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第20話 生真面目な御史大夫

 目的の部屋に到着すると、理玄は「失礼する」と一言断りを入れ、客室の扉を開けた。

 そこには客椅子に腰かけた使者四名と、彼らと対座している臣下三人がいた。

 全員同時に理玄に注目するや否や、使者たちはすぐさま椅子から立ち上がって叩頭こうとうし、家臣たちも席を外してその場で一揖した。


「理玄様」

「待たせてしまってすまない」

「とんでもございません。むしろ、ご多忙のなかお時間をいただき恐縮にございます」


 慇懃いんぎんな口調で答えた四十路過ぎの男が三公の一人、御史大夫の義隼だ。前髪を丁寧に後ろへ撫でつけている様には清潔感と品位があり、生真面目な性分が垣間見える。


 彼の場合、比較的年齢層が若い国吏の中でも年長者に属すが、銀桂に対する反抗心や理玄への忠誠および崇拝ぶりを見せる一面は多情多感で、子供と相違ない。正直、年下の仁鵲の方がまだ精神的に大人びていると理玄は思っている。


 それとなく理玄が義隼の隣に佇んでいた仁鵲と三十代くらいの男性――典客の商風しょうふうに目配せすると、彼らは義隼を秘かに一瞥し頷いた。

 どうやら問題は起こさなかったらしい。

 ひとまず安堵して、理玄はそのまま使者たちの方へ歩み寄り、片膝をつく。


「遠路はるばる足労いただき感謝する。どうか顔を上げて欲しい」


 平伏する使者に対して片膝をつくことを厭わず、尚且つ誠実で丁寧な口調に使者たちは息を呑んだ。

 敵対する国の王ともなれば、あからさまに嫌厭の目を向けられ、横暴な態度を取られることだろう。そう覚悟し身構えていたのだが、予想に反した落ち着きある振る舞いに使者たちは駭然がいぜんとした面持ちで顔をあげた。


「金桂国主の華理玄だ。貴殿らが呈上してくれた銀桂女君の直書は確かに受け取り、先ほど拝読した」


 懐から返書を取り出し、それを使者の一人に差し出す。


「これはその返書だ。貴殿らの主君に渡してもらえるだろうか」

「は、はい……! 畏まりました」

「必ず、我が主に献上致します」


 使者たちが深々と首を垂れたところで、理玄は頷いて立ち上がり義隼に向き直る。


「義隼、商風。この者たちを星宿宮せいしゅくきゅうに案内しろ。今日はそこでゆっくりと体を休めてもらう」

「……は」「承知致しました」


 辟易の面持ちを隠せていない従順な御史大夫に小さく嘆息していると、使者たちは畏縮しながら激しくかぶりを振った。


「いえ! 我々は書簡を殿下にお届けしに参っただけにございますので、すぐにお暇申し上げたく……」

「それはただの方便で、本当は金桂《敵国》に滞在することが嫌で仕方がないんじゃないのか?」

「そんなっ……滅相もございません!」

「ならば理玄様の御心遣いを無下にしないでいただきたい」

「義隼」


 使者たちに睨みを利かす義隼を窘めると、彼は「……申し訳ございません」と不承不承引き下がった。


「相変わらずの理玄至上主義だな」


 必死に笑いをこらえながら独り言ちる仁鵲に呆れた視線を寄せ、理玄は使者たちに謝罪する。


「臣下が無礼を働いてしまい申し訳ない。正直なところ、初めての使節来訪にこちらも戸惑っているんだ。この者も、我々の関係性を考慮したうえで神経質になっていただけに過ぎない。だが、貴殿らの気分を害したことに変わりはないので、後でよく言って聞かせておく。それゆえ、どうか容赦いただきたい」


 理玄が頭を下げると、それには使者たちはおろか義隼も動揺した。


「殿下! どうか御顔をあげてください‼」

「義隼殿の仰る通り、殿下の御恩情を拝受しようとしなかった我々に非があるのですから!」

「理玄様、なぜ貴方様がこの者たちに御尊顔を垂れるのですか! 貴方様が謝罪する義理は無いでしょう!」


 理玄の行動を諫める義隼に、理玄は頭をあげて言って聞かせる。


「臣下の不始末は、少なからず王である俺にも責任がある。他人事で済ませられるほど、俺たちの関係はそう浅くは無いだろう?」

「しかしっ……」


 納得できないと表情で語る義隼の肩を軽く叩き、理玄は使者たちの方を向いて微笑んだ。


「長旅で疲れが溜まっていることだろう。何のもてなしもせずに貴殿らを帰すのも忍びないゆえ、ここはどうか私に免じて身を休めてもらえないだろうか」

「は、はい! 殿下の御厚意に有難く甘えさせていただきます」


 理玄は満足そうに顔を縦に振り、義隼に目配せする。

 彼は一瞬居たたまれない面様で視線を泳がせたが、渋々首肯して使者たちの方を向く。


「……先ほどは、失礼した」


 非礼を詫びる義隼に使者たちは再度狼狽していたが、星宿宮へ向かう彼と商風の背を追って客間を後にした。


「まさか、あの義隼さんが銀桂の方に頭を下げるとは」


 驚嘆する仁鵲に、理玄は苦笑しながら言う。


「主君である俺が謝ったのに、臣下の自分が謝らないというのは筋違いだと思ったんだろう。義隼は生真面目かつ節操のある人間だからな」

「確かに、あの人は飛び抜けて実直だから融通が利かないところもある」


 典客殿も苦労するな。


 理玄も同意し、二人も客間を去って各々の執務に戻った。

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