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第22話 見目麗しき女将軍

 白琳の返書が理玄の元に届けられたのは、それからまた二週間が経った頃。

 以前とは異なる使者が来訪した際、理玄は内廷にある軍兵専用の修練場で、ある人物と手合わせをしていた。

 木刀がせめぎ合う音と共に、観戦している数多の兵士たちの興奮や感嘆の歓声が響き渡る。


「へえ、また腕をあげたんじゃない? 理玄」

「そちらこそ、以前より剣を振るう速さが上がっているように思うが」

「そう? 六師ともあろう御方に褒めていただけるなんて、実に光栄だね」


 会話はいたって普通の調子だが、話者の二人は目にも止まらぬ速さで刀を振り捌き、しのぎを削っている。


 その常人離れした剣技には、周囲の兵たちも圧倒されていた。


「流石は紅鶴こうかく様だ」

「太尉と六将軍を兼任しているだけあって、やはりあの強さは尋常じゃないな」

「だが、理玄様も負けず劣らず素晴らしい身のこなしだ」


 理玄に間断なく猛攻をしかけている、暗赤色を基調とした武官装束を身に纏った麗人。

 衣装には所々金糸が編み込まれ、より典雅で高潔な雰囲気を醸し出している。

 紅色の長髪を簪で一纏めにし、武器を手にしてもなお艶麗な美しさを惜しみなく放つ彼女こそ、太尉の紅鶴だ。また六軍を各々率いる六将軍の一人であり、六軍最強の矛として名高い左軍を率いる女将軍として抜きんでた武勇の腕を持っている。


「さて、そろそろ決着をつけるとするかね」


 紅鶴が不敵に笑んだと同時に、刀を振るう速度が更に上がった。


「くっ……!」


 まだ実力を隠し持っていたのかと、理玄のかんばせも自然と険しくなる。

 正直、受けるか流すかで精一杯——


「と、言いたいところだが」


 素早くも重い幹竹からたけ割りを寸前で受け止め、紅鶴の木刀を押し返した。

 両者は一旦距離を取り、体勢を整える。


「これは驚いた。まさか、あたしの一太刀を受け止めてそのまま押し返すなんてね。六師の肩書は伊達じゃないってことかな」

「六師は六将軍よりも上に立つ存在。いくら王とはいえ、やはり相応の実力が無ければ兵たちに顔向け出来ないうえに、彼らの士気にも関わってくるだろう」


 何より、俺自身が己の無力さに嘆きたくないんだ。


 強固な意志が宿った精悍な面様と声音に、紅鶴はふっと笑みを零す。


「なるほど。相変わらずあんたは自分に厳しいね」

「金桂最強の女将軍殿には及ばない」


 両者が互いを見据え、大きく一歩を踏み出そうとしたその時——


「理玄様!」


 ふと、聞き慣れた呼声が修練場に響いた。

 理玄たちは刀を降ろし、声の主の方へ顔を向ける。

 そこには、肩を上下させて書簡を掲げている義隼の姿があった。


「先ほどっ……銀桂からの使者が参り、これを理玄様にとっ!」


 書簡を受け取った後、すぐさまこちらに駆けつけてくれたのだろう。

 理玄は荒い呼吸で知らせてくれた彼の元へ急ぐ。


「試合は終わりだ。各自持ち場に戻れ」

『はっ!』


 兵たちを解散させてから紅鶴も理玄の後を追う。

 その時既に、彼の手には書簡が広げられていた。


「例の女王様は何て?」


 紅鶴の問いに、読み終えた理玄は視線を持ち上げて答える。


「俺が送った返書に対する礼、それから会談日は再来月の九日を希望したいと」

「となると、あちらさんはもう行幸の準備に取り掛かってるだろうね。使者が帰国して、あんたが了承したことを女王様が知ったら、すぐにこっちへ向かう手筈になってるはず」

「ああ。今回はなるべく早く、彼らを送り出す必要がある。義隼、使者は客間にいるのか」

「はい。今は仁鵲と商風が彼らの相手をしています」


 ——なら、剣呑な雰囲気になっていることは無いか。


 意味深長な視線を義隼に向けていると、彼はその意図を察して、


「ご心配なく。もう二度と、理玄様のお叱りを受けるような真似は致しませんから」


 少し気恥ずかしそうに断言した。

 その様子が可笑しくて、理玄はくつくつと喉を鳴らす。

 双方のやり取りに、紅鶴は思い出したかのように言う。


「ああ、銀桂からの使者に対してあんたがつっけんどんな態度取って、理玄に諫められたとかいう話ね」

「おい、何故お前がそのことを知っている⁉ あの時お前はいなかったはずだろう!」

「仁鵲が教えてくれた」


 にやにやしながらね。


 紅鶴がわざとらしく口の端を吊り上げると、義隼は「あいつ……!」と凄まじい剣幕で仁鵲がいる秋陽宮をめつけた。


 ——安易に告げ口なんかするものじゃないよ、仁鵲。


 今後待ち受けているであろう仁鵲の悲劇に、紅鶴は一抹の憐憫を抱いて彼の無事を切に願った。


「あまりやり過ぎるんじゃないぞ」


 理玄は苦笑しつつ当の本人たちが待つ秋陽宮の客間へと向かう。

 二人の臣下も、片方は目くじらを立て、もう片方はその剣幕を見て忍び笑いながら主君の背を追った。

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