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『りてらちゅあっ!』④ 察しろよ

(初出 note、2023年1月3日)


 人工知能には、細かな言葉のニュアンス、例えば皮肉や自虐表現などを理解する事が出来ないという。英語で「guy」「creature」は、日本語の「この野郎」などに当たり、親しい相手から掛けられれば親しみの表現に、嫌味な上司やライバルなどから掛けられれば侮蔑となる表現だが、人工知能はこのニュアンスを把握する事が出来ないのだそうだ。(注1)

 他にも、こんな場面を思い浮かべて欲しい。

 魔王から世界を救う勇者のパーティーがあったとして、その勇者が仲間の目の前で魔王に特攻を仕掛ける。自分の命を使い尽くすような攻撃をした訳だ。そして、魔王と勇者を光が包み込み、土煙、衝撃、からの静寂。

 仲間たちは、勇者の安否を心配する。魔王と刺し違えたのではないか、と。そんな中、勇者の影が土煙の中から浮かび上がってくる。そして仲間たちの前で、いつものように優しく微笑む。仲間たちは感極まって涙を流す。その中の一人が、涙ながらに叫ぶ。「馬鹿野郎! 無茶しやがって!」と。

 人工知能は、この最後の言葉に込められた「心配させるなよ、無事で良かった」という語られないニュアンスを理解出来ない。ただ、仲間の一人が命を賭けて帰ってきた勇者に向かって罵りの言葉を吐いたとしか認識しない。

 我々人間は文章を読む時、行間を読むという事を無意識に行う。それは、その時々によって変わる言葉に込められた思いだけではなく、今までの流れがあったからこそ終幕で理解する事の出来る暗黙の了解、という事も含まれる。伊坂幸太郎さんの小説『ゴールデンスランバー』で私は終盤、「痴漢は死ね」という言葉で涙が出そうになったのだが、読んでいない人にこの感情の動きは分からないだろう。


          *   *   *


 クリフハンガー、という物語の畳み方がある。

 これは、結末を敢えて明確に書かない終わらせ方の事である。先程の勇者と魔王の例を引っ張るが、勇者が魔王を倒して終わり、ではなく、勇者が今まで出会ってきた人々との約束と覚悟を胸に、剣を取って魔王に向かっていき──終わり、というような終わり方。私の拙作「舞台転生」や「化物怪奇譚」もこれに含まれるのではないかと思う。

 クリフハンガーは綺麗な終わり方ではない、という意見もしばしば耳にする。だが物語をずっと読んできた人からすれば、「舞台転生」で主人公たちはハッピーエンドを迎えただろうし、「化物怪奇譚」の主人公はきっと人間を失い、死んでしまっただろうと推測出来る。

 語られないハッピーエンド、バッドエンドは余韻を残す。明確な言葉はないものの、示唆によって希望も絶望も生まれる。これは、文章を上辺だけ理解し、その本質を読み取ろうとしない人には分からない機微だろう。

 私は捻くれ者なので、綺麗すぎる終わり方には満足しない。絶望的な中で、終幕にたった一粒希望を示唆する要素が見られるともう本気で涙を流す。具体的には、太宰治の『人間失格』なんかがそうだ。

『人間失格』の主人公・大庭葉蔵はほぼ太宰の分身である。太宰の自殺のほぼ直前に書かれたこの主人公は「恥の多い生涯」を送り、最終的に薬物中毒になって廃人同然となり、手記を終えた後生死不明となる。そんな葉蔵を評して、最後に彼をよく知るバアのマダムは言う。


 「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした。」


 葉蔵が太宰に通ずる部分があるだけに、私はこの言葉が、太宰が最後の最後で自分の人生に与えた評価のような気がするのだ。人間失格と言えるような人生だったけれど、それでもこれが自分の人生の形です、一つの人生の在り方です、ちゃんと自分は一つの人生を生きました、というような。そんな事を考えて、私は涙を流す。

 別にこの台詞も、最初に挙げた「痴漢は死ね」も、それ単体では涙が出るような言葉ではないのだ。だが、それまでの物語があって、背景があって、そこで初めて泣ける。『重力ピエロ』の「おまえは俺に似て、嘘が下手だ」や「旅路を死神」(文春文庫『死神の精度』収録)の「下流のほうも、悪くなかったと思う」もそうだと思う。挙げればきりがないのでこの辺にしておくが。

 クリフハンガーが心に迫るのも、何気ない言葉に涙が出るのも、無意識のうちに行間を読むという人間の心の働きによるものだろう。それは、()()()()()()()()()()とも言い換える事が出来る。


          *   *   *


 些か話が逸脱するかもしれないが、私は先の受験勉強の際、散々小論文を書いた。小論文の書き方には幾つかあるのだが、「○○についてあなたの意見を述べよ」という、いわゆる「テーマ型」の場合、「結論→本論→結論」が最もスタンダードな書き方だとされる。最初に「私は○○だと思う」と書き、それについて具体例を挙げながら深め、最後にもう一度「よって、私は○○だと思う」と繰り返すのだ。これは初心者にお勧めな書き方だという。

 私は、自慢ではないが文章を書く事には慣れているつもりである。そこで、同じ事を反復していたずらに字数を減らしたくないので「結論→本論→補足」という書き方を好む。最後に「よって」と繰り返すのではなく、「付け加えると、こうとも言える。だから○○にはこのような事も言えるのだ」というような。

 が、その結果添削を受けた時、「で、結論は何だったの?」という衝撃的な言葉を受けた。「補足」の部分が冒頭の「結論」に回帰していない為、尻切れトンボのように思われたのだ。

 また、これは大学からの課題の話。内容は「結果が○○になる××を探せ、またその探し方のプロセスを△△字以内で書け」という実験のような探求のようなものだったのだが、私は「××」を示し、それからプロセスのまとめでは手順だけ記したのだが、その結果「結論が書かれていない」という評価を受けた。私としては、結論は課題に書いてあるのだから反復する必要はないだろう、と思ったのだが。

 更にこれは砂糖(サトウ)果糖(カトウ)といった友人と会話している時に起こった話だ。とある一つの事柄について賛成か反対か、というような議論をしていたのだが、私はその事柄について色々否定的な見方を示し、改善の余地を炙り出した。その結果彼らから返ってきた反応がこれだ。

「で、結局藍原は賛成なの? 反対なの?」


          *   *   *


 今までの話の流れから、そんなマニュアルみたいに言わなくても分かるだろう、という事は往々にしてよくある。たとえそれが小説のような意図的な表現でなくとも、普通次のような会話があったらどうだろうか。


 砂「果糖、お前藍原センシって作家の小説好きか?」

 果「そだね、藍原は難しい漢字とか言い回しとか一杯使うし、如何にも自分は小説読めるんですよ、文章書けるんですよ、っていう衒いが丸見えで読んでいて気持ち悪くなるよね」

 砂「………」


 果糖が藍原センシという小説家を好きなのかどうか、はっきりとは言われなかったがこれが「答えになっていない」などと思う人は居ないだろう。彼は明確に藍原を嫌っているようだと分かる。

 私は、暗黙の了解などでなくとも、わざわざ言わなくても分かるような結論に言語化を求められると、「あんた、小説読んだ事ないでしょ!」と突っ込みたくなるのである。そういう人たちは、絶対にクリフハンガーの小説を読ませたら「で?」という情緒の欠片もない言葉を返し、訳の分からない駄作と断罪するのではないか。表面に見える現象だけしか理解しないのではないか。文章を読むという事をロボットに任せてしまっても支障を(きた)さない人々なのではないか。考えると、何だか怖くなってくるのである。


          *   *   *


 このエッセイについて、私は主題と言える結論を既に書いたつもりである。だが、ここまで読んで何も感じなかった人々、私が何を言いたいのかさっぱり分からなかったという人々には、私はその答えをお教えするつもりで、分かりやすく「結論は」から始まる結論を言おうと思う。

 結論は、察しろよ、という事である。(注2)



(注1)生成系AIのレベルがより高度化した今ではどうなんでしょうかね? 気になってはいるのですが、誰か試して下さらないでしょうか。

(注2)二重のニュアンスです。「結論は、『色々な語られないニュアンスについて察する努力をしなさいよ』という事である」と「結論は敢えて言わないので察して下さい」という意味が含まれています。

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