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第30話 動揺

 白琳以外の全員が大きく目を見開き、息を呑んだ。いや、一瞬呼吸するのを忘れてしまった。

 だが、彼らの反応は大方予想出来ていた。

 この大望は身内にも話していない。この場で初めて、白琳が抱いていた本当の願いを口にしたのだから。


「おい! 桂華国再興なんて聞いてねえぞ‼」

「相互不可侵の関係が両国にとっての最善! それの何がご不満だというのですか⁉」


 当然、元から和平に異を唱えていた蒼鷹と鶖保は耐えきれず怒声をあげた。

 翡翠はというと、驚きのあまり開いた口が塞がらない状態になっていた。


「陛下」


 背後からしきりに反発が浴びせられるなか、ふと穏静で老いた声をかけられ、白琳は振り返る。

 声を荒げていた両者も一旦口を閉じ、梟俊とのやり取りを静観し始めた。


「なぜ、会議の際にそのことを仰ってくださらなかったのですか」


 流石の冷静沈着な梟俊も、今回の衝撃的な発言には驚きを隠せていないようだった。皺だらけのかんばせには、僅かながら困惑と焦燥が混じっている。

 彼らには申し訳ないことをしたと心中謝罪しながら、白琳は答えた。


「今はまだ話すべきではないと思っていたから……」

「どういうことです?」

「まずは戦を終わらせて和平条約を結ぶことが先決だと思ったの。金桂との友好関係を築き、いずれ国同士が一つになるには膨大な時間がかかる。すぐに成し得ることではない。だから伏せておいた」

「あのな!」


 蒼鷹が口を挟もうとすると、梟俊がそれを制止する。

 有無を言わさぬ鋭い眼光に、蒼鷹は舌打ちして渋々引き下がった。


「それに、ゆくゆくは桂華国を再興させたいなんて言ったら、きっとあなた達は和平条約締結の機会すら奪い、わたしの言葉に耳を傾けてくれなくなる。そう危惧したのよ」

「……なるほど、それで」

「ええ。あと、国交整備と桂華国再興は元々お兄様が密かに願っておられたことでもあるの」

「白璙様が?」


 白琳は静かに頷くと、かつて兄が呟いていたことを回顧した。



『桂華国とは一体どんな国だったんだろう。書によると、金木犀と銀木犀が咲き乱れていて大変美しかったとか……』

『双方の花が舞い散る国、ですか。わたしも見てみたいです』

『僕もだよ。それに、建国から八百年の間は大きな内乱も起きず、とても豊かで平和な時世が続いていたらしい。まさに仙郷のようだ』

『まあ……』

『……僕が王になって、金桂との戦乱を終わらせることができれば――僕の手で、かの国との友好基盤を築くことができれば、こんなに嬉しいことは無いんだけどね』



「白璙様が、そんなことを……」

「殿下の言葉に触発されてつい本心を打ち明けてしまったけれどね。……黙っていて、本当にごめんなさい」


 梟俊は小さくかぶりを振った。対して蒼鷹と鶖保は苦々しい面持ちで白琳を睨み据えていた。


「白琳様……」


 小さな呼声に気づき、白琳はかの青年を一瞥する。

 戸惑いと懸念の色を浮かべてこちらを見つめる翡翠に白琳は囁いた。


「翡翠も驚かせてしまってごめんなさい。でも、大丈夫だから」


 真摯な眼差しを受けて翡翠が首肯すると、白琳も頷き返して理玄たちの方へ目を向ける。

 聡慧そうけいな双眼の中に湛えた紫の光は揺らぎ、彼が激しく動揺していることを如実に語っていた。実際、ここまで感情を露にしている理玄を見るのは初めてかもしれない。

 これまでの彼は金桂君としての王威を放つばかりで、等身大の姿を見ていなかったように思う。それを少し新鮮に感じつつも白琳は弁明した。


「金桂の皆様にも困惑させてしまったことをお詫び申し上げます。しかし、わたしは心から再び桂華国として一つになることを願っているのです。同じ地を踏み、同じ空気に触れているわたしたちが、ずっと背中合わせでいる……。それはとても悲しいことだと思います」


 殿下も、金花と銀花が交わって共に舞い散るところを見てみたくはありませんか?


 切実で、極めて純粋な眼差しと声音が自身の心をかき乱した。

 理玄が苦悶の表情を浮かべると同時に、三公たちも憂慮の念を露にする。


「金桂と銀桂が一つに、か……。これはまた突拍子もない話を持ちだされたな」

「桂華国の再興って、いくらあの子たっての希望でもこればっかりはね……」

「理玄様、大丈夫ですか?」


 義隼が自身の顔色を窺ってくる。


「ああ……大丈夫だ」


 ——落ち着け。


 己にそう言い聞かせ、理玄は何とか平静を取り戻した。


「まずは、両国の国交を整備したく思うのですが……」


 白琳の言葉に、理玄は僅かに紫瞳を翳らせて返答する。


「……申し訳ないが、国交を結ぶことには同意出来ない」




 当然、桂華国の再興もだ。


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