第187話 光の女神に背いたと思った元修道女は自らに絶望する
魔王は本来は配下の筈の悪魔を睨みつけた。
「お前の趣味が混ざってるじゃないか…」
キング・アーノルドアンデッドから発せられた言葉は、過去創造に登場していないモノ。
そして、あのアーノルドがソレを娘に言う筈がない言葉。
当然のように、娘は心を刈り取られてしまったのだ。
ただ、魔王の目はアズモデの変化を見逃さなかった。
「…あれ。いつもの仕草がない。あぁ、そうか。手帳を勇者に取られたから…」
さっきから鬱陶しいくらい、ペラペラ音が聞こえている。
勇者と呼んでいいのか難しい場面だけれど、あの勇者は次なる時間稼ぎを探している。
とは言え、目下時間を稼がれ中なのだ。
「三人を元に戻す方法…。記憶及び経験値破壊は…、クソ。役に立ちそうもない。アズモデがどんな割合でゴールドとプラチナを混ぜたか分からないし」
ココアとアーモンドも、アレから続きを話してはくれない。
ずっと同じことをいうボットになってしまった。
その度に邪神の攻撃が来るのだから堪ったものではない。
「…っていうか、リディアは気付いていなかった。一体、どうなってるんだよ。俺にどうしろってんだよ」
とは言え、流石に前に進むべき状況だった。
だから、ラビは協力してくれた、と考えた方が良い。
そもそも、ラビの手にかかれば、目の前の三体だってどうとでもなる。
でも、それは違うのだろうから、彼女は動かない。
冷徹なまなざしを送り続ける。
「幸運…とは言えないけど…。絶望的な状況になったら、花嫁たちは受け入れるのか…」
余りに悲しいけれど、彼女達は…
「希望…。この世界を壊させない為に…。絶対に必要なんだ」
希望を絶望に変えて、そこから新たに生まれさせる。
それが必要なんだと、リディアの状況から悟った。
「…ってか、気付けよ」
「ホロビヨ‼」
邪神型アンデッドの中で最強であるキング・アーノルドアンデッドが牙を剥く。
このアンデッドの余計な一言のせい、もしくはお陰でリディアは絶望した。
でも、少しムカつくから無力化したい。
とは言え、アーモンドとココアはどうすれば良いか。
同じことを言ったら、もしかすると殺したいと思えるのか。
「わっかんねぇよ…」
そう呟いた時。
勇敢ではない勇者がパン‼と手帳を閉じた。
そして、こんな状況で勇敢にも叫ぶ。
「キングも大したことないな。でも、俺は見つけたぜ。っていうか、最初から分かってたんだよ。そもそも…、アズモデがラスボスなんだよ」
当たり前のことを無意味に叫ぶ、という意味での勇敢ではない。
これがレイにとある決断をさせる一打となるのだ。
「アズモデ、喜べ。プレイヤー様が許可を出す」
今にして思えば、この件があったから四天王第二席は大人しくしていた。
アズモデの手記には、間違いなく『この件』が記載されている。
彼女の名は
「フェルレだよ‼ぼさっとするな。魔族になれば生き返れるだろうがっ」
デズモア・ルキフェがおかしくなった原因。
当時はルキフェ・デズモアだったかもしれない。
そしてアズモデが、この壊れてしまった世界を終わらせたいと願っていたのも、やはり彼女が理由だ。
「アズモデ。早く連れて来いって。お前しか墓の場所を知らないんだからな」
「え?それって誰よ。私は知らない。エミリ、マリア、ソフィアは知ってる?」
彼女のことは誰も知らない。
そもそも、
「アズモデの母親だよ」
「えええええ。アズモデって人間だったんだっけ」
「キラリもあの二人とは血が繋がっていないと話してましたよ?」
リンクがミッシングしまくって、この状態なのだ。
その経験と記憶はプラチナと共にどこかへ消えてしまった。
「母は…」
「黄金中毒で死んだんだろ。そのモチベは買ってやる。とんでもない化け物にならないように気をつけろよ」
「うぐ…」
ドラゴンステーション族はゴールドを求める。
そういう狂った例の一人として、少しだけ登場した。
そして、ルキフェ少年は母に会いたい。
「っていうか、なんだよこれ。そこのレイというバカが考えたんだろ…。名前も設定も…、マジで反吐が出るな」
態度も行動もイッている勇者が引いてしまう設定。
女神の書にも、公式設定資料にも、インターネットにも載っていない話が、アズモデの手記には書いている。
「勇者さまは…。僕の母さんを知っているの?僕の母さんは」
「ち、違うって。これは俺が考えたわけじゃないって。そこのレイモンドが一人で考えたんだよ!勘違いするな」
「ふーん…」
◇
勇者たちがネクタに辿り着く前に、航路の開発の話をしていた。
ネクタの協力を得ていた勇者は、北回りの海洋ルートであるネクタ-エクレア豪華客船を開発済みだ。
本編中にも登場した通り、マハージにお願いすると船を建造してくれる。
本来はバッドエンドルートだが、世界はフィールドという縛りから解放されている。
勇者たちはデスモンドに行かなくても、アーマグに渡れる状況にあった。
とは言え、今更アーマグに行っても何もない。
そもそも、ネクタには何でもある。
「はぁ…。疲れるっての。アンデッドもプラチナで動いてんだろ…」
絶賛、時間稼ぎされ中の魔王は、三体の邪神の対処に頭を抱えていた。
その間に勇者はDSW-003を見つけて、嫁たちと寛ぎ中だ。
「ホロビヨ王と、しっかりせい親父と、前に進んで母…。一人ずつ、配合が違うとか。アイツの頭はどうなってんだよ…」
デズモア・ルキフェは魔王軍幹部全てを欺いていた。
しかもドラゴンステーション族の中でたった一人の記憶持ち。
ロータスの民がいたとは言え、魔王軍の指揮系統は彼が一人で熟していた。
設定とはいえ、プレイヤー・レイには読み解けそうもない。
「来たよ」
「え…、もう?」
「大体、分かっていたからね」
アズモデはアーノルド王の遺体と共に、母親の遺体をアフレルゾに持ち込んでいた。
だから、ネクタに帰っただけだった。
エクナベル家には、自動車整備室とかいう無用の長物がある。
「って…」
そして、魔王が用意したフィールドと外では時間の進みが違う。
だから、あっという間にその遺体に魔物化処理が施されたらしいが
「嘘…だろ…」
邪神タイプの魔物を牽制していた魔王が目を剥く。
それは寛ぎまくっていた勇者も花嫁たちも同じ。
魔王に言わせれば、今までの三人には悪意を篭めていたろ、とツッコみたくなるほど…
「あれ…、アンデッド…なの?」
「リディアは知っていたのかしら」
「もう…。いなくなってしまいましたから、分かりませんね」
「っていうか、パパの船に遺体を積んでたの⁉」
「兵は多い方がいい…だろ。ってか、アレが黄金中毒者…。なんか…、色々考えてしまうな」
だが、しかし。
ここにも、とある設定が活かされている。
流石に魔王はソレに気付く。
自分で考えた設定だから間違えようがない。
「ゴールドの魔力…。万物の耐久性を高める…。だから、ドラゴンステーション族は黄金を飲もうとした…。そして…。う…、なんでもない。それにしても…」
「黙れ。…そうだよ。僕の母さんは完璧な人…なんだ」
現れたのは二十歳くらいの人間だった。
遠目にはリディアに見えたが、近づく程に息を呑む。
「瞳は黄金…。つまり」
「ううん。僕の母さんはずっとこの色だよ。ソレより…、早く僕の母さんと戦ってよ」
その為に連れてきたのだから、当然かもしれない。
だけど、それは彼の宝物。
高級なビスクドールよりも美しい人形。
宝石と貴金属があしらわれたソレは、ゴールドの魔力も重なって、所有欲さえ生み出すもの。
先の三体に悪意を覚えるのも仕方がない。
だが、彼はここで終わらない。
「魔王でもいい。勇者でもいいから、僕の母さんと戦ってよ」
「は?…お前、何を言って」
そこで、予想通りあの男が立ち上がる。
「へぇ…。マジでいいのか?俺が勝ったらペットにしていい?」
「お前も何を言ってるんだ。彼女を用意させたのは俺と戦わせるため、時間稼ぎ作戦の一つだろ…」
「あ?魔王が何言ってんだ。人間は魔族を従えるもんだろうがよ。それによぉ。これはテメェらに絶望を与えるためだ」
◇
「光女神速度倍化」
「光女神の怒り」
「魔法・物理防護魔法」
それを合計して三十回。
この空間は時間の進みが遅い、と言ってもアズモデが色々やっていた時間を考えると、バフは既に切れていた。
「アル、大丈夫?三十回、重ねてみたけど…」
「マリアたち、頑張ったけど十回が限界。やっぱり勇者様は体が違うのかな」
「あれ。体じゃなくて、プラチナ?」
「エミリ、それは魔王が言ったことですよ。勇者様は光の女神メビウス様の守護者です。リディア様はいなくなりましたけれど…」
残り四人になってしまった花嫁。
四人それぞれの匂いを嗅ぎながら、ポンポンと肩を叩いていく。
なんと勇者の体は三十回の魔法重ね掛けにより、10倍も強くなっていた。
そして、不敵な笑みを浮かべる。
「ったり前だろう。俺は世界を救うんだぜ」
それはそうかもしれない。
時に神さえも倒すのが、勇者という者。
「さぁ。母さん…」
「アズモデもいいのかよ」
「いいって…。何が?」
勇者が不敵な笑みを浮かべるなら、悪魔は恍惚な顔で微笑んでいる。
そして、黄金のアンデッドの顔は変わらない。
そもそも、動いていない。
ただ、
「さぁ、母さん。こっちだよ」
息子の手に掴まっているし、歩いてもいるから、関節は動くらしい。
そういう人形もあるし、カギッコホネッコという魔物もいるし。
アレはアレで魔物かも知れないが…
勇者と花嫁たちと、アズモデの母が対面する。
「アズモデはさがってろよ」
「勿論。さぁ、母さん。戦っていいんだよ」
そして、そのまま。
「勇者‼何をやってるんだよ」
勇者は青空の下で、戦うも何も、彼女の両肩を掴んで押し倒そうとした。
だが、
「あ?んだこれ…」
フェルレは目を大きく開けた。
ダイヤモンドのように光り輝くソレは、やはり何の感情も持っていない。
そして
「ェ…」
「け?」
「ェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」
エという言葉と共に勇者が弾かれる。
そして、花嫁がそれぞれの武器を手に、魔物狩りを始める。
だが、弾かれる。
「おい、勇者‼今度こそ、嫁を守れよ‼」
「指図するな。だが、やってやる。てめぇとは違うんだよ‼魔物は少々じゃ死なねぇ!」
あの伝説のSUV剣を両手持ちに切り替えて、勇者は飛ぶ。
魔力を伴っているから、飛んでも加速が落ちることはない。
「勇者超大雷神斬‼もう一回、死ね」
「フェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」
ガキン‼という金属音。
そして、ドスンと落ちる断面を伴った体の一部。
「ぐぁあああああああああああ‼ソフィア、回復‼俺の…手が…」
「ゆ、勇者様‼みなさん、フォロー頼みます‼」
「分かった。みんな、行くわよ…」
「人間と戦ってないん…だね。やっぱり…」
「断頭大蛇、…イッ‼」
黄金に光り輝くフェルレに花嫁三人が突撃する。
そして、桃色花嫁の顔が苦痛に染まる。
彼女は目を剥いて、こう叫んだ。」
「あ、足が‼…え、えと。えとえと。か、回復しなきゃ…。私の足…」
欠損部分の回復に慣れていないマリアは、自分の足を探そうとした。
だが、何故か直ぐには見つけられなかった。
「う…そ…。そ、ソフィア…」
「完全回復全魔法完全回復全魔法完全回復全魔法…。え、えと…、これで」
欠損部位の修復に、切断部位は必要ない。
魔族と同じなら、その部分も修復される。
だったら、この光景は…
「ひ…」
回復魔法を連発することで、仲間たちの体が自動回復する。
それはそうなのだが、桃色少女は絶句した。
辺り一面が、人間の腕と足で埋め尽くされていた。
これは流石にグロすぎる。
「アル…。お願い…。私たちじゃ」
「アタシも…、何回か見えない攻撃を喰らった」
「…違うわよ、エミリ。この女が使っているのは…、多分魔法。次元破壊…だと思う。アルにしか躱せない。だから…」
「無詠唱…なんて在り得ねぇ。小声で言ってんだろ。俺が負けるわけ…」
余りも速い動きが出来てしまう勇者。
ただ実は、そこまでの重ね掛けは魔王の想定の上だった。
即ち、意識が置いて行かれる。
「フェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエ‼」
だから、人形の腕の動きが何を意味しているのか、勇者には全く分からなかった。
突き出された手が、グロテスクな何かを握っていた。
それは長い長い赤いロープ。それが何故か、自分のお腹と彼女の手を結んでいる。
運命の赤いロープなんて、なかなかに洒落ている。
「フェフェフェフェフェフェフェフェフェフェフェフェ」
だが、完璧と言ってよい容姿の黄金の何かは「このロープは要らない」と、つまらなさそうに地面にぶちまけた。
そも、この光景は何処かで見たことがある。
そう。だからこそ今回も。
「皆、歯を食いしばれ‼一気に投げるぞ‼ソフィア‼さっきの回復魔法だ。MP切れなんて…、…って」
全員を投げ飛ばしたと思ったけれど、数が足りなかった。
それもその筈。
「ソフィア。しがみつく相手を間違えてるぞ」
エメラルドの花嫁は灯台下暗し、魔王の足下にいた。
そして、片足をぎゅっと抱きしめていた。
「だ…だって…。私、怖い…。これは…天罰…」
顔をあげられない花嫁は、レイの足の隙間から震える指を差し出した。
その先に居たのはフェルレ・アンデッドだ。
そして、魔王は肩を竦めた。
「なんだ…。気付いていないのかと思った。てっきり忘れているのかと」
「…忘れて…いました。そして…大変なことを…」
キャラの使い回し、なんて色を取り戻した世界で言うべきではないだろう。
黄金比率100%のフェルレの体なのだ。
「私たちはメビウス様の使徒。なのに…、女神様に…」
魔王は肩を竦めた。
正確には、その外側。借り物。
だが、成程。一周目で彼女が登場するのは、魔王の死後。逆に言えばデズモア・ルキフェ戦の前。
二周目以降はデズモア・ルキフェ戦の後。
今回だってそうだ。つまりアズモデは常に持ち歩いていたのだ。
そして、遂にこのタイミングがやって来た。
「ソフィア。その…、ついでに言っておく。こういうのって決まりはなかったと思うけど──」
元・修道女は目を剥いた。
やはりというか、何故か気付いていない。
「そんな…。それでは私はいくつもの…、戒律を…。だから、私たちの世界は滅びるのですね…。いいえ…、滅びなければならない」
「いいや。お前は正しい。お前は生きるべきだ。生きなければならない」
「また…、レイが私を守る…の…」
なんとも歯がゆいシチュエーション。
だけど、多分。
「次に守るのは俺じゃないよ。ソフィア自身か、それとも違う誰かか」
──『記憶及び経験値破壊』
「…嘘を見破れる…って思ってたのに…。何も…私は…。全てを…失って…しまいました」
「いいや。これから新たな世界を手に入れるんだよ」
「そんなの…悲しい…だ…け…」
そして、ソフィアも意識を失う。
彼女の場合は、登場より先に会う想定まで含めたのだろう、勇者と会う以前までの記憶が失われたらしい。
「フィーネ。マリア。しっかり回復しろ。…で、MPも回復しとけ。俺は少し席を外すだけだ。アズモデも、な。アズモデの母親とのことは、それからだ」
「……」
魔王は魔王戦の途中に席を外す。
そういうこともあったっていい。
ソフィアを抱え、あの場所へと向かう。
そこで初老の修道女と対面をした。
「─というわけです。ソフィアを頼みます」
するとシスター帽の女は目を剥いた。
「レイ…様。アナタはそれでいいのですか?そんな、あんまりじゃないですか」
「これが俺の使命…。それに世界の為です」
「だからって…」
「それに…。大体…分かりました。俺は──」




