第183話 クリア率が低いヒロインから解放している?
「それでは失礼します。魔王様」
女悪魔マロン、カロン、ボロンは、呆然と立ち尽くすキラリを連れて、アーマグの研究施設へ飛んだ。
三人の意識は、エルザ同様に『レイとの思い出を失った』以外は、ハッキリとしている。
その上で、これまでの経緯は簡単に説明している。
因みに、キラリの記憶は勇者と出会った直後に戻っていた。
祖父を失った直後だが、どうして祖父と呼ばれたかを知っているし、赤子の時から知っている三人の母が居る。
レイは失ってばかり。
アイザとエルザと同様に、四人との思い出は消えてしまった。。
けれど、その道の上に破壊神が居ると確信していた。
「で、傷心状態の俺に何の用だ、アズモデ」
「おやおや。気付いていましたか」
「勇者の見張りはいいのか?」
「ええ。暫く好きに動いて良いと」
「それにしては、大人しくしていたじゃないか。自分で動かない勇者がつまらなくなったか?」
「君がどんなに動いても、後でどうとでもなる、とお考えのようですし、ね。そもそも…」
すると飛んでくる銀の槍。
ザッザッザッと足下に刺さる。
「戦っても目に見えている。アズモデじゃ話にならない」
「でも、僕が勝てば僕の望んだ終わりを迎えられる」
役が勝てば位が上がる。
それを決めたのはレイだ。
とは言え、もう——
「ついでにドラグノフの牽制か。正直言って、アキレス腱だからな。お前も…、なんだかんだ苦労してきたってことか」
「はて?何を言いたいのか…」
「何をしても取り戻せる…ね。なぁ、アズモデ。俺も今ので準備が出来たとこだ。そろそろヤろうって伝えて来てくれ。もしも来ないなら、ネクタを火の海に変えるって言いふらしてくれ。あ…、これはマジの話。ネクタにはその価値がある。…アズモデなら分かってくれるよな」
すると、金色悪魔の口角が僅かに上がった。
「魔王軍の為にプラチナを流していたエクナベル家が裏切った。ならば、魔王自らが街を焼く。成程…。流石は王。正義と正義のぶつかりあいなんて、素晴らしいじゃないですか。…とでも言うとお思いですか?」
「まだ、そう言うか。なら…」
行動で示す。このままズルズル行っても仕方ない。
「マロン。研究施設でやって欲しいことがある。……あぁ。それでいい。それから…、ワットバーンに伝言を。それからカギッコホネッコとドラグノフに——」
◇
夜明けとともに、世界は終わりの鐘を鳴らす。
その日は日が昇らす、空には暗雲が立ち込めて、酸の雨が降る。
ネクタの民は明けない朝と、溶けていく街に恐怖して家の中に閉じこもる。
そんな中、エクナベル家の門番は建物の中に急いで戻って、黒服の男を睨みつけた。
「ネクタはもう終わりだ。やっぱり、魔王に逆らっちゃダメだったんだ」
「そんな馬鹿な。勇者様は大丈夫だと仰ったぞ…」
「だったら、アレを見てみろよ」
そして、エイタとビイタは目を剥いた。
『魔王はもう飽きた。だから、人間の国を滅ぼすことにした。先ずは裏切り者が住むネクタからだ』
と、白い文字が空に浮かんでいる。
こんなに分かりやすい終わりはない。
「不味い…。本当に終わってしまう。急いで勇者様を‼」
そして、大きなノックの音がエクナベルの大豪邸に鳴り響く。
その奥で、金色の髪の女が叫び声を上げた。
「アルフレド‼これは…」
二週間近くの休憩をしていた勇者の頭に、甲高い声が響く。
勇者は鬱陶しそうに、頭を掻いた。
「世界が終わるのはレイの仕業って言ったろ」
「だから、魔王レイがネクタを滅ぼそうとしてるんだって‼」
「結局、キラリも戻って来ませんし…」
「お父さんとお母さん、大丈夫かな…」
「あの魔物が居るから大丈夫って、エミリが言ったんでしょ。エミリ、行ってきなさいよ」
「なんでアタシが?ねぇ、勇者様。これからどうするの?」
叫んだのはリディア。続いて勇者。
生まれ育った街を心配そうに見つめるのはマリア。
女悪魔と共に消えたヒロインの行方を心配するソフィア。
西にある大農場の両親を心配するエミリ。
半眼で全員を睨みつけるフィーネ。
「ふぁああああ…」
女悪魔が居なくなったことで、ネクタの民は安心して勇者を歓迎していた。
勇者パーティは合計六人。
抜けたのは、勇者があまり選ばないヒロイン。
であれば、レイを恨む心が二人とも低い。
「ヒロインを連れ去るのにも限界があるってことだ。大丈夫だって。アイツは世界を滅ぼしたりしないって」
新島礼の記憶を持つなら、世界を滅ぼそうとはしない。
勝手にそう思っていたし、今もそうだと思っている。
それにネクタに拘る必要はない。
エミリがドラグノフを手なずけているらしいから、デスモンドだって怖くない。
エクレアの街も抑えている。
まだまだ引っ張れると勇者は思っていた。
「ネクタを滅ぼす…。アルフレド、どうにかしないと」
「マリア、落ち着け。アシッドスラドンの出来損ないを上から落としてるだけだ」
「だったら、どうして夜が明けないの?」
「世界には果てがあるんだ。そこにスラドンをくっつけたんだろ」
「あの文字は」
「デスモンドで買える」
ネクタの街の民はこの世の地獄が来たと思っているけれど、勇者の目には魔王軍は原料不足で追い込まれていると映る。
ただ、もう一人の勇者である妹は違う。
そして彼女が、もう一度叫ぶ。
「アルフレド‼やっぱり女神様もお怒りなんです‼」
やはりプレイヤーとNPCとでは大きな差がある。
「いや。だから、あの女神は大して何も…」
作中で現れる光の女神メビウスは大した役割を持っていない。
その後にエンディングが始まるだけ。
しかも、ハッピーエンドとは言えない終わり方だ。
だけど、そんな余裕の勇者も腰を抜かす。
「ファストトラベルが使えません。私たちは…、女神様に見放されたのかもしれません」
「え…。嘘…だろ?そんなこと、一回も…」
ファストトラベルは女神の像に触れると、そこに飛べる魔法。
一度触れると、その情景が浮かび上がるから、安全にワープできる。
だけど今は、何も見えない。所謂空欄しかない。
「それって…、アルが勇者じゃなくなったって…こと…?」
ただやはり、メタ的な考察は出来る。
「いいや。魔物は雑魚を入れると無数にいる。んで、魔王は女神の像の位置を把握してる。恐らく、それを全部破壊したんだ。前の戦いで、エリア外なら壊せるのも確認済みだし。うん。それで間違いない。気にする必要は」
今までなら皆納得したかもしれない。
でも、今回は違った。
「どうしてそう言えるの?目で見ないと分からないじゃない」
「それって。アタシ達のせいってこと?アタシ達がエリア攻撃をしてたから、魔王は気付いたってこと…。それが本当だとしたら、やっぱりあんな使い方でバチが当たったんだよ」
「あ…。もしかして動かなかったって意味でバッドエンド…かも。マリアたちって、魔王前で足踏みしてるよね」
流石にやり過ぎ。
もしくは動かなさすぎ。
思う所が多すぎる。
そして死を、恐怖を本能が意識しての行動か。
「とにかく、十分に休めたわ。アル。そろそろ魔王を倒すべきでしょ。そうすれば、アズモデが邪神として目覚めるわけだけど」
「はぁ…。なんか、今回は短い気もするけど。俺の記憶が無い間に時間を使い過ぎたってことか」
漸く、勇者もその重い腰を上げた。
ここで一般人が駆け込んでくる。
「アルフレド君‼た、大変なことに」
「アルフレドさん‼街が魔王に」
マハージとイザベラとかいうNPCだ。
ドラステワゴンというゲームのシナリオにはないが、ありがちな演出に違いない。
「分かってるよ。調子こいてるアイツをぶっ殺してくる」
やたらと人間味を帯びている?
それはそうだ。そういう要望を出した。
ヒロインも同じ。どんどん良くなっている。
「この雨はミッドバレイとデスモンドの間辺りで湧く魔物だ。今の装備なら当たっても問題ない」
「でも、露出した部分に当たると痛そう」
エミリの装備は女戦士のソレだ。
「何を言ってるんだよ。そういうのが通らないから、最強の装備だ。そこんとこはご都合主義なんだよ」
「そう…だっけ…」
「そうなんだよ。チッ…。もしかして歩きってことか?」
「だって、キラリはいないし。マリアに車のことは分からないし」
幻油の加工は魔王軍の技術によるもの。
キラリと一緒にその技術陣もいなくなった。
「お前らだろ。悪魔を囲うのを反対してたのは」
「当たり前です。アーノルド王は魔物に殺されたんです」
「…はぁ。アーノルド王ねぇ」
作中に、王の名は登場しない。
そも、王は登場しない。
「アル。アレを見て…」
外に出て、真っ先にフィーネが指を差した。
西の空を見て、僅かに震えていた。
『魔王50㎞→』
その表記はまるで
「オープンワールドかよ…。マジでふざけやがって」
「勇者様‼ま、魔王はあっちです。お願いです。早く…」
門番はその文字を見ながら話しかけている。
つまり、この世界の誰もが見えるということ。
視界が邪魔だからUIを取り払ったというのに、ふざけた真似を。
「もう…。逃げられない…ということ…ですね」
「あ?俺が何時逃げたよ。ミッドバレイから逃げたのはお前だろ」
「それは…そうですけど」
「アルフレド‼なんか、おかしいよ。ミッドバレイは魔王教に乗り換えたからって話だったじゃん」
「うるっせぇ‼お前達こそ、戦う準備は出来てんだろうな」
ねっとりとした汗が垂れる。
ただ、その汗を流すのは勇者のみ。
「当たり前じゃん。魔王レイを倒す…。アタシはその為に生まれたって分かるし」
「そうよ。レイのせいで全部…」
「だから、私たちは一刻も早くレイを殺したい。世界の終焉を止めなければならないのです」
勇者から発せられる『アンチの怨嗟』は、近づけば近づくほどに効果を発揮する。
とは言え。
「ま。そこはクリア出来てるか。だって、邪神を倒すまで世界は終わらない」
そもそもレベルカンスト。
余裕で邪神を討伐できるんだから、魔王など高が知れている。
レベル55で魔王は何も考えずに撃破可能。
レベル70で邪神は何も考えずに撃破可能。
レベル99はもはや神に等しい力だ。
だから、この汗は魔王を倒した後の恐怖のモノ。
そうとしか考えられないのに、久しぶりに動かす足は余りにも重かった。
「急ぐ必要なんてない…。それはお前も知ってる…くせに」
とは言え、流石は勇者パーティの足。
もしかしなくても、ドラステワゴンよりも速く走れる。
ネクタの住民には歩く姿でさえ、目で追いきれないだろう。
だから、50㎞なんてあっという間だったらしい。
「居た…。やっぱり罠じゃなかった」
「いや。…待て、エミリ。まだ、分からない」
「そうですね。この辺りでバフを…」
たった六人で魔王に挑むのだ。
と言っても、元々四人パーティでしか戦えない。
だから、戦力は十分。JRPGの主人公はこうでなくてはならない。
だのに。
「その床材からが新たなエリアだ。外でバフをつけても効果が薄れるぞ」
遥か彼方から聞こえた声に、腰を抜かしそうになる。
「ちょっと…。どういうこと…」
「……直径20㎞をSUV製の地面に変えてもらった。思い切り戦えるように、我々の神に、お前らで言う邪神に頼んでおいた」
即ち、10㎞先に体高2mの魔王が居る。
勇者とその花嫁たちだから、ようやく見つけられる。
もしくは視界の殆どが地平線だから、見つけるのは簡単だったのだけれど。
「チッ。ラスボスを気取りやがって」
「でも、前に戦った時。…アイツ、やたらと強かったよ」
「その理由は判明してるだろ。MP切れとSP切れはどうしようもないからな」
「アレはアルの指示でしょ」
「そうだよ。あの時倒したらつまらないだろ」
そして、あの時倒すわけにはいかなかった。
新たなルールが作られたからこそ、安心して倒せるというもの。
「この床を踏んだら即死…、なんてのは無しだぞ」
「……成程。その配慮には欠けていた。ただ…、驚きだな。神の如き勇者が即死トラップを見抜けない…とは」
余りにも遠くて、声が遅れて聞こえるが、それはさて置き。
その一言で花嫁たちがブチ切れる。
「アイツ、何なの」
「即死は駄目って言ったくせに」
「…アタシが行く。マリアとソフィアが居たら、回復できるでしょ」
「……エミリ。その装備はどうした。それでは殺してくれと言っているようなものだぞ」
「煩い‼これが本当の最強装備なんだよ‼レイは何も知らないんだ…、…ね?あれ……」
その瞬間、エミリの視線がズレた。
——やはり先制攻撃が最強。
これが、勇者と魔王の戦いの開幕の狼煙である。




