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第23話 敵国の地を踏む

 使者が帰還し、金桂君の承諾の意を確認してから、白琳はすぐさま宮廷——ひいては銀桂を発った。

 同行したのは三公と翡翠、それから世話役として着いてきてくれた美曜と掩玉。あとは、一行を護衛する兵卒数十名だ。


 留守の間の国政代行は、九卿たちに任せた。

 ただでさえ忙殺されている彼らに仕事を増やしてしまうのは忍びないが、致し方ない。


 そう割り切って、玉輦ぎょくれんに揺られること約一か月と少し。

 会談前日の愚中ちゆう正刻せいこく(午前十時)になった頃、白琳はとうとう金桂の地を踏んだ。

 金桂の王都・明星めいせいの街。その最奥に堅牢かつ絢爛豪華な建築群が構えており、その少し手前で玉輦は止まった。


「陛下、到着致しました」


 義隼が声をかけてきたので、白琳は差し出された翡翠の手を取ろうと玉輦から降りる。

 だが、長時間座っていたせいで、ついよろめいてしまった。


「あっ……!」


 そこで翡翠がすかさず支えてくれ、白琳は安堵の息を吐く。


「大丈夫ですか。白琳様」

「ええ。ありがとう、翡翠」

「歩けますか? 差し支えなければ、このまま私が御手を引いてお支えしますが……」


 長期間の行幸で疲弊しているだろう白琳を案じ、翡翠はすっかり心配性になってしまっていた。


「本当に大丈夫よ。そんなに心配しないで」

「白琳様がそう仰るのであれば、よろしいのですが……」


 未だ懸念を露にする翡翠に苦笑しつつ、白琳は雲一つ無い晴天を仰いだ。初めて見る景色や眼前にどっしりと構えられている宮廷の美しさに目を輝かせ、感嘆の息をつく。


 好奇心旺盛な子供のようにいつもより少し幼い様子を見せる白琳に、翡翠の気掛かりはようやく取り払われ、頬を緩める。

 そして、自然と己の掌に視線が落ちた。

 白琳の手を引けなかったことを残念に思ってしまう自分がいて、翡翠は我に返ってすぐさま慕情を振り払った。


 ――一体何を考えているんだ私は……!


 こんな時に、うつつを抜かしている場合じゃないだろう。


 翡翠は己の心を叱咤しつつも、時折感情の制御が出来なくなる自身に辟易した。

 想い人に少しでも頼りにされたい、触れたいと思ってしまう淡い恋心が徐々に言動として表れてきている。常に想い人(白琳)の傍にいるので、どうしても恋慕の情が溢れてしまう。


 ――とにかく、今は自制しなければ……。


 幼馴染が懊悩おうのうしている一方で、白琳は彼の懸想に気づくよしも無く、只々眼前に広がっている景観に心を奪われていた。


「なんて立派な宮廷なのかしら……」


 荘厳で、美麗で、どこか神秘的な雰囲気が漂う黄金と黒檀の宮廷。

 宮殿には所々朱塗りの柱や装飾も散見され、一層華々しさを感じさせる。


「陛下、そろそろ参りましょう。これ以上お待たせするわけにはいきませんので」


 梟俊の催促に、白琳ははっとした。

 彼の言う通り、宮廷入口となる赤い禁門の前には金桂一行が待ち構えていた。


「ごめんなさい。行きましょうか」


 白琳の先導に伴い、背後に付き従う翡翠を始め、三公や侍女、それから護衛兵たちが続いた。

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