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『りてらちゅあっ!』⑦ 私の「本格読書」

(初出 note、2023年1月26日)


 私が本の購読を始めたのは、中学三年の夏休みの事だった。

 夏休みの課題に、「休み中に読んだ本をリストにする」というものがあり、今では考えられない事だが当時の私は頭を悩ませた。その頃の私は、趣味が数少なかった為に読書を挙げてはいたものの、何を読んでいたのかと問われると毎度同じ本の題名を答えていた。最近読んだ中だとこれだ、というものが、分からなかったのだ。読書家を自称するには非常に良くない事である。

 エミリー・ロッダの児童文学「デルトラ・クエスト」シリーズ、これは私が小学校中学年の頃に担任の先生に勧められ、どっぷりと浸かって中学生時代まで十何周と読み返した。中学一、二年生の委員会活動では図書委員会に参加していたのだが、本の紹介ポスターに二回ともこれを書いた。当然、中三の夏休み課題に似たような読書記録があると、リストは(ほとん)どこのシリーズで埋まった。

 その他に中学時代の読書と言えば、家にあったルイス・キャロル『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』、ヨースタイン・ゴルデル『ソフィーの世界』、ダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』、図書室で借りたものだとデルトラ同様エミリー・ロッダの『勇者ライと三つの扉』、エリン・ハンター『サバイバーズ』、友人たちが読んでいた川原礫「ソードアート・オンライン」シリーズとそれに影響を受けて母から買って貰った北欧神話の資料集、などだった。思い返せば古今東西のあらゆるジャンルで、脈絡などあったものではない。

 時折これらを挟みつつ、課題はその都度デルトラ。さすがに変化が欲しくなったので、夏休み期間中に中学校近くにあった文化センターの図書館へ向かった。小学生時代に作って、ずっと放置していたせいで期限の切れた貸出カードを更新し、私が普段読まないような本を探して本棚を彷徨した。

 何が私をそうさせたのかは分からないし、何故それを選んだのかは今でも分からない。私はそこでごく自然に伊坂幸太郎さんの『砂漠』(実業之日本社文庫)を手に取り(注1)、立ち読みもせずにカウンターへ向かった。この出来事が、誰にも明かさず自身でも習作を書いていた私を読書家として「補完」した。

 家で『砂漠』を読み始め、本であれ程様々な事を考え、笑ったり泣いたりしたのは初めてだったかもしれない。今までの本が何も心に残らなかった訳ではないが、「本が好きな自分」として、自信を持って「趣味は読書です」と言えるようになった気がしたのだ。

 その後、入試準備の為に出掛ける際仙台駅を多く使うようになり、今の私の行きつけとなった店「くまざわ書店」に足を運んだ。そこで題名に惹かれた知念実希人さんの『レゾンデートル』、新聞でちらりと広告を見、心に残っていた森見登美彦さんの『夜行』を購入。間もなく『砂漠』とも再会して今度は購入し、そこから私の購読が始まった。


          *   *   *


 以前、中学校の実力考査か何かで解いた国語の読解問題に、読書に関する内容があった。そこに「読書の醍醐味は自分の読んだ本がどんどん本棚に溜まっていくという事にもある」というような論述があり、以前の自分はこれを「そうかなあ」などと思っていた。だが購読を始めた時、私は(いた)く共感した。

 今では本棚が一杯になってしまって入らないので、自身の作業机の周りに読み終わった書籍を積んでいる。文字通り黄巻青帙(こうかんせいちつ)の間に生きている訳だが、ふとそれらを眺め回すと楽しい。自分はこれだけ本を読んできたんだ、という事が一目で分かり、それが堪らなく嬉しいのだ。

 故に、(くだん)の貸出カードは『砂漠』一冊を借りただけでまた当分の間はお役御免となるだろう(注2)。私は『砂漠』と出会ってから今まで続いている、この一連の購読を独自に「本格読書」と呼んでいる。読書記録が付けられるようになり、読んできた本を順に正確に辿れるようになった、読書家としての自分の読書遍歴の事だ。

 この「本格読書」を始めて良かった事は沢山ある。

 まず、文章の「味」を理解出来るようになった事だ。

 読書をしている人はお分かりかと思うが、好きになった作家の文章を読むと「分かる」のだ。ああ、これはこの人が書いた文章だ! という事が、はっきりと分かるようになる。再現しやすい例として池波正太郎を出すが、このエッセイの冒頭を彼の文体で書くと


 私が本の〔購読〕を始めたのは、中学三年の夏休みのことだった。

 夏休みの課題に

「休み中に読んだ本をリストにする」

 というものがあり、今では考えられないことだが、当時の私は頭を悩ませた。

 その頃の私は、

「趣味が数少なかった……」

 ために読書を挙げてはいたものの、何を読んでいたのかと問われると、毎度同じ本の題名を答えていた。

 最近読んだ中だと

(これだ!!)

 というものが、分からなかったのだ。

〔読書家〕を自称するには

「非常に良くないこと」

 である。


 と、こうなる訳だ。知念実希人さんなどはTwitterをされている為「こういう方なのか」という事が分かるが、それから作品を読むと「分かる」と妙に納得してしまうのだ。最近私自身もツイートしたが、その作家の影響を受けた先人などを調べ、その本を読んだりすると何処かに通ずるものを感じたりし、このような味わい方をするのもなかなか面白い。

 それから、国語の成績が格段に上がったのも良かった事として挙げられる。

 私は以前から比較的文系教科の成績の方が理数系よりも良かったのだが、それが顕著になった。定期考査では常に学年トップに立ち、語彙や漢字の読み書き、文章読解なども周りから頭一つ抜けるようになった。

 大学入試の準備の一環として小論文練習があった時も、構成や言葉遣いに悩む同級生たちが多い中、私はあまり書くという事に苦痛を感じなかった。普段から文章を意識して読むように心がけておくと、語彙も表現力も自然と身に着いてくる。勉強しようと意識すると身に着きにくいが趣味は上達しやすい、という事はよくある話だが、読書は自然に国語の勉強になるのだ。

 また、単純に「読みたい本が増えた」という事もある。

 好きな本があるとそれを書いた作家について調べ、他の著書を読み、「この人好きかも」と気付いたりする。その人のエッセイなどを読むと別の作家の名前を知ったりなどし、後にその著書を見つけたりすると「そういえばあの人、この人好きだって言っていたな」などと気付き、興味が湧く。自然と、本の世界が開拓されていくのだ。

 私は現代の作品以外にも先人の作品群を多く読むが、書生や弟子入りなどがデビューの契機として盛んだった時代はより文壇の繋がりが見えやすく、まだ読んだ事のない作家に興味を持ちやすい。

 こうなると、昔の自分のような

「読書が趣味なの? どんな本読んでる?」

「あー、強いて言うなら……デルトラ?」

「あれ? 前にもそれ読んでなかったっけ? それしか読まないの?」

 このような事が防げる。


          *   *   *


 他方、本格読書を始めて悪かった事も幾つかある。

 まず、文章の味が気になるようになった為、海外文学から遠ざかった事。海外文学だとどうしても日本人の誰かが翻訳するので(注3)、「その人の文章の味」が楽しめなくなってしまう。黒岩涙香や村上春樹さんなどは沢山の作品を翻訳しているので、彼らの味を楽しむと考えれば手を出せるのかもしれないが、私はどうも渋っている。

 それから、文系と理数系の成績との乖離が激しくなった事。国語の成績が上がりすぎた為、国語学年一位、数学学年五十五位、とかが普通にある。また語彙が増えすぎた為、友人と話しているとしばしば「○○って何?」と聞かれ話の腰を折られるようになった。

 また、「読みたい本が増えすぎた」という事もある。

 昨今、本の値段が高いのだ。家に元々あった、母の時代の池波正太郎『鬼平犯科帳(一)』の値段が税別四七六円となっており、私は今という時代を呪った。出版業界も大変なのだろうが、やはり彼らが本を作る為にもお金が要る。そしてそのお金は、新刊書を書店で買わないと出版社には入らない。

 図書館もレンタルも便利ではあるが、私はそれを意識して可能な限り購読に努めようと思っている。だがそうすると、私の財布が(以下略)



(注1)『砂漠』と出逢えた事は本当に大きいです。実業之日本社文庫版の裏に「この一冊で世界が変わる、かもしれない。」と書かれていますが、本当に変わりました。

(注2)実際にお役御免となりました。

(注3)唯一の例外がJ・K・ローリング「ハリー・ポッター」シリーズです。メダオ氏から誕生日プレゼントに貰った『ハリー・ポッターと賢者の石』を読んでからは自分でも購読し始めたのですが、訳が全部松岡佑子さんなので大きく読み味が変わる事もないんですよね。スネイプの「我輩」やヴォルデモートの「俺様」など一人称が使い分けられていたりしますが、よくよく考えれば英語では一人称は皆「I」だし、こういうのも「翻訳家の文章の味」なのかなと。

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