第16話 生まれてくる理由
声高に発せられた女王の想いが、周囲の空気を震わせた。
蒼鷹と鶖保はその威厳と覇気に気圧されていた。
その上至極真っ当な主張に返す言葉も見つからず、柄にもなく呆けた顔をしている。
——まさか、彼女にここまで他者を圧倒させる力があろうとは……。
一方、梟俊だけは秘かに感嘆していた。
これまで彼が抱いてきた白琳に対する印象は、気弱かつ慎ましい少女だった。
不遇な出自と環境下で幼少期を過ごしたせいもあるのだろう。掟や白璙の王位継承辞退があったとはいえ、彼女が女王に即位することに納得がいかなかった。
国史や国政を修めていない無知な少女に、国と民を守ることなど到底出来ない。
余りにも荷が重すぎる。だからこそ、彼女が女王としての責務を放棄するよう敢えて冷淡かつ辛辣な態度を取った。
銀桀が政を梟俊たちに放任して戦や色事に明け暮れていたように、彼女もいっそのこと官吏たちに全て投げ出してもらえればいい。
そう思っていたにもかかわらず、彼女は学び続けることを止めなかった。必死で自分たちに追いつこうと努力した。
『自国のことを知ろうともせず、ただ玉座に座って官吏たちが必死に働く姿を傍観するだけの王に、何の意味があるというのでしょうか』
数時間前に彼女がはっきりと示した君主としての矜持。そして、女君たらしめる王威。それらを感じ取った時に確信した。
この御方であれば、この忌まわしくて不毛な戦乱の世を終わらせられるかもしれない、と。
「……なるほど」
梟俊は得心し、微かに笑んで頷いた。
これまで一度も笑みを見せたことが無かったので、その場にいた全員が目を丸くする。
「陛下のお気持ちとお考えはよく分かりました」
「梟俊……」
未だ困惑を隠せていない白琳に、梟俊は再度厳かな表情になって言う。
「私は、陛下が提案された和平交渉に賛同致します」
「はぁ⁉」
「なっ、梟俊殿まで一体何を!」
太尉、御史大夫の両名は怒髪天を衝く勢いで声を荒げる。
「おい梟俊! お前、自分が何言ってるのか分かってんのか!」
「仮に会談が実現してこちらが和平を申し出たとしても、あちらはそれを拒絶するか、あるいは条件として何かしらの代価を要求してくるはず。蒼鷹殿の言う通り、もし国土や資源を要求されれば国力を失い、金桂の侵略を許してしまうことにもなりかねない。それでも良いのか!」
あなたには銀桂民としての誇りは無いのか⁉
鶖保の言葉に同調するように、蒼鷹もぎらつく眼光で梟俊を射抜く。だが、梟俊は全く動じず冷静に返答した。
「では逆にお尋ねするが、鶖保殿は己の矜持のためならば民を戦火の犠牲にしても構わないと……そう思っていらっしゃるのですかな」
「そ、それは……」
言い淀む鶖保に、梟俊は諭すような口調で続ける。
「銀桂民としての誇りを持つことは決して悪いことではありません。しかしながら、その矜持を戦乱の世を維持するための言い訳や理由にすべきではない。それでは、己の感情を盾として戦を起こした初代銀桂君と同じです」
「テメエも王祖を愚弄するってのか!」
「陛下が仰っていたように、王祖の得手勝手な怨恨や妬心が発端となって乱れた世が続いているのです。その私情を国の戦意に結び付けたことを愚行と呼ばず何とする」
会議——いや、抗議の主導権はまさしく梟俊にあった。
三公の中で最も知者である彼を言い負かすことは誰にも出来ない。
勿論、梟俊たちが繰り広げる激しい論争に驚愕していた白琳でさえも、彼を敵に回したうえでの抗弁は長く続かなかっただろう。
蒼鷹と鶖保は恨みがましく梟俊を敵視し、何か論じ返せないかと必死に言葉を探している。が、梟俊はどこ吹く風と己が意見を述べ立てた。
「先祖がどんな悪行や残虐非道な真似をしようとも、我らはその血を与えてくれたことに感謝し、彼らを敬わなければならない。この考えは古くから銀桂に根付いていますが、果たしてそれは本当に正しいことなのかと、私は以前から疑問に思っていました。ですので、陛下」
梟俊は白琳を真っ直ぐにとらえ、穏やかな笑みを浮かべた。
自身に向ける彼の新しい表情と感情に、白琳は更に目を瞠る。
「私は貴女様のお考えを尊重します。これまでは貴女が玉座に就いても何も変わらない、むしろうら若い公主に何ができると無礼を承知でそう思っておりました。しかし、女王としての覚悟を既にお持ちの貴女であれば、この歪で血に塗れた怨嗟を必ず断ち切ることが出来るでしょう」
「ほ、本当に……?」
おずおずと尋ねる白琳に、梟俊はまるで人が変わったかのようにころころと笑いながら尋ね返す。
「おや、先ほどの威勢はもう何処かへ行ってしまわれたのですかな」
「……い、いいえ」
こほんと軽く咳払いして、白琳は表情を引き締める。
そして玉座から立ち上がり、三公を見渡しながら高らかに発した。
「改めて宣言します。銀桂女君の意志として、わたしは金桂との再戦を望みません。金桂国との二国会談を開き、双方合意のうえで和平条約を結ぶ所存です」
梟俊、と白琳はかの者に顔を向ける。
「会議が終わったら、すぐに金桂に遣わす使節団を編成してくれるかしら」
「は」
「わたしも金桂君への書簡を認めておきます。準備でき次第、すぐにあなたを呼びましょう」
「承知致しました」
女王の厳命に、梟俊は深々と揖礼した。




