第21話 未だ見ぬ敵国の主
それから使者たちは二日ほど滞在し、旅支度を整えるとすぐに金桂を発った。
大島の両端に位置する二国の宮廷を往来するには、片道だけで二週間はかかる。勿論、それは駿馬を主な移動手段とした場合の話だ。徒歩だと一か月以上はかかってしまう。
それだけ大島は広大で、二国間を往来する使節は多大な労力と時間を割くことになる。
約一か月の歳月を経て使節団が無事に帰国した際、白琳は真っ先に彼らを労い、感謝の言葉を送った。
早速、彼らの努力の結晶である金桂君からの返書を執務室にて黙読する。
「金桂君は何と?」
読み終えた白琳に梟俊が問うと、彼女は安堵と喜びの色を浮かべて答えた。
「会談の申し出をお受けする、とのことよ」
傍に控えていた翡翠と侍女二人も顔を明るくさせた。
一か月前の四方会議の翌日、早速白琳は宮廷会議にて九卿たちに己の意志やそれに伴う国の意向について打ち明けた。
当然彼らは驚愕し、喧々囂々と意見を述べ立てた。
困惑、憤怒、疑念——。個々の感情が渦巻いた結果、白琳の予想通り反対派が多かった。
しかし、白琳がこの戦乱がもたらす数多の損失や犠牲を語れば、彼らの強い否定の言葉は少なくなっていった。
九卿のなかには、反対を押し切って自ら武官に志願し六軍兵として戦場に赴いた息子たちがいる。そんな我が子の行く末や一家の将来を案じれば、戦乱を止めない理由など無かった。そして、梟俊の後押しや元々賛成していた少数派の九卿たちの説得も相まって、最終的に和平交渉の決議が下されたというわけである。
「会談の日程はいかがいたしましょう」
「それに関しても、金桂君殿下がいくつか候補日を提示してくれているわ。来月の八日、九日、十日あたりはどうかって」
「ふむ。こちらから再度返書を送り、尚且つ金桂への行幸期間も含めて逆算した結果、およそ一月半後になったという具合ですかな」
書簡には、白琳たちが金桂に赴きたいという意志を示しておいた。
他国への行幸は莫大な旅費だけでなく、王や三公などの重鎮を警備する兵の同行も必要となる。
銀桂から会談を開きたいと申しておきながら、金桂の者たちに多大な出費と労力を強いてしまうのは無作法。白琳はそう思い、金桂にて会談を開きたいと具申した。
どうやら向こう側はそれを承諾してくれたようで、ご丁寧にこちらが行幸の準備を整える期間から逆算して、最適な会談日を提案してくれていた。
「金桂君はとても思いやりがあってお優しい方のようね」
不躾にも突然書簡を寄越し、挙句の果てには長きにわたる戦争を終結させ、和平条約を結びたいと願い出た。そのために貴国で協議する場を設けて欲しい、と。
にもかかわらず、もう一人の王は紳士然とした柔軟な対応をしてくれた。
「彼は、どういう御方なのかしら……」
直筆であろう字面を見れば、彼が理知的で実直な性分だと分かる。
力強く、それでいてしなやかな筆致。誠実さが垣間見える丁寧な言葉遣い。
まだ本人に直接会っていないので、素性は計り知れない。だが、少なくとも返書を見る限りは品行方正なことが窺えた。
白琳が秘かに未だ見ぬ金桂君に思いを馳せていると、梟俊がその疑問に答えた。
「以前耳にした噂によると、金桂史上最年少で即位し、眉目秀麗かつ英雄豪傑な稀代の賢君のようです。今年で二十三になられると聞き及んでおります」
「二十三……。まだお若いのね。それも、史上最年少で国主を務めるほどだなんて……」
「確か、八つの歳で玉座に就いたかと」
「八歳⁉」
驚きのあまり思わず大きな声を出してしまい、白琳ははっとしてすぐさま口元を覆う。
二桁にも満たない歳で国の長となる覚悟というのは一体どれほど重く、己を縛るものだったのだろうか。
彼にしか感じ得ない気苦労がきっと沢山あっただろうと共感しつつ、白琳は梟俊に行幸の準備を進めるよう指示を下した。
自身はというと、掩玉が淹れてくれた銀花茶を一口啜り、すぐに金桂への御礼返書の準備に取り掛かった。




