第66話 太平な世を
禁門前に集結していた民衆、それから宮廷内で戦っていた兵や反対派の暴徒たちは、突如鼓膜を震わせた神籟に動きを止めた。
聞いたことも無い神秘的なその鳴声に、民は一様に空を見上げ、建物内にいた人間も外へ出て同じように空を仰いだ。
「白琳様……!」
何とか〈鴆〉を打破した翡翠も、鸞の降臨に驚きつつも白琳の無事にほっと息をついた。
正門となる南の禁門にいた民衆が向ける視線の先には、自分たちが崇める青銀の神鳥と気高き白銀の女王。そして、対となる赤金の神鳥と威厳ある黒金の王が並んでいた。
「ら、鸞だ……」
「あれは鳳凰か? どうして金桂君もここに!」
「まさか、さっきの鳴声は……!」
「ああ、何て神々しい……」
神話の如き美しさを放つ侵しがたい光景に、何人かの民は叩頭する。彼らに続く者もいて、遂にはほとんどの民衆が二人の王にひれ伏した。
鸞と鳳凰は禁門前に降り立ち、白琳と理玄も着地する。
この世で最も尊き者と神たる存在が、自分たちと同じ地を踏んでいる。その現状に駭然とし、民は銘々に困惑する。
「皆さん。顔を上げてください」
白琳の言葉に、人々は恐る恐る彼女と目を合わせた。
「まずは、皆さんに大きな不安と怒りを与えてしまったことを謝罪します。本当に、ごめんなさい」
深々と首を垂れる白琳に、民衆はどよめいた。女王が臣民に尊顔を垂れようなどとは誰も思いやしない。
「皆さんが抱く想い——民意を、わたしはしっかりと受け止める所存です。長きにわたる戦が植え付けた怨恨、恐怖、憤懣、悲嘆などの負の感情は決して消えない。きっとこれからも残り続けるでしょう。……しかし、金桂国との国交、ひいては桂華国の再興は変わることのないわたしの意志であり願いでもあります。こちらにおわす金桂君も、叶うならば両国が手を取り合う道を歩んでいきたいと仰ってくれています」
民の視線が理玄に集中すると、彼ははっきりと顔を縦に振った。
まさかそんなことが、と民は再度ざわめく。しかし、白琳はその動揺を鎮めるように語気を強めて言い放つ。
あの日の、即位宣誓と同じように。
「未来に怨嗟を残してはならない!」
凛とした玉音に、民衆の乱れていた意識はぴんと張り詰めた。そして、白琳の求心力に彼らは目を逸らせないほど惹きつけられる。
「終戦をきっかけに、これから先は戦を知らぬ民が増えていくでしょう。そんな彼らに、戦を経て抱いた怨嗟の情を押し付け、連綿と憎しみ合う世を作ってはなりません」
女王の想いが、人々の荒ぶる心を沈めていく。
「わたしは、互いを尊重し、認め合い、愛することができる国を作りたい。そして近い将来、この大島を一つにしたい。そんなことできるわけがない、敵対していた国同士が一つになるなんてまっぴらだと思う方もいるでしょう。その思いを否定し、踏みにじるつもりはありません。ですが、どうかわたしの想いも心に留めておいていただけないでしょうか」
しん、と静まり返ったのも束の間、民は一斉に額を地につけた。
この若き女王を信じよう。
この国が、この大島が――平和になることを祈って。
銀花の国に生きる者たちは、己の未来を彼女に託したのだった。
民衆の前で改めて己の本心を打ち明けた白琳は、騒動の鎮圧後、理玄と鳳凰と共に鸞の背に乗って銀桂軍の侵攻阻止に向かった。
鸞と鳳凰が並んで滑翔するなか、白琳は理玄に謝罪する。
「わたしが至らないばかりに、配下の謀反と侵略を許してしまいました。金桂の皆様にどうお詫びすればよいか……」
「君に非は無い。むしろ、君も被害者の一人なんだ。謝らなくていい」
「でもっ……」
それ以上の陳謝は無用だ。理玄はそう言外に伝えながら、静かにかぶりを振る。
「紅鶴には万が一に備えておくよう頼んでおいた。だから、金桂が奇襲に遭うことは無い。だが、既に両軍が接触して争い合っている可能性が高いだろう。急ごう」
「……はい!」
白琳が力強く頷いた後、理玄も首肯し返す。
二人の王の意志に応えるべく、神鳥たちは速度を上げて青空を突き進んだ。




