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最終話 誓い

 反乱騒動から、約一月が経った。

 宮廷と郡官庁を往来する日々が続き、白琳は国内の秩序を立て直すことに忙殺されていた。


 中央荒原で理玄と別れた後、銀漢宮に戻ってすぐに梟俊たちと共に反逆者たちを全員拘束し、地下牢に投獄。金桂からの使者である秋冷やその部下たちとも協力して、負傷した兵や民衆の救護、それから地方での暴動の鎮静化など、数多の事後処理に奔走した。


 鶖保と蒼鷹に関しては無論、三公の地位を剥奪。彼らの意志に賛同した六将軍や官吏たちも多く解雇、あるいは左遷され、新たな政治体制を構築することが最重要案件となった。


 梟俊や翡翠、それから他の九卿からの助言を受けつつも、新たな国吏の登用や任命に頭を悩ませていた白琳だったが、もう一つ個人的に心残りがあった。

 公務の片手間に、白琳は翡翠を伴って地下牢に向かう。


「……何か御用ですか」


 薄暗い牢獄の壁に背を預けていた稟玫は、白琳たちが来るや否や暗澹とした眼差しを寄せた。元々華奢だった体躯は幾分か痩せ細っている。その相貌は生前の白璙を彷彿とさせた。


「ここ最近食事を摂っていないと聞いたわ」

「放っておいてください。罪人が餓死して死のうが、貴女にとってはどうでもいいことでしょう。むしろ、女王(自分)の首を取ろうとした極悪人が死んだと聞いて清々するのでは?」

「憎まれ口を叩いても無駄よ。わたしはそんなこと思ったりしない」

「そうですか。相変わらず、随分とお優しいことで」


 素気無く視線を逸らした稟玫に、白琳は毅然とした態度のままある提案をする。


「稟玫。また、わたしの侍女として仕える気は無いかしら」

「は?」

「白琳様⁉ 何を仰っているのですか!」


 この者は、他でもない貴女の御命を奪おうとしたのですよ!


 翡翠の反論は至極当然だと思いながらも、白琳は彼にその訳を知ってもらうためにも稟玫に語り続ける。


「勿論、あなたがわたしを(あや)めようとしたことを許したわけではないわ。けれど、あなたは鶖保たちの怨恨に利用されただけに過ぎない」

「利用? 何を言って――」

「最初からあなた自身の意志で、わたしたち他の王族を殺めようと思ったわけではないでしょう」


 彼女が影の存在となってしまったのは、母である婀珠の怨恨と鶖保の大望あってのこと。もし彼らの感情を押し付けられなければ、稟玫はもっと違う生き方をすることができたかもしれない。


「それに、偽りとはいえ、あなたが笑顔でわたしの傍にいてくれたことに変わりは無い。あなたがいてくれたからこそ心が安らぐ時もあったの」

「……善人面をしていた私との時間を取り戻すためにここから出すって? 殺されかけておいて、よくもまあそんなことが言えますね」

「何もそれだけじゃないわ。わたしとあなたは、半分だけれど血の繋がった姉妹――」

「姉妹なんかじゃありません」


 白琳が言い終える前に、稟玫ははっきりと否定した。そのまま苦虫を噛みつぶしたような顔つきになって、毒を吐く。


「貴女と私は生まれた環境も、ましてや育った環境がまるで違う。それに加え、貴女は知らされていなかったとはいえ、私が生きていることすら知らずに掩玉として――あくまで侍女として私と接してきた。お互い他人扱いしてきた私たちを今更姉妹だなんて、血縁を理由にくだらない情けをかけないでください。反吐が出る」

「稟玫……」

「いつまでもそんな甘ったれた生易しい考えを持っていたら、また足を掬われますよ。……とにかく、私は貴女の元に帰るつもりはありません。そんなの真っ平御免です」


 どうぞ、お引き取りを。


 稟玫の目からは明らかな拒絶と厭悪が見てとれた。

 やはり、彼女と再び陽の下を歩くことはできないのかと、白琳は目を伏せる。


「……行きましょう。白琳様」


 翡翠に催促され、白琳は一言だけ告げて地下牢を後にした。


「また、来るわ」







 それから白琳は銀苑の東屋に行き、榻に腰掛けてぼんやりと空を眺めていた。


「……稟玫が淹れてくれたお茶、もう飲めないのかしら」


 翡翠が心配そうに彼女を見つめていると、突風が吹いた。

 二人が注目した先には、予想通り鸞が銀苑に降り立っていた。


「鸞? どうしたの」

『白琳。今から少し時間をもらえるか』

「え? ええ……」

『そなたを連れて行きたいところがある』


 そう言われ、白琳は鸞の背に乗った。

 翡翠に見送られて青天の爽やかな空気を一身に浴びていると、鸞が口火を切る。


『これで少しは心も晴れるのではないか』

「もしかして、わたしを心配してくれたの? 連れて行きたいところっていうのも、この空中?」

『いや、目的の場所は他にある。その場所に向かう間、少しでもそなたが気晴らしできればと思ってな』

「……ありがとう」


 鸞と言葉を交わしていると、向かい側から見慣れた人物がやって来ていることに気づく。


「理玄様……⁉」


 鳳凰の背に乗った黒金の青年も、どうやら白琳たちを視認して驚いているようだった。


「白琳殿も、どうしてここに?」

「それが、鸞に連れて行きたい場所があるからと……」

「俺も同じことを鳳凰に言われてだな……」


 鸞と鳳凰が向かい合わせになって滞空するなか、白琳たちは久方ぶりに言葉を交わす。

 理玄とは中央荒原で別れて以来の再会だった。


「秋冷からその後のことは聞いた。今は色々とやることが多くて大変だとは思うが、もし俺にできることがあればいつでも言って欲しい。助けが必要なら、鳳凰に乗ってすぐ駆けつける」

「お気遣い、ありがとうございます。でも今は大丈夫です」

「そうか?」


 両者が微笑み合った後、二羽の神鳥は並んで大島の北部へと向かった。






「ここが、あなたが連れて行きたいと言っていたところ?」

『そうだ』


 鸞と鳳凰が降り立った場所は、桂華が起こったとされる原初の森林だった。森林の奥地には澄んだ泉があり、泉の先には建国記に記されていた金木犀と銀木犀の二木が寄り添っている。

 その神秘的な光景に白琳と理玄は感嘆した。


「でも、どうしてわたしたちをここに?」


 白琳が問うと、鸞が感慨深そうに木犀を見つめながら答える。


『お前たちは、いずれ桂華を再誕させるだろう。そして、生まれ直した桂華の最初の王と女王になる。ならば、始まりの地くらい見ておいた方が良いだろうと鳳凰と話し合ったのだ』

「なるほど」


 理玄は微笑を湛え、鸞と同じく寄り添う二つの木々を見つめた。

 白琳もまた目を細めて言う。


「理玄様、それから神鳥あなたたちとこんなにも美しい景色を見ることができて、本当に良かった」

「俺もそう思う。白琳殿」


 そう返したところで、白琳がじっとこちらを見つめていることに理玄は気づく。


「どうした?」

「いつの間にか、殿付けに戻っているなと思いまして……」

「あ」


 柄にもなく理玄は僅かに頬を朱に染めて、額に手を添えながら弁明する。


「いや……あの時は必死で、つい勢いで呼んでしまったというか……。それに、君の許可も無く呼び捨てをするのは駄目だと思って……」

「そんなことないですよ。……むしろ、白琳と呼んでくれた方が凄く嬉しいです」


 白琳も紅潮し、理玄はそんな彼女の姿を見て気恥ずかしげに視線を逸らす。

 神鳥たちはやれやれと言わんばかりに飛び立ち、木犀が咲く対岸へと足をつけた。


「……白琳」

「はい」


 早速そう呼んでくれたことに、白琳は満悦そうに返事をする。


「改めて言わせて欲しい。俺は、君が好きだ」

「わたしもです。理玄様」


 黒金の青年は、穏やかで、それでいて喜びを噛み締めるように口元を綻ばせる。


「今は互いにやるべきことがあって、守らなければならない国がある。直接会える機会も限られるだろうし、君の願いがいつ叶うかも正直分からない。それでも俺は、いつまでも君を想い続ける。だから、その時がきたら一緒になってくれるか」


 白銀の少女は、迷うことなく頷く。


「はい。勿論です」


 青年は少女の頬を愛おしげに撫でる。

 少女は愛しいその手に自身のそれを重ね、笑みを深める。




 泉の水面には、二つのつがいがそれぞれ一つになる姿が映し出されていた。





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