第179話 これは世相に配慮とは違う気もする。だが、男だ。
少し前に遡る。
どれくらい前かと言うと、魔王がデスモンド入りした直後の話だ。
「あれ…。アーマグに戻れない…」
サラは一人、頭を抱えていた。
一人だけ頭を抱えていたのは、自分以外が違う存在に思えていたからだ。
「でも…。魔王様の為に働きたい…。ど、どうしよう。私、映っちゃったし」
嬉しさ半分、気まずさ半分。
大した出番も、能力も魔力もないのに。
つい最近、やっと魔族らしく飛べるようになった程度なのに。
「うー。まだ、私には海を越えるなんて不可能だし…」
そんな私の目に留まったのは、コウモリの羽を生やした暇そうな男だった。
「あの…。魔王様のけ、家来の方…ですよね」
「え?俺っち?家来…といえば家来?でも、俺っちは」
「お、お願いします‼私を辺境領に連れてってください‼」
「いや。俺っちに言われても…」
「そ、それじゃ。どなたに聞けば…。あ…。ら、ラビ…様。きょ、今日も可愛い…ですね」
そして次に目に留まったのは、同じく暇そうなサキュバスバニーだった。
「あ?どうしたんじゃ、イーリ」
喋り方はちょっとイメージと違っていたけれど。
「いやいや。俺っちじゃなくて」
「ら、ラビ様は…。イツマゾクって使えませんか?」
「使えんが」
「そ、そうですか…。す、すみません…でした」
「いやいや、ちょっと待て。お主、何がしたいのか申してみぃ」
「へ…。え、えっと——」
いつもは愛らしい感じの白兎は、ふむふむと偉そうに話を聞いてくれた。
そして、片耳をぺこっと垂らして、彼女に告げた。
「なかなか、面白そうなことを考えておるな」
「へ…。あ、ありがとう…ございます」
「それに相変わらず、可愛い声…、痛っ‼なんで、足踏むんすか‼」
魔王軍の中でも、独特の雰囲気を持つ二人。
変わっているのは当たり前だ。だって、あの魔王様の直属の部下なのだから。
それに話を聞いてくれただけで、少しスッキリしていた。
「それでは失礼…します。お時間を取らせてすみませんでし…」
「って、何処に行くつもりじゃ。行きたいのじゃろう、その辺境領とやらに」
「え?でも、船は出ませんし…。アーマグには」
「ワシを誰だと思っておる?」
威圧的には感じなかった。
だから、正直に話す。
「魔王様の御付きの人?」
「惜しいの。魔王様と一心同体の存在じゃ」
「へ…?それって、奥さん…」
「奥さんとやらは、ずっと繋がっておるのか?繋がっておる時がある程度じゃろがぃ」
「そ、そこまでは言ってませんけど…」
「ラビっち。いいんすか?俺っちたちは何もしない」
「これくらい良いじゃろ。そもそも、こやつが勝手に言い出したことじゃ。それにあちらが動いたのじゃから、ワシらがこっちに来た。これは不可抗力というやつじゃな」
そしてとんとん拍子で話が進んだ。
私はそこで私にしか出来ないことをやった。
色々、怖かったけれど、その為のアドバイスなんかもしれくれた。
本当に不思議な二人組だった。
「私には…、これくらいしか…なくて。お二人のお陰で」
「謙遜するな。ワシらはせいぜい、荷物運びをした程度じゃ。お主はとうに辿り着いておったではないか」
そして私は目を剥いて頷いた。
「そっすかね。それはあっちが決めることじゃ…」
「イーリ?そうではないじゃろ。これはアレが作ったからこそ…、じゃろ。サラとやら」
それからなんだろう。このサキュバスバニーは、本当に魔王様と繋がっているような気がした。
だから、何度も何度も頷いた。
「はい。魔王様のお蔭…なんです。私、恩を返したくて。これしか思い浮かばなくて…、って。あれ?ここってデスモンド…」
まるで、今までのことが夢だったみたいに、私の足はデスモンドの地を踏んでいた。
「ぼうっとするでない。皆、ネクタの西に飛んでしもうたぞ。このままでは追い付けんか。じゃが、ワシらの手伝いはここまでじゃ」
「そ、そうですよね。うー、どうしよう。が、頑張るしか。そ、それじゃ、私、走って」
「イーリ」
「って‼これ以上は」
「勘違いするでない。確か、ドラステワゴンの量産には成功しておった筈じゃろうが」
二人は魔王様の直属の部下なのに、動こうとしない。
でも。
「それにお主なら、気付かれずに動ける…違うか?」
やはり目を剥くのだ。
私にしか出来なかったのか、不安に思うほど二人は私がやろうとしていることを理解していた。
「案ずるな。それもレイが作った道があったからじゃ。さぁ、行け」
私は自動運転で行き先まで登録された、量産型ドラステワゴンに乗り込んだ。
そして、ドアが閉まるまえ。
偉そうな白兎さんは、間違いなくこう言った。
「気を付けるんじゃぞ。サラ。いや、——」
◇
魔王は目を剥いた。
竜王は厭らしい目を剥いた。
「サラ。お前がどうしてここに」
「サラさん。実は俺。サラさんのことが」
「お前も止めろよ‼分かってるのか?ここは…」
するとサラは人差し指を唇にあった。
「私は私に出来ることがしたい。だから…」
一歩、また一歩と踏み込む。
その度に、魔王と竜王は目を剥いた。
「伯父の研究と…。それから研究室に…。ど、どうやったかは…言えませんけど」
「なんか、すっごい良い匂い。…なぁ、サラさん。俺と逃避行しない?」
「しません!私は…。ずっと…謝れなくて…。それに嬉しくて…」
「謝る方は俺…」
「あぁ、俺は悪いことはしてないからな」
「竜王はちょっと黙ってください‼」
サラはずっとずっと、心の中であのことが渦巻いていた。
アズモデに操られて、魔王の脇腹を刺してしまったことを。
「あの時から…私は…。だから、こんなの…へっちゃらです」
そこから暫く、魔王様は何も仰らなくなった。
隣の竜王はさておき、魔王様は無視と言うより考えている様子だった。
——魔王様と一心同体の存在じゃ
否定できない事実って思った。それはそれで少し悔しいし、追いつける気はしないけど。
でも、暫くした後、魔王様は仰った。
「確かに可能…。それに盲点だった。サラは凄いな」
「い、いえ。全ては魔王様のお陰です。それに…」
「それより、どうやって…」
「え、えと。頑張ってノートに書きとって、それで…」
私の言葉に、魔王様は申し訳なさそうな顔をした。
やっぱり優しい。あんなことをした私のことを、一秒も掛からずに許してくれた人。
本当に…、私は…
「それじゃ、今からいきますから…」
「お、お、おう。だ、大丈夫なのか?」
「竜王がビビるな。何のために硬い外皮をしてんだよ」
そして、彼は言った。
「…世相に配慮…か。因みに、俺はサラなら全然ありだからな‼」
「へ?」
手元が狂いそうになった。
でも…。きっと魔王様はまだ…
「サラ。そことここは違うエリア判定だ。そこからこっち側に投げると良い」
「わ、分かりました。せーの!」
ボコッ‼
「のわっ!俺の…体が…って」
「だから、お前は外皮があるだろうが」
「ま、魔王様‼えっと。完全回復全魔法。これも頑張ったんですよ…。…ま、魔王様。レイ…の為に…。でも、私は…。ひ…」
「あ…、ゴメン。つい…」
突然抱きしめられて、私の心臓は止まるかと思った。
でも、この後。
「成程ね。『八人目のヒロイン』、『世相に配慮』、『真・トロフィーコンプリート』。俺はさ。最初、八番目のヒロインのところに矛盾があると考えてたんだ」
「え…。何のことですか…」
「何のことって。ほら。サラってさ。勇者の状況が変わる前、勇者のところにいたよな。っていうか、他のヒロインと一緒にいた。まぁ、そこに居たんだから、そうかもしれないけど。ってか、過去創造って…。アレで良かったの…かな」
「ざ、残酷…とは思います。でも…。あの時も言いましたけど、私は…」
私の心臓は。
「それじゃなくてさ。実はもう一つ。疑問があったんだ。アルフレドとレイモンド。アレで世相に配慮はちょっと違う。まぁ、こっちも違うかもだけど…」
「あ?何が言いたいんだ。さっきから歯切れが悪いぞ」
「いや、だってさ。…サラは恐らく、九番目のヒロイン」
「九番目のヒロイン…?」
「あぁ。こんな可愛いからな。どう考えてもヒロインだ」
「そ。九番目のヒロインは、男の娘、サラだ‼」
本当に私の心臓は止まってしまった…かもしれない。
やっぱり、ラビ様と魔王様は一心同体。
一言一句間違えずに、私を『男の娘』と呼んだ。
「なん…だと?それってつまり」
「え、えっと。…成長する前に魔族に…なって…。でも、その…私…」
「サラ。…俺は全然アリだよ。んで、真・トロフィーコンプリートってわけか」
そして、私の心臓はいつも以上に大きく跳ねて動き出した。
その隣。
「ふ…。スタジアム全てがストライクゾーンと呼ばれたゼノちゃんだぜ。俺もアリに決まってるだろ‼」
私にも選ぶ権利はあるのに、私にエロい目を向ける竜王がいたけれど。
「でも、危険なことはするなよ」
「はい。それは分かってます。ですけど、その前に…これを」
その魔法具を魔王様は恐る恐る触った。
「これが…。いや、匂いはそのもの…か。サラ。有難う。やっぱ、サラとの出会いって運命だったのかもな」
「へ…、えと」
「なんかさ。俺。すっごく元気出た。それに…、世相に配慮ってさっき言ったけど…。なぁ、ゼノス」
「あぁ。ついていようが関係ない。サラ…、俺と…痛っ‼」
「えええええ。な、なんですか。だ、大丈夫…ですか。もしかして…さっきの爆風で外皮が…」
今までよりも、二人が仲良くなっていたのも少しおかしかったけれど。
「いや。サラを見てると興奮して…。やっと…、俺の皮が剥けたんだ‼」
「って、そっちかよ。じゃなくて、なんで興奮したら手が大きく何の⁉…ま、そうだな。サラ、一緒に頑張ろうな」
「が…がんばり…ます。そ、それでは…」
その言葉に私は恥ずかしくなって、私は
「サラ。そっちは…」
「魔王様‼私に出来るのはそれくらいです‼えっと…私、行ってきます‼」




