第19話 黄金と真紅の神鳥
静寂が満ちるなか、理玄は早速紙面に筆を滑らせる。
まずは、書簡に対する礼文。その後に会談を受諾するという意思表示と、日取りの提案を綴った。
書き終えたら玉璽を捺印し、不備が無いか改めて読み直す。
——もし、本当にあちら側が和平を望んでいるとすれば……。
長きにわたる戦争にようやく終止符を打つことが出来る。
もう、多くの犠牲や怨嗟を生み出さずにすむ。それは願っても無いことだ。
「……いや、まだ安心出来ない」
少なくとも、女王が化けの皮を被っている可能性がある。
女王の本性を見抜くまでは油断できないと、理玄は一瞬でも抱いてしまった淡い期待と夢をすぐさま振り払った。
そこで、時機を見計らったかのように、がたがたと背後にある窓が激しく揺れ動いた。
振り返ると、窓の外で煌々とした黄金と真紅の羽がひらひらと舞い落ちている。
理玄は立ち上がり、窓を開ける。すると、突風が吹いて髪が後ろになびいた。
眼前には燦然と輝く太陽の如き壮麗な巨鳥の姿があった。
「鳳凰」
その名を呼ぶと、美しき神鳥は雄壮な両翼を優雅に羽ばたかせながら理玄を見据えた。深遠たる紅緋の色を湛えて。
『一世一度の契機が訪れようとしている』
直接頭に響いてくるような、神秘的な声音だった。
まるで、葉先から零れ落ちた一滴が水面に落ちて、静かに波紋が広がるような――。
清亮な響きが鼓膜を震わせ、心地よさを感じさせる。
「契機?」
『金花と銀花が再び交わろうとしているだろう』
「ああ……会談のことか」
『長らく対峙していた我が祖国——その新王が、混沌とした世を治める縁となる』
予言じみた言葉に、理玄は一瞬瞠目しながらもすぐさま双眸を伏せた。
「そんなこと、まだ分からないだろう。和平の申し入れは、俺たちを陥れるための虚言かもしれない」
『……なるほど。母のことを思えば、まだ信を置くに能わず、か』
鳳凰の呟きに、自然と両の拳に力が入る。
眉間には深い皺、静かな光を宿す紫瞳には翳がさした。
『だがその一方で、お前は淡い希望を抱いている』
理玄ははっとして、咄嗟に鳳凰を見上げた。
『お前にも少なからず平和を願う意志がある。たとえ己が残虐な仕打ちを受けたとしても、お前が何よりも優先するのは親しい者たちや民の命だ。故に、今回の国交は決して悲観的なものとは思っていないのだろう?』
「……ああ、そうだな。お前の言う通りだ」
理玄は低く肯定し、机上に置いていた書簡を手に取って踵を返す。
そのまま扉の前まで歩み、立ち止まった。
「だが、この目で女王の真意を見極めるまでは一切期待しない。情を抱かない」
母上の想いを踏み躙った連中の手を、誰が容易に取れるというのか。
抑えきれない憤怒を滲ませて言い放ち、理玄は執務室を後にした。
その漆黒の背は、国を背負う王として大きく見えつつも、相反する感情に葛藤し、苛まれている一人の青年として小さくも見えた。
『理玄……』
緋の目に僅かな哀切の色を滲ませて、鳳凰は名残惜しそうに再び青天の彼方へと昇った。




