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第67話 平定

 数分も経てば、中央荒原の付近まで辿り着いた。

 荒原上空に近づけば近づくほど苛烈な怒号や剣戟音が大きくなり、白琳と理玄は眉を顰める。

 理玄の推測通り、両軍の陣営がまだ解体していなかったが故に、荒原は再び戦場と化しているようだ。


「早く止めないと……!」


 また多くの犠牲が出てしまう。いや、既にいくつもの命が儚く散っているかもしれない。

 忙しなく心臓が脈打ち、白琳の手は自然と胸に当てられた。


「鳳凰、鸞。頼む」


 理玄の指示を受け、先ほど民衆を引き付けた神の声を神鳥たちは高らかに発する。





「あーあ……。どうしてこうも理玄あいつの予感は当たっちゃうのかねえ」


 神籟が轟く少し前。

 荒原右端にある本陣で指揮を執っていた紅鶴は盛大に溜息を吐いていた。


 前線では在留していた両陣営の東軍同士が白兵戦を繰り広げている。連絡兵の報告によれば、今のところ両軍は拮抗しているようだが、奥に控えている銀桂軍の本陣――つまり、敵軍の総勢は金桂こちらを上回っているとのことだった。やはり、元々金桂に再戦をしかけるつもりで数日前から兵を集めていたようだ。


 だが、東軍が戦ってくれている間こちらも徐々に兵力が集まりつつある。各郡から歩兵や騎馬隊を緊急招集し、少しずつではあるが東軍に加勢したり本陣の守りを固めたりしているところだ。理玄の先見の明と義隼の迅速な敵軍捕捉が無ければ、今頃金桂軍は大きな損害を被り、既に東軍も敗走していたことだろう。


「うちの愛弟子と御史大夫が良い仕事をしてくれたからには、太尉こっちもそれなりに働かないとね」


 愛馬に跨り、鎧を身に纏った女将軍は、傍にいた軍師と戦略を練りつつ各軍に連絡兵を回した。

 そんな気高く麗美な紅き鶴と対峙するのは、獰猛で残忍な蒼き鷹。

 紅鶴同様、荒原左端にある銀桂本陣で戦況を連絡兵から伝聞していた銀桂の総大将は不敵に笑んだ。そして、視線の先にいるであろう金桂最強の女将軍を見据える。


「あの時は引き分けに終わっちまったからな。ここでケリを付けようじゃねえか」


 結局、白琳たちが街に出ている間に行われた紅鶴との試合では、中々勝敗がつかず引き分けに終わっていた。まさか年下の、それも女性相手に手こずるとは思いもしなかった。




『流石は金桂最強と謳われるだけのことはあるぜ』

『そっちもね』




 試合が終わった後に交わした一言二言でそれっきりだったが、今ようやく勝敗を決することができる。直接彼女と再度矛を交えるわけではないが。


「よし。そろそろ矢の雨を降らせるか! 西軍の弓兵を投入させろ。次いでに右軍の騎馬隊も出陣させて、金桂の東軍を挟み撃ちにする」


 戦に飢えていた蒼鷹は生き生きとした声音で指令を下す。だが、指令通りに事が運ぶことは無かった。

 突如、天地を震撼させるような神籟が響き渡る。


「何だ⁉」


 蒼鷹のみならず、彼に付き従っていた本陣の兵たちや紅鶴率いる金桂軍、それから前線で戦っていた両軍兵の全員が蒼穹を見上げる。


『両軍、速やかに武器を捨てよ!』


 そこには、威光を放つ二人の王の姿があった。

 両者の君命に、白兵戦を繰り広げていた両軍兵は武器を捨て、叩頭する。


「良かった……。白琳ちゃん、無事だったんだね」

「なっ、何で陛下がここにッ⁉ しかも殿下まで」


 紅鶴が目を細める一方で、蒼鷹は狼狽する。

 鸞が蒼鷹の元へ降下するや否や、白琳は鸞の背から降りて彼と向き合う。


「蒼鷹! 鶖保のはかりごとは金桂君の御助力により未遂に終わったわ。今梟俊たちが彼らを捕らえ、混乱の鎮静化に当たっています。今すぐ退軍しなさい」

「何だと⁉ あれだけ自信満々に失敗はあり得ないってほざいてやがったのに、あいつ、しくじりやがったのか!」


 クソが! と粗野な言葉を吐き捨てる蒼鷹を白琳は睥睨する。その間、理玄も鳳凰に降ろしてもらい、白琳の隣に佇んだ。


「大体、金桂君と鳳凰、それに不在だった鸞も何でここにいるんだッ!」

「一行が金桂を発ったと同時に、私が一部の臣下に後を追い、偵察するよう指示を下したんだ。金苑で白琳殿と話していた時、怪しい動きをする者がいたのでな、その正体を突き止めるために貴殿らを注意深く観察することにした」

「ってことは、金桂《向こう》に行ってた時から既にバレてたってことじゃねえか! 鶖保の野郎ッ‼」

「蒼鷹、早く全軍を退去させなさい」

「ハッ、女王陛下はもうお忘れか? 今や六師の権限はオレにあるんだ。軍を撤退させるか否かは全てオレが決めるんだよ」

「……なら、今あなたの麾下たちに命令してみなさい。武器を持って戦え、と」


 白琳自ら戦をけしかけるような、彼女らしくない発言に理玄は息を呑む。

 蒼鷹は口の端を吊り上げて、声高に命を下した。


「総員、武器を携えて敵を撃て!」


 しかし、兵たちは叩頭の姿勢を崩さなかった。近くにいた軍師や右軍将軍でさえ、気まずそうに蒼鷹から視線を逸らしている。


「……おい。テメエら、オレの声が聞こえなかったのか?」


 金桂の奴らを滅ぼせって言ってんだよ‼


 怒鳴る蒼鷹に肩を震わせつつも、それでもやはり兵たちは立ち上がろうとはしない。


「首謀者が捕縛され、王都における民の暴動も治まりつつある。地方の混乱もいずれ収束に向かうだろうから、貴殿らが戦ったところで最早何の意味も為さない。何より、神鳥を前に武器を持てるような胆力は無いだろう」


 理玄は鳳凰と鸞を一瞥しながら言う。

 王と同等――人によってはそれ以上の崇敬の対象とされている神鳥は、兵たちを冷徹に見つめていた。彼らの動きを封じるかのように。


「……ふ、ふざけるな」


 蒼鷹は奥歯を噛み締め、声を荒げる。


「ふざけるなァァ‼」


 そこで、鸞が蒼鷹を諫めるが如く、美しくもおぞましい鳴声をあげた。

 感じたことのない恐怖が全身を支配し、蒼鷹は思わず総毛立つ。


「最後にもう一度命じます。蒼鷹、撤退しなさい」


 白琳の厳命に蒼鷹は渋面になって舌打ちし、


「…………全軍撤退しろ!」


 兵たちに各々の拠点に戻るよう指示した。


「鶖保に加担した共犯者として、宮廷に戻り次第あなたを捕縛します。いいわね?」

「……小娘が。やれるもんならやってみろ」


 悪態をつく蒼鷹に、鸞は自身の羽根で青い大鷲おおわしの眷属鳥を創生する。

 かの大鳥は問答無用で蒼鷹の肩に降り立った。どうやら、帰路で彼が勝手な行動をしないか見張っておいてくれるらしい。


「ありがとう。鸞」


 白琳が礼を言うと、鸞は静かに目を閉じた。

 振り払おうとしても付き纏うのをやめない大鷲に蒼鷹は諦め、最後は鋭い眼光をもって白琳を睨み据えてから手綱を打った。

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