第31話 未来のために
いつもより一段と低い声音で告げられ、血の気が引いていくのが分かった。
蒼鷹と鶖保は口の端を吊り上げて、意見の相違に喜悦している。
「ど、どうしてですか」
白琳が震え声で問うと、理玄は冷淡に答えた。
「見たところ、翡翠殿や三公の方々にも桂華国再興の考えは共有されていなかったようだ。それゆえ国交及び桂華国の再興はあくまで貴女個人の意志に過ぎず、国としての総意であるとは考えられない」
どくん、と心臓が跳ねた。
理玄の言う通り、自分が代わりに白璙の本懐を遂げたいと強く願っただけだ。
「それに、これまでの我々の関係性を踏まえれば、大多数の民が貴女の考えに反対するだろう。なぜ七百年以上もの間いがみ合ってきた敵国の者と、今更居を共にしなければならないのか。そう非難し、激憤するのは想像に難くない」
「そ、それは……」
「特に、戦死した兵たちの遺族は激憤どころでは済まないだろうな」
理玄の一言に白琳ははっとする。
今一番互いを敵視し合っているのは、紛れもなく遺族だ。大切な人が敵兵に殺されたのだから。
家族、恋人、友人を殺した者と手を取り合い、平穏に暮らせ。
自分が為そうとしていることは、彼らにそういった酷薄な命を突きつけているも同然ではないのか。彼らの胸中を慮れば、嫌でも己の考えがどれだけ浅はかで薄情だったかを思い知らされる。
口元を抑えて青ざめる白琳に、理玄は哀切な音調で続けた。
「民が国交と桂華再興を望むなら、喜んで私は貴女の考えに賛同する。しかし実際問題、両国に根付いた怨恨や敵愾心は強く、民が両国の交わりを拒むのは火を見るよりも明らかだ。我々はもう、かつての桂華国民のような一つの関係には戻れない」
共に生きる喜びを分かち合う時よりも、互いを憎み合う時間の方が長すぎたんだ。
変えようのない残酷な事実に、白琳だけでなく翡翠や梟俊、そして金桂の面々までもがやるせない思いを抱いてはその事実を認めざるを得なかった。
白琳は只々眼前に立ちはだかる巨大な壁に打ちのめされ、絶望するほか無かった。
——理玄様が仰っていることは正しい。
七百年という悠久の時をずっと、自分たちは争ってきたのだから。
いがみ合ってきた分、強い憎しみや怒りが人々の心に強く根付いている。
それは分かる。分かっている。むしろ、そんな状況下で終戦に導けたこと自体が奇跡だ。
――でも……。
たとえ、民の心に背く決断だったとしても。
彼らから更なる怨恨を突きつけられようとも。
――この決意だけは、譲れない。
四方会議の時同様、再び白璙の言葉が脳裏に浮かんだ。
思い出せ、忘れるなと言わんばかりに。
白琳は深呼吸して、己が意志を力強く紡ぐ。
「国交と桂華再興は、わたしだけでなく亡き兄の願いでもあります」
「兄上の……?」
初耳の事実に、理玄だけでなく仁鵲たち金桂の三公たちも瞠目した。
白琳は堰を切ったように滔々と語る。
「今は互いを憎しみ合っていても、終戦から五十年、百年後には戦を知らない民が殆どになり、時間の経過と共に段々と怨嗟の情も薄れていくはずです。戦乱の無い平和な未来を生きる彼らに、わたしたちは敵愾心や偏見を植え付けてしまってもいいのでしょうか」
全員の注目を一身に集める中、白琳は椅子から立ち上がり訴え続ける。
「平穏な未来のために、わたしたちの世代がかつて抱いていた負の感情を子孫に伝えなかったとしても、きっと彼らは相互不可侵の現状に少なからず疑問を抱くでしょう」
なぜ、同じ大島に住んでいるのに隣国に行ってはならないのだろう。
なぜ、隣国の民と接点を持ってはならないのだろう。
なぜ、戦が無いのに国交が断絶されているのだろう。
「なぜ? どうして? と、民は分からないことばかりに直面し、余計に不信感を抱いてしまいます」
白銀の少女王の力説に、周囲は目を離せなくなる。
彼女が放つ強い言葉一つ一つに呑まれていく。
「今を生きるわたしたちにとっては最善だと思うものでも、時代が変わり、次の世代やそのまた次の世代が生きる時分にとっては最善ではないかもしれない。今の価値観や思想が、そのまま未来に通用するとは限りません」
そこで白琳は一呼吸置き、朗々と発した。
「民を導く責務があるわたしたちは、決して『今』だけに固執して最善を求めてはならない。『未来』をも見据えて、民の幸福を追求するべきではないでしょうか!」




