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第68話 最美の花笑み

 兵たちが引き返していくなか、白琳は緊張を解いて強張っていた全身の力を緩めた。そして、理玄に改めて謝意を述べる。


「理玄様、ありがとうございました。両軍の衝突を防ぐことはできませんでしたが、戦が激化する前に何とか事態を収拾することができました。理玄様の尽力が無ければ、今頃どうなっていたことか……」

「いや、俺は何もしていない。民を説得し、戦乱を治めたのも全て君の力によるものだ。……むしろ俺は、何もできなかった」


 鸞がいなかったら、俺は君を……。


 言い淀んだ理玄に、白琳はかぶりを振る。


「どうか、そんなことを仰らないでください。理玄様が来てくださらなかったら、わたしはとうの昔に息絶えていました。稟玫――裏切った侍女の凶刃と鶖保たちの奸計に敗れ、夢半ばのまま無念に散っていたことでしょう。でも、そうはならなかった」


 わたしの命を救い、ここまで繋いでくれたのは、紛れもなくあなたの御蔭です。


 その花笑みは、これまで見てきた彼女の微笑のなかで最も美しく……。

 最も清廉だった。

 理玄は満ち足りたように、破顔する。


「ありがとう」






「お疲れさん」

「そちらもご苦労だった。それに助かった。紅鶴」


 白琳と別れ、理玄は金桂軍本陣に向かった。紅鶴も馬から降りて、主君の帰還を迎え入れる。

 兵たちは即座に叩頭しつつも、彼の傍に佇んでいる雄壮な神鳥を間近に目にして動揺したり、嘆声を秘かにあげたりしていた。


「それはこっちの台詞だよ。あたしはただあんたの指示に従って兵たちを率いただけ。もしあんたたちが来てくれなかったら、もっと多くの麾下が負傷して、挙句の果てには犠牲になっていただろうからね」

「……戦死した者はどれくらいいる?」

「まだ前線の様子がちゃんと確認できていないからはっきりとは言えないけど、二、三百人はいるんじゃないかな」

「そうか……」


 暗い翳を落とす理玄の背を紅鶴は優しく叩く。


「そんな顔しない。戦っていうものは、どうしたって多かれ少なかれ犠牲が出てしまう。それを最小限に留めただけでも凄いことなんだ。あんたたちはよくやったよ」

「……ああ」


 未だ罪悪感が残っているのか、理玄の表情は晴れない。

 紅鶴は話題を変えることにした。


「白琳ちゃんと一緒に一旦銀桂に戻らなくて良かったの?」

「俺がそうしようかと提案したら、丁重に断られたんだ。『これ以上、理玄様の御手を煩わせるわけにはいきません。それに、自国の始末は女王であるわたしがしなければ』って」

「あっはは、別に手を煩わせるようなことじゃないのに」


 暗澹とした面差しが苦笑に変わり、理玄は空を仰ぐ。


「俺もそう言ったんだが、頑として譲らなくてな。それに、俺が早くお前たちの元へ行けるよう配慮もしてくれたんだろう」

「なるほど」


 ほんと、大したものだよ。あの子は。


 両者は飛び去った白銀の少女が蒼穹に溶けていくのを見届けた。

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