表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/69

第4話 開花と散花

「よろしい」


 白璙が頷いたところで、梟俊が露台に立って即位式の開会を宣言した。

 二人は私語を慎み、露台の方に注目する。辺り一帯は厳格な静けさに包まれ、梟俊の声だけが朗々と響き渡る。


「先王・桂銀桀(けいぎんけつ)が公主、桂白琳」


 呼ばれて、白琳は露台の先端に立つ。

 ようやく女王を目にすることができ、民は銘々の反応を示した。

 女王の美しさに見惚れる者、まだ少女でありながら堂々とした佇まいに感嘆する者。そして、母の瑠婉を知り、その瓜二つの容姿に驚く者。

 白琳はそんな民の様子を垣間見つつも、眉一つ動かさない。


「本日をもって第百二十八代銀桂女君(ぎんけいじょくん)として即位す」


 梟俊が目でこちらに合図を送る。

 白琳は頷いて、改めて背筋を伸ばし、胸を張った。そして大きく息を吸い、宣誓の言葉を高らかに発する。


「我、第百二十八代銀桂女君、桂白琳なり。女君として、全ての民と国花神鳥に誓いましょう。この地に更なる繁栄と安寧をもたらすと!」


 凛とした玉音(ぎょくいん)が空気を震わせ、民衆は彼女の身の内外から放たれる美しさと王威に更に惹きつけられる。


「銀桂女君の御代に栄光あれ」

『銀桂女君、即位万歳‼』


 梟俊の言葉に呼応するように、民は盛大に言祝(ことほ)いだ。

 後方で白琳を見守る白璙と翡翠も、一等大切な少女の新たな門出を慈愛の微笑みをもって祝福する。


 鳴りやまぬ歓声に、白琳は微笑を浮かべた。

 そのまま王都を眺望し、地平線の先にある金花の国を想う。


 ――民の平穏を守るため……何よりお兄様の悲願成就のためにも、私は何としてでも成し遂げなければならない。




 金桂国との和平を――。





   *****





「まさか、あの銀桂に女王が立つことになるとはな」

「かつては王子が二人いたみたいだ。けど、第一王子は病弱ゆえに王位を継がず、第二王子は不慮の事故で急死しているらしい」

「なるほど。それで末子であった公主がやむを得ず践祚するしか無かったというわけか。何よりも血統を重んじるあちら側なら当然の判断だな」


 切れ長の怜悧な紫瞳(しとう)には、金木犀の木々で埋め尽くされた園庭――金苑(きんえん)が映っていた。

 目線を上げれば、その遥か彼方に対となる銀花の国がある。

 今この時、白琳と青年は必然のように互いを見据えていた。それぞれ、相対しているとは露ほどにも思わずに。


「銀桂初の女王とはいえ、鳧徯(ふけい)の血を引く娘であることに変わりはない」


 鳧徯は戦を引き起こすと伝えられる人面の怪鳥だ。

 初代銀桂君が金桂国に対し戦を仕掛け、後に七百年にも渡る大戦乱へと発展する因縁を生み出したことから、金桂民から蔑称として渾名されている。初代に限らず、先王銀桀のような歴代の戦好きな銀桂君も同じように呼ばれていた。


「どうせ俺たち金桂民を()()()()()()だと侮蔑し、父王同様、金桂滅亡の奸計を企んでいることだろう」


 青年は心底辟易するようにそう吐き捨てた。

 陽光に照らされて一段と光輝を放つ黄金の髪。精悍な面立ちから滲み出る敵意と警戒をそのまま具現したかのような、漆黒の漢服と腰に帯びた直刀。

 武官のようにも見えるかの青年こそが、金桂君(きんけいくん)――華理玄(かりげん)その人だった。


「理玄、そろそろ会議の時間だぞ」

「ああ」


 先に行っててくれ、と親友を送り出し、理玄は再度見えるはずのない敵国の女王を睨み据える。

 少女の確固たる意志と信念に対し、青年は冷酷に――それでいて一抹の諦観を含ませながら呟いた。


「王が変わったところで、世界は何も変わらない。俺たちは今まで通り、そして未来永劫——いがみ合うほか無いんだ」


 理玄は早々にきびすを返し、執務室を後にした。





   *****





 同じころ、白琳も即位宣誓を終えて露台から身を引いた。

 白璙はゆっくり腰を上げ、白琳を迎える。


「お疲れ様、白琳。とてもいい宣誓だったよ」

「ありがとうございます」


 照れくさそうに笑む愛らしい妹の姿に白璙は破顔する。翡翠も兄妹が見せる満面の笑みに頬を緩めた。



 だが、三人の幸福に満ちたひと時はこれで最後となった。



 その日の深夜、白璙の容態が急変。

 


 




 まもなくして、白琳の最も大切な花が儚く散った。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ