からないし、どうなってるのか分からないけど。フェルレは本当に、優しい人だったんだな」
その言葉に勇者たちは目を見開いた。
隣でボロ雑巾のようになっていたアズモデも同じで黄金の瞳を剥いていた。
「どこが優しいんだよ!」
「あの時と同じじゃない!私達は殺されかけたのよ?」
「前の条件だったら再起不能だったし」
一人だけ何も言わない誰か。
それはさて置き、フェルレに向き直る。
「光の女神に選ばれるだけある…。アルフレドとフィーネは実際に見たし…、記憶が戻っているんならエミリもマリアも見たことになるんだよな。ここに残ってるのって、絶対に何度もエンディングを迎えた花嫁たちだから」
ソフィアは戦いを見守っていた時に、ちゃんと気付けた。
ただ、さっきまで戦っていたという事実を考えれば。
「嘘…よ。どうして女神様が悪魔の母親なのよ」
「同じ顔、同じ髪色って気付かない?」
「そんなの…」
「もう…覚えてない‼だって、あんなの直ぐに終わる話でしょ」
レイモンドスタートでなければ、あっという間にクリアが出来る。
そして、勇者の態度からハーレムプレイに徹していたと予測できる。
「そうかい…。だったら、いいや。初めましてフェルレさん。一応、魔王と女神だし。あと、ちゃんと確かめないといけないし」
「た、戦ってくれるのかい?フェルレ・デズモア。…僕の自慢の母さんなんだ」
「へぇ…。お前でもそんな顔をするんだな」
「…そういうのはいい」
この世界の魔王軍を取り仕切っていた彼、ラスボスである彼の、子供のような無邪気な笑顔だった。
ただ、その母親をアンデッドにして戦わせているのだ。
「あぁ。悪かった」
「何が」
「…あれ。なんだろ。何となく…?」
でも…、アズモデが世界の終わりを、復活を望むの無理はない。
記憶を持ち続けたアズモデは、いつまでも朽ちていかない母親をずっと見続けていたのだ。
「フェエエエエエエエエエエエエエエ‼」
「正面から行くぞ。その魔法はもう見飽きたよ」
勇者超大雷神斬と次元破壊を伴う叫び。
あ…。そっか。ゲーム世界じゃなくて、本物の世界だから、ルールも変わっているんだ。
これが神になるということ。
でも、さ。
「アーモンドの剣もSUV製なんだよ‼ヘルガヌスの杖だって負けてない‼俺達を舐めんなよ‼光の女神ぃぃいいいい‼」
「え…。弾いた?」
「マリアたちが手も足も出なかったのに…」
「そんなの…」
「魔族だ。魔物だからだろ。このままどっちもくたばれ。で、時間を俺達に明け渡せ」
やっぱ、弱いんだよ。
この世界が完成していないから…
「…だけど、俺は完成するって約束したんだ」
魔王は杖を手放し、努力しろという父に貰った剣と、前に進めと言う母に貰った大きな体で、黄金の神に向かって振り下ろす。
その時。
「ゥキ…フェエエエエエエエエエエエ‼」
彼女の黄金色の唇が僅かに紡いだ言葉が、剣を止める。
とんでもない力をまともに受けて、全身から血液が飛び散った。
「ぐ…は…」
遠方横では「いいぞいいぞ」という声と「偉そうにしてやっぱり勝てないじゃん」という声が微かに聞こえる。
「母…さん…?今…」
「エ…エ…エ…エ…エ…エ…エ…エエエエエエエエエエエ…」
間違いなく、このゲーム世界で一番美しい存在の様子がおかしい。
「アンデッドの様子がおかしい」
「フェルレ・アンデッドの様子がおかしい」
「フェルレ・デズモアの様子がおかしい」
と、ウィンドウメッセージを出現させたいくらいだ。
「まだだ。まだ…、俺は戦えるぞ。…光の女神、いやフェルレ。お前の中に残った全ての記憶を吐き出させてやる‼」
「エ…エ…エ…エ…エ…エ…」
邪神は一辺倒な攻撃をする。
その理由は、…レイが魔王だからだ。
考えと行動が一致していないのも、彼の死が世界を終わらせるのに必要だからだ。
——そう思っていた。
実際にアズモデはそのように仕組んでいただろう。
だが。
「お母ぁ…さん‼‼‼」
「止めろ‼馬鹿‼」
本当に手のかかる部下…
そして、フェルレの輝く手が剣の如く振り下ろされる。
トン…
「…ルキフェはお兄ちゃん…でしょ」
♧
ルキフェの母であるフェルレは、ルキフェにとても優しい母だった。
フェルレは毎日、毎日、愛息子であるルキフェのことを考えていた。
自分のことも夫のことも二の次で、ルキフェの為に生きていた。
(あ…れ?これって…。このマークって過去…創造…。これはアズモデの口から?でも…)
とても幸せな日々だった。フェルレもルキフェも。
ただある日、ある時。最愛の息子の、とある一言が彼女を変える。
ルキフェ「ねぇ…。この物語…変だよ。なんで…、ドラゴンステーション族は増えていったの?」
フェルレ「私にルキフェがいるように、昔の人にも子供がいたのよ?」
ルキフェ「んー。でもでもー。お父さんにはお姉さんもお兄さんもいるし…。だから…」
フェルレ「ルキフェ。なぁに?」
当時のルキフェはまだ5歳。
それでも難しい単語や旧字体が使われた本を難なく読み解けた。
そうであれば、簡単に結びつく内容も書かれていた。
本来、人間の数は減っていかなければならないのだ。
そして、ルキフェの疑問は彼の中で咀嚼され、こんな言葉となってまろびでる。
ルキフェ「ねぇ。子供はどうやって作るの?」
(って結局、ベタかよ‼しかも、大人が一番答えにくいヤツ‼)
よくある質問のコーナーにも書かれているレベル。
知恵袋にも書かれているレベル。
躱そうと思えば躱せる質問だった。
でも、母は少しだけ困った顔をして、こう言った。
フェルレ「ルキフェ、かわいいルキフェ。お母さん、頑張ってみるね。ルキフェに弟が生まれるように…、これからお父さんと相談してくるね。だから——」
ルキフェは母の言葉に首を傾げた。
母が居なくなったのを確認して、別の本を読み始める。
その様子をこっそりと見つめる濃紺色の髪の少女。
(あれ…。この子…って)
フェルレ「見張りは頼んだわよ。ココアちゃん」
ココア「承知しました。フェルレ様」
フェルレは、ルキフェ以外の人々にも優しい。
少女の名前はココア。
フェルレは、虐げられていたロータスの民の少女を、匿っていたのだ。
フェルレ「様付けは…って、今は時間がないんだった。それじゃあね、ココアちゃん」
急いで向かったのは、夫であるアーモンドの所だ。
そして、やろうとしたことは。
アーモンド「…二人目を。だが、しかし」
フェルレ「いつかは考えないといけないことです。母体が初代に近い方が可能性は上がります。お義母様もそうでしたでしょう」
アーモンド「それは…、そうだが。フェルレは…」
フェルレ「私だって、直系です。大丈夫です。体は健康そのもの。何より、ルキフェの為に頑張りたいんです!…貴方だって…したい…でしょ」
アーモンド「う…。そ、それはそうだが、先祖返りと言われていたあの母でさえ…」
フェルレ「ですから——」
アーモンド「だが——」
フェルレ「その場合は——」
ココアが見張っている中で行われた『家族計画』
これは一族のみならず、全ての人間に課せられた使命。
母親・メビスはそうやって三人の子を産んだのだ。
ソレに倣って、アーモンドはココアを見張りにして、フェルレに黄金を回した。
少しずつ…少しずつ…
ただ、フェルレの体も蝕まれていく。
創世記のドラゴンステーション族の時とは違う。
フェルレ「大丈夫…。大丈夫…だから」
ルキフェ「お母さん…。どう…して…」
フェルレ「…女神のカケラを飲まなければ…、私たちは破滅をする…の…」
ルキフェ「お…かあ…さん。も…しかして…。だ、大丈夫…だよ。僕、一杯勉強するから…」
フェルレ「ルキフェ…ゴメン…ね」
そしてフェルレは動かなくなった。
(これが真相…。だから…)
◇
ココア「アーモンド様。駄目です。そんなにお飲みになられては…」
大人になったからか、青色が美しくなった侍女。
彼女は主人からカップを取り上げた。
アーモンド「フェルレは…。もう、いない…。私はどうしたら…」
(…え?時間が流れてる。っていうか、この二人って)
ココア「ルキフェ様がいらっしゃいます」
アーモンド「ルキフェ…か。今も勉強をしているよ。アレによく似ているからな」
ココア「そう…ですね。でも…。私は心配です。それに…、奥様のことも…」
ルキフェは変わってしまった。
黄金接種のせいで、息が止まった母。心臓が止まってしまった母。
母のことだけを考え続けて、本を読んで読んで読み続けている。
アーモンドの妻は、その事を心配していた。
だから、夫にあることを伝えていた。
それは、彼女のお気に入りココアにも。
『ルキフェに弟が居れば、私が居なくても前を向いてくれる』
アーモンド「…我ら、ドラゴンステーション族は…。ずっと未来に怯えていた」
ココア「……」
アーモンド「済まない。ザパ…、いやロータスの民の君に言う話ではなかった」
ココア「いえ…。私はフェルレ様に憧れていました。だから…」
アーモンドは頭を抱えていた。
息子のこと、そして兄の野望に。
ココアといつも一緒に悩んでいた。
その後、二人は結ばれることになるのだが。
(…そうだったのか。…これであっているんだ。やっぱり、アズモデの母親は狂ってなんかいなかった。あぁ、そうだよ。だって、これが…。俺が生まれた理由じゃないか…。真面目だった親父が後妻を娶った理由は…。それから、やり直しが起きたら、俺がいないかもしれないってココアが、母さんが言った理由が、あの言葉…)
◇
(え…?また?)
薄暗い部屋の中。
一人の男が椅子に座っている。
「女神の書…か」
(こいつって…)
「女神よ…。…であれば、約束しよう。アルフレド、お前に力を授ける。その力は破壊の力…。バーベラを連れて行った世界など…、あってはならない」
♧
レイは目を剥いていた。
アズモデも同じ表情だった。
「そう…か。あの一言で…僕のせいで…」
「…アズモデ。考えるのは後だ」
気付けば、三体の魔物に取り囲まれている。
そして、この三人がミッシングリンクそのものだった。
世界を救う勇者をラスボスが手伝っていた。
ゲームなら、良くある設定だが、今までのシナリオでは動機が足りなかった。
「考えるのはあと…って」
「こうしたのはアズモデだろ?だからさ。兄さんが決めてくれ。全ての始まりのキッカケ…。過去を見続けている三人を、兄さんはどうしたい?」
キーワードは揃った。
何をするべきか分かった。
——真の意味で世界が完成する為に必要な事が分かった。
「…アレでいきなり弟ヅラかい?ほんと、君は調子が良いねぇ」
何の為に、ここにいるのかも分かった。
「一緒に見たんだ。やるべきことは分かってるだろ?」
「弟に振り回されたくないんだけどね。…母さんは僕の運命を知っていた。そして僕がふさぎ込むことも分かっていた。勿論、止められなかった親父は許さないけど。ココアさんにも思う所はあるけど。…母さんは僕に前を向けと言った」
「あー、それは色々事情があったから…。いい人だったろ、ココアさん」
「それはまぁ…ね」
「で。俺の母さんも同じことを言ったよ。んで、ここまでの御膳立てをした父さんのこともちょっとは認めてやれ」
だってこの世界は、アズモデを救うためにある。
その為にレイはここに居る。
「それを取り違えて、僕は悪魔になった。弟も悪魔に変えたんだよ?」
「必要な事だったんだよ。だから…」
それが世界を救う意味でもあるのだ。
この世界に必要なのは『過去設定』じゃない。
「弟なんだから、指図しないでくれる?…でも、僕じゃ無理そうだから、命令をしてあげるよ」
「全く…。面倒臭い兄貴だな」
そして。
「レイ。僕だけじゃない。皆を前に進ませる為に…。母さんたちを在るべき姿に変えてくれ——」
『記憶及び経験値破壊』を使った後、三体の邪神は姿を消した。
キラキラと金色と白金色に輝きながら、本来あるべき場所に戻った。
ラビの目はそう告げていた。




