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第9話 貴女と共に

 その悲痛な叫びは翡翠の胸を強く締め付けた。息をするのが苦しくなるほどに。


 思わず目を背けてしまいそうになったが、何とか踏みとどまって翡翠は必死にこみ上げるものを押し殺した。

 彼女を守り、支えることが己に託された使命なのだから。

 何も使命だけでない。彼女を心から想っているからこそ、身を裂くような痛嘆を受け止めなければならなかった。


「あの優しい笑顔も、声も、手の温もりさえもっ……もう感じることができない‼」



『白琳』



 懐かしさすら覚えるかつての兄の姿が、脳裏をよぎる。

 柔和な笑みを湛えて己の名を紡ぐその優愛は、過去の記憶となって儚く散っていく。


「お兄様っ……」


 両手で顔を覆い嗚咽おえつを漏らす白琳を、翡翠は気づけば強く抱擁していた。


「……申し訳ありません。白琳様」


 貴女はずっと一人で苦しんでおられた。

 貴女の人柄や立場を思えば、容易に弱音を吐くことができないと分かっていたはず。

 それなのに私は、貴女の強堅な姿勢と大丈夫だという言葉を信じて、それ以上何も言わなかった。

 貴女の女王としての意志を蔑ろにしてしまうかもしれない。そう思うと、何も言えなかった。


 ああ、私は本当に馬鹿だ。何故今まで躊躇っていたのか。

 深い悔恨が己をさいなみ、その面差しも自責によって苦悶に歪む。


「白璙様の葬儀が執り行われたあの日に、もっと貴女の悲しみに寄り添えていたら……ここまで苦しい思いをされずに済んだはずです。貴女の御心と御体をこんなにも疲弊させてしまったのは、全て私の責任――私の過ちです」


「っ……! それは違――」

「本当に、申し訳ありません」


 白琳が否定するのを押し留めるかのように、翡翠は再度謝罪の言葉を口にした。 

 生真面目な性分ゆえに、余程悔いる気持ちが強いのだろう。


 ――あなたに非は無いのに……。


 白琳はかぶりを振りながら、止まらぬ哀痛の涙を流して翡翠の胸に顔を埋めた。


「白琳様」


 名を呼ばれると同時に、ゆっくりと抱擁が解かれる。

 白琳が急いで涙を拭うと、翡翠は片膝をつき、華奢な手を自身の大きなそれで包み込んだ。


 朱を帯びた明眸めいぼうがこちらを見据える。

 女王ではなく、少女としての稚さが垣間見える眼差しに対し、翡翠は凛々しい翠緑の光を伴って向き合った。


「白璙様の事と同じように、これからお一人では抱えきれない辛苦がたくさんあることでしょう。ですが、これからは私もその辛苦を貴女と一緒に背負います」

「翡翠……!」

「何も負の感情だけを共有したいだけではありません。嬉しいことや楽しいことも、貴女が感じる全ての気持ちを分かち合いたいと思っています。ですから白琳様――」


 翡翠は最愛の少女にのみ向ける柔らかな微笑を浮かべてうた。



「貴女の一番近くにはべる者として、どうかこの私に喜怒哀楽を共にする特権をお与えください」



 呆然としている白琳に、翡翠はしまったと己が失態に気づく。


 ――これでは私が白琳様に求婚していると解釈されてもおかしくない……!

 

 いや、いずれ本当の気持ちを伝えなければと思ってはいるのだが、今がその時ではない。

 翡翠は慌てて弁明する。


「いやっ、その、特別な意味は無くて……! 私はただ純粋に白琳様のお気持ちを分かりたいと思っただけで……」


 そこで、白琳はくすくすと笑みを零した。


「は、白琳様……?」

「ああ、ごめんなさい。珍しくあなたが取り乱していたものだから、つい」


 白琳は一息ついてから喜悦の色を浮かべて玲瓏な音を紡ぐ。


「翡翠。その特権なら既にあなたに与えていたつもりなのだけど」

「え?」

「子供の頃からいつも一緒にいて、それこそ喜怒哀楽を共にしてきたとわたしは思っていたから。……でも、今回のことでわたしは一人殻に閉じこもって周囲の声や思いを跳ねのけてしまった。だから翡翠にさっきの言葉を言わせてしまったのね」


 白琳は被せられていた翡翠の手に自身のそれを重ねる。


「でも、あなたが望むなら、わたしは改めてその特権を与えることにするわ」



 こんなわたしだけれど、これからもよろしくね。



 はにかんだ花のかんばせはこれ以上になく可憐で。

 この少女ほど美しく、心奪われる女性ひとはきっとこの先現れないだろう。

 そんな確信を抱いて、翡翠は満面の笑みを返した。



「はい」

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