4.冒険者となった三人娘
冒険者ギルドに到着した俺たちは、周りの好奇な視線を跳ねのけて受付にたどり着き、そして申請を開始した。
「では、これで申請は終わりです。お疲れ様でした」
と、思ったら終わった。
簡潔に。あっさりと。
書類にフィオたちの名前と推薦人である俺の名を記入し、特殊な金属片にそれぞれの手をかざすオーソドックスな申請。
それだけで簡単に申請は通ってしまった。
「いいのか。それだけで?」
俺が受付──黒髪眼鏡のナタリーに聞くと、彼女は不思議そうに小首を傾げた。
「それだけとは? 規則通りの申請ですし。孤児や浮浪者という点であれば、カンムリさんが十年以上の冒険者実績を持ってますし。なにか問題が?」
「いや、うん。俺が悪かった。申請通してくれて、ありがとう」
「別に忖度はしてませんよ。万年Fランクと呼ばれながら、他の方たちにバカにされながらも、他の人たちがやらない地道な作業を十年以上もやり通したあなたの実績を、あなたが思うよりも我々はキチンと評価しているだけです」
「……そうか」
ちょっと目頭が熱くなった。
別にナタリーは励ましているわけでも、俺に好意を持っているとかそういうことではない。
ただ、本当に客観的に評価してくれただけだ。
それでも、心が折れそうになりながらも俺は自分の計画のためとはいえ、頑張って薬草拾いや下手したら子どもでも倒せる雑魚魔物を掃除し続けた甲斐があったと思った。
「ではこちらがリズさん、フィオさん、アルケさんのギルドカードです」
「おう。ありがとう」
俺は差し出された三人のカードを受け取る。
ギルドカードはそのギルドに所属している証だ。
名前とあれば役職、階級、任意で表示できるレベルという簡素なもの。
これがあれば他の街へ行くこともできるし、関税も免除される。
封じられた簡易魔法の効果で倒した魔物も記録されるので、よほどの魔法破壊適性がない限り改ざんも不可能という代物だ。
ぶっちゃけていえば、魔法適性がほぼない俺にはなんのことか全然わからない。
とりあえずそういうもの。として認識している。
「申請費用、手数料、カード代三人分合わせて金貨三枚と銀貨九枚です」
「うっ、そうだったな。わかった」
このギルドカード代がけっこう痛い。
孤児などを推薦する場合、このカード代がネックになる。
もしも自分が推薦した孤児が問題を起こせば推薦した人間も責任を問われるし、最悪ギルドカードはく奪もありえる。
さらにそんなリスクを乗り越えたとしても、一人あたりゴブリン討伐130体分と考えればかなり重いのもわかるというものだろう。
Cランク以上の冒険者になれば、あまり痛手にも感じない金額だ。
ということはつまりFランクの俺からしたらとてつもなく痛手というわけだ。
これでこいつらに裏切られたら目も当てられない。
だが俺には魂の従属がある。リズたちは裏切れない。
俺がどんなに悪逆非道な行いをしても、だ。
そんなことをするつもりはないがな。
「三人とも。ほれ、これがお前らのギルドカードだ」
俺はそんな気持ちも押し込んで、三人にギルドカードを渡してやる。
するとリズたちは驚いた顔でカードを受け取ったあと、俺とカードを何度も見返した。
「……本当に申請通ったの? あれってかなり厳しいって聞くよ」
「……信頼されてるんだよ、俺は」
「本当にぃ?」
「疑うな、疑うな」
「でも、これでアタシたち本当に冒険者なんだ」
アルケが嬉しそうにギルドカードを掲げる。
そのときだった。
「邪魔だ、浮浪者上がり」
「いたっ!」
どん! と、ギルドにいた冒険者のひとりがアルケにぶつかった。
冒険者グループ『ランゴス』のリーダー、グランドだった。
後ろにはランゴスのメンバーがニヤニヤしながら俺たちを見ている。
「万年Fランクがようやく仲間を連れてきたと思ったら浮浪者上がりかよ。いよいよ切羽詰まってんな」
「……」
俺を嫌っているメンバーのビストリが嫌らしい笑みを浮かべて言う。
俺は反論しなかった。
「ふん。腰抜けが」
「負け犬に構うな。行くぞ」
「うす!」
グランドに続いて、ランゴスのメンバーが出て行く。
ビストリが最後にこちらを向いて中指を立ててきたが、俺は何の反応も返さなかった。
それよりも後ろで今にもビストリに噛みつこうとしていたフィオを押さえるので精いっぱいだ。
リズはアルケの身体を支えていたし、俺こそあいつらに構っている余裕がなかった。
「なんでぶん殴らなかった!」と、フィオ。
「ギルドで問題を起こせばカードはく奪もあるぞ」
「じゃあ、大人しくする」
フィオは素直だった。最初からそう伝えてやればよかったな。
メンバーのほとんどがCランクで実績もあるランゴスに対して、何の実績もない登録したばかりのパーティーである俺たちが問題を起こせば、どちらにお目こぼしがいくか、そんなもの火を見るより明らかだ。
そもそも、Cランクということはレベルでいえば20~25以上は硬い。
レベルを公表してないメンバーもいるが、リーダーのグランドは確か28だったはずだ。
レベルが10以上離れている場合、勝ち目はほぼない。
レベルが1の俺たちが歯向かったところで、トラブルを起こす以前に一番下っ端のメンバーにすらボコボコにされて終わりだろう。
「いいか、フィオ。勝てない喧嘩はするもんじゃない。怪我を治すのにだってポーション代がかかるだろう。一本銀貨二枚だ」
俺が指を二本立てると、フィオは嫌そうに顔を歪めた。
「だから今じゃない。勝てるようになるまで、コツコツ恨みを熟成させておけ」
「……あんた、思ったよりえげつないこと考えてるんだな、オッサン」
「まぁな、万年Fランクの熟成した恨み舐めんなっつう話だよ」
言いつつ、俺はリズとアルケにも声をかける。
「大丈夫だったか、アルケ。怖い思いさせて悪かったな」
「あんな扱いは当たり前だったから大丈夫よん」
「そうね。もっとひどい扱いだって何度もされてきた」
俺はうんうんと頷き、それから三人の顔を見回す。
「けど、そんな生活も今日で終わりにしよう。アイツらをぶっ飛ばせるかどうかはまだ先かもしれんが、俺たちの人生は今日を境に変わる……たぶんな」
「たぶんかよ」
「しまらない」
「オッサンらしい」
「なんだよお前ら。乗れよー」
リズがギルドカードをアイテムバッグに入れて、俺を見る。
「でも、オッサンが言うことなら信じるよ。現に私たちを冒険者にしてくれたわけだし」
「だな。ウチもアンタを信じる」
「アタシもー」
魂の従属をしているから、最悪彼女らが信頼してくれなくても無理に動かすことはできる。
けれど、そういう事態にはならなそうで、俺はまたもや目頭が熱くなった。
「泣くなよオッサン。ずっとボッチだったのは知ってるけどさ」
「泣いてねぇ! ほら、とっとと行くぞ! 最初の仕事だ。冒険者としてのな」
「おう!」
「うん!」
「はーい!」
俺の言葉に、三人が嬉しそうに返事をする。
浮浪児上がり。孤児上がり。冒険者もどき。
こいつらには色んなあだ名が付けられる。
そして今も、ギルド内にいる心無い同業者たちからの冷ややかな視線を感じる。
人の視線、動向に敏感な貧民街育ちの三人だ。気づいていないはずはない。
それでも、俺を信じてともに進んでくれようとしている。
充分だ。異世界に転生して25年。
冒険者を始めて10年。
俺が新たな一歩を踏み出す理由としては、充分すぎるほど充分だった。