第184話 ラストバトル開始
約10km先。
男は一瞬姿を消して、気付けば目の前に居た。
その時には既に走っていて、今から攻撃するぞ、と言っているようだった。
動…かない…
女戦士はカウンターを決めようと思った。
かち割りか、エミる斬りか。
だけど、反応が遅れてしまったから、多分タイミングが合わない。
だったら、防御するか、避けるか。
「ま…」
やっと口が開いた。
カウンター出来ないなら、魔王が来ていると仲間に伝えないと、と思った。
その時、小さいが甲高い声が耳朶を揺らした。
なんで、そんな声なのか。
赤毛の少女には理解できないのだけれど、一般的にはドップラー効果と呼ぶ。
それ故に直前で知っている声に変わった。
「エミリ、そんな格好は止めろ。お前は──」
こいつ、何を言って…。あれ?アタシってまだ…
口の形が「お」に漸く変わった時、男の視線は目の前にあった。
そこからソレは上向きに移動し、
駄目!避けないと!
魔王と言葉を紡ぎ終える前に、別の思考がやって来た。
直後、強制的に目線は空を眺めていた。
ここは青空だ。勇者が言ったように魔王軍はギリギリの戦いをしていた。
痛い!痛い!顎を蹴り上げられた!不味い。意識が飛びそう!堪えないと。堪えないと!
「ま。最初の一撃はこんなものか。自分で提案しといて、自分で驚いた。流石はラビ様…だな」
ラビ?誰よ、その女。アタシは放って置くクセに。
今度の声はとても低く感じた。
憎しみのお陰でどうにか堪えたが、魔王の姿は遥か遠くに移動していた。
◇
赤毛の戦士は吹き飛ばされた。
その直後、モンクと修道女が同時に回復魔法を唱えた。
そして皆が一斉に叫ぶ。
「やっぱり罠」
「置き魔法か」
そこで女戦士は倒れた場所が、妙な岩盤の外だと気付く。
「ち、違う。今、アタシ蹴られたでしょ?ほら、魔王が…」
と言ったが、確かに妙な感覚は残っている。
「嘘よ。発動型の魔法か、トラップでしょう。だって何も見えなかったし」
「見えなかったって…。だって、現にアタシがこの目で」
「闇魔法ね」
「闇…魔法…」
「もしくは幻術でしょうか」
「どっちも同じじゃない?」
金色、水色、緑色、桃色。
色とりどりの髪が前後に揺れる。
「ってことは、やっぱり罠だ」
「罠…っていうか、体が重かったというか…」
「重力魔法ってこと?確か、魔王って重力魔法使ってたよね」
「…そうですね。先代の魔王ヘルガヌスも得意としていました」
「どうしましょう。引き返しますか?何もない場所の方が、私たちも戦いやすいですし」
重力魔法、そう言われたら、そんな気もする。
でも、その魔法なら、エミリも知っている。
だから、釈然としないまま振り返った。
すると、いつの間にか魔王が立っていた。
大体、500mのところに。
「成程。流石に混乱するか…」
「魔王‼」
「レイ‼」
すると全員が目を向いて、それぞれの武器を構えた。
でも、魔王は剣も杖も取らず、鷹揚に腕を広げる。
「済まない。良かれと思ったことだ。ただ、こっちの方が絶対に戦いやすい」
「お前がだろ。そういうのを罠って言うんだよ‼」
「本当に卑怯…。嘘しかつかない」
これは流石にそう思う。
その戦いやすいという意味のベクトルが分からないし。
魔王は肩を竦めるが、今のエミリの吹き飛ばしがあるから、誰も納得できない。
しかも奇妙なことを言う。
「肉体と経験、ゴールドとプラチナについて、アズモデの手帳で履修は済ませたか?」
「そんな話は知らない。何を言って…」
「それは…、ドラゴンステーション族の誕生に関わることです」
「リディア。コイツの話を信じちゃいけない」
「でも…。私たちの体も同じです。人族と魔族の関係についても、半月前の戦いで定められましたし」
ただ、リディア姫と勇者とで意見が食い違っていた。
その理由は、残念ながら魔王以外の誰にも分からない。
「はぁ…。アズモデの手記に書いてなかったっけ?アイツ、気持ち悪いくらい俺の行動をメモってたけど」
「そんなことはどうでもいい。そのエリアから出て戦え。じゃないと俺達は」
「だったら、そのまま死ぬけどいいのか?…勇者よ」
「なん…だと?」
「アルフレド、落ち着いてください。私たちは追い詰められています」
「でも、ここは青空だよ。ほら…。よく分からないし。止めた方が…」
「リディアは覚えてるんだろ」
「気安く名前を呼ばないでください」
「あぁ…。そうだったな。なら、人間の姫よ。もう一度、勇者たちに肉体の構成要素を教えてやれ」
ここで生まれているのは、ミッシングリンクだった。
キラリとアイザ、そして悪魔たちがいなくなったせいで、話が繋がらない。
とは言え、大事なのは結果だ。
「早く入ってくれないと、上手く話せないんだが…」
なんて魔王が不満を言っている間、リディアは朗々と勇者とヒロインの物語を披露する。
それを信じるか信じないかなんて関係ないのだが。
「経験値とゴールドが元ネタかよ。…だから、どうだって言うんだ」
「それと私たちがあっという間に殺される意味が繋がらないわね」
「確かにそうですね。魔王、何が言いたいのですか」
「人間の姫よ。よくぞ聞いてくれた。我は神に祈りを捧げ、この地のゴールドとプラチナの『うごきにくさ』の比率を変えてもらった」
「それが重力魔法ということ…」
「いや、違うな。プラチナを動きやすくした。すると、どうやら神経系統が加速するらしい」
エミリの両肩が浮いた。
漸く、さっきの現象がピンときたのだ。
「アルフレド…。魔王が言ってること、多分本当…」
「何?」
「アタシ、あの間にいっぱいいっぱい考えてた。だから、体が遅いって感じた」
「っていうか、何の為に?」
そしてタップリと前置きをした意味が漸く明かされる。
「よくぞ聞いてくれた、エクナベルの娘。これぞ、バフ専用フィールドだ。魔法によって、筋肉つまりゴールドの動きやすさが変わる。それを存分に味わってもらう為に考え出したのだ。…だから、早く入って加速上昇してくれ。話しにくくて敵わない」
最初に反応するのはエミリ。
素直で真っ直ぐな性格だから、簡単に呑み込む。
「そういう…こと…か。だから、アタシ達が戦いやすくするため…」
「簡単に信じるな。やっぱりこれは…」
そうは行かない勇者。
でも実は…
「このフィールドは、魔王である俺が死んでも残り続ける。これが意味するところを…、アルフレド。今のお前なら一番分かるだろう?」
「な…、何を」
その勇者に一番刺さるフィールドである。
だからこそ、魔王は甘い蜜を用意した。
何を考えているか分かるからこそ、用意できる。
「肉体は魔法で加速できる。そして思考回路は加速済み。…なら、お前達が時と言うモノが変わってくる。何なら、このフィールドをもっと大きくしてもいい」
「はぁ?何なの?それってマリアたちが直ぐに歳をとるってことじゃん‼」
「えー。それは嫌だよ。お父さんとお母さんに追いついちゃう」
「…いや。確かに名案かもしれない」
「え?何を言ってるの?早く歳をとるんだよ?」
「何を言っているんだよ。これは戦いの為だ。加速中、思考が追い付かないことはないか?俺には心当たりがあるんだよなぁ…」
なるべく時間を引き延ばしたい勇者と、直ぐにでも破壊神に近づきたい魔王。
キーワードは『人間が感じる時の長さ』だった。
とは言え。
「よし。勇者アルフレドの魔王退治の始まりだ。皆、バトルフィールドに入り、戦う準備を始めろ」
「お前…。この期に及んでも、その戦い方を止めないのか…」
両者が真の意味で結びつくことはない。
◇
「光女神速度倍化」
「光女神の怒り」
「魔法・物理防護魔法」
それを合計して五回。
「凄い…。五回重ねても思考がついていける…」
「私たちの体は、こんなにも強くなるのですね」
「全てはメビウス様のお導き…。この世界を怨嗟の炎で燃やす魔王と戦いましょう」
併せて、盛り上がる気持ち。
「レイを絶対に許さない…」
「何度も何度も、パパとママを裏切った罪を償って貰うんだから」
ヒロインたちは本当に…
「…どうかしている」
血生臭い戦いを欲している。
魔王はバフ魔法の使用を許可しているのに、その真意にも気付かない。
「どうかしているのは、レイの方よ‼全部…全部…。悪いのはアンタ。…巨大爆炎戦塵斬‼」
「闇落ちの心をそうやって保っていた…のか」
水色のレーザーが、あっという間に魔王を捉える。
剣と剣がぶつかると、その合間を縫って桃色の光線が、空中に三日月を描きつつ、その鋭利な先端を覗かせる。
「もっとマリアを見て欲しかったのに‼竜の怒り浴びせ蹴り‼」
ロータスの民とドラゴンステーション族がぶつかることで、髪色は鮮やかに変化した。
それは彼女の母が言っていたこと。
「もっと見ていたかったよ‼だけど‼」
左手に持った杖でソレを払う。
そこに今度は純度の高いドラゴンステーション族の金色の超速度ロケットが着弾する。
「姫…。そのような動きは」
「光女神光剣‼お前もドラゴンステーション族でしょう‼どういう牙をしてるのよ‼」
「王族ってことになったっけ…。だったら尚更、青のドットは欠けちゃいけないだろ‼」
レイの髪が銀色に染まった理由は、父がプラチナ中毒を起こしていたから。
…ということになった。母はロータスの民、ということになった。
中途半端に黒髪が生えているって理由で、だ。
右手、左手、そして歯で止めた魔王。
身動きが取れない状況で、赤い閃光のお出ましだ。
「アタシはレイ君にこんなにも尽くしてるのに!!」
自慢のエミる斬りで、真横から魔王の首を狙う。
そこで彼女は、半月前の意味を知る。
「え…」
バサッとコウモリの羽が伸びた。
目で追うのは不可能な動き。ただ、それだけなら百歩譲っても分かる。
その羽がエミリに向かわないから、戦少女の斧が首にめり込んでいく。
最も彼が嫌う一発死の匂いに、エミリは息を呑む。
しかし、赤毛の咽頭の動きよりも早く、魔王の喉が白金色に染まっていく。
「な…ん…で…?」
左右に広がった羽が、内側に回った。
先端が背後に迫り、横を通り過ぎた。
金色の姫が闇に染まり、空色と桃色の花嫁も包まれる。
そして、戦少女の斧が勢いを失った。
「神聖大旋風斬‼」
一番高く飛んでいたエミリには、詳細が見えていた。
後列の翠水晶の花嫁が手を翳している。
あの魔王城の天窓素材を含ませた、清風魔法がその手から放たれる。
辛うじて動いた瞳が、修道女の口元を捉え、「どうして」と紡いでいることに気が付いた。
そこで全てが暗闇に包まれる。
◇
ソフィアの瞳孔は開ききっていた。
その口が「どうして」と言った後、花嫁たちが光沢を放つ白金色の羽に包まれた。
「どうして…、アナタは皆を守るのですか?」
「味方もろとも…か」
「…いけませんか?私たちは命を懸けて戦っているんです」
ミッドバレイの神話に残る、魔王を倒すという使命を背負っている。
字面だけを考えれば、何人か死んでもおかしくない。
救うのが世界という規模を考えれば、たった四人の犠牲と言って仕舞える。
「そう…だな。その憎悪を以てすれば、容易い…か」
「容易くなんてない‼アナタがいるせいで世界が終わる‼」
レイは肩を竦めて、羽を大きく広げた。
すると、勇者の花嫁たちが吐き出される。
「エメラルドグリーンの花嫁。…その憎悪は何処から来ている?」
「何処って…。レイが世界を燃やす。これは…、厳然たる事実です‼」
「な…。何があったか…、聞かせてくれないか?」
実は、もう一つ考えていたことがあった。
もしかして、勇者ではないかもしれない、と。
勇者とは別に破壊神が居るのではないか。
勇者は、その影響を受け続けているのではないか。
破壊神の出現時、デスキャッスルに居た全員に可能性があるのだ。
「どうして事実だと言える?俺に…、…うぐ‼」
「ねぇ…。どうしてソフィアと話してるの?アタシと‼…話をしてくれないの?」
首筋に痛みが走る。
続きとばかりに戦少女の斧が振り下ろされる。
そして、レイは混乱に陥った。
「ど…して?どしてソフィア?いつも…いつもいつもいつもいつも‼」
「エミリ…?その顔は…」
「へぇ、ふぅん。今ので分かった。こうすれば…、レイ君はアタシを見てくれるんだね‼」
さっきまでの彼女ではない。
翠眼が鮮やかに輝き、その小さな体に魔力が凝縮する。
そして
「…皆、死んじゃえ。三日月演武」
花嫁の斧が、花嫁たちを襲う。
——だから、やっと俺は気付けた。
「そんなこと…、させるわけないだろ‼」
「どうしてよ‼レイ君は大丈夫って言ったじゃん‼アタシと一緒に生きてくれるって…」
「そうだよ‼言ったよ‼でも…」
その気持ちは、ただの憎悪ではない。
直ぐそこまで来ている。
ビリビリと感じる愛と憎。
その時、ヤツが遂に動き出した。
「あぁあ。なぁにやってんだよ。なぁ、ニイジマ。全部、お前のせいだからな」
胡乱な目つきで、アルフレドがやってくる。
「…俺のせい。だけど」
お前も俺だろ、と言おうとした時。
彼奴の花嫁全員が襲い掛かってきた。
その向こうでやはり喋る。
やはりソイツだけは全然違う。
「皆、そろそろ白状するよ。その男は…、どうやら勇者の記憶を受け継いでいる。だから、混乱するよなぁ。で…、ソイツのせいで世界は滅ぶんだ」




