第13話 四方会議
西席――白琳から見て右側に座している厳かな中年の男性。彼こそが太尉兼左軍将軍の蒼鷹だ。また、彼は翡翠の叔父でもある。
左眼には大きな古傷が走り、隻眼になっている。無精髭を生やしている容姿がより勇猛さを感じさせ、さらには恰幅の良い体躯と抜身の刃のように鋭い眼光が歴戦の将であることを示唆していた。
掟に六師権限を王族以外に適用することを禁ずる旨は表記されていない。何より、軍力の要とも言える彼以上に適任はいないということで、本人の承諾もあり蒼鷹は正式に六師代理に任命された。
それからしばらくの間は彼が六軍を率いていたのだが、時が経つにつれ両軍の兵力は摩耗していった。やがて両陣営は敵軍の動向監視という名目で僅かな軍兵を現地に残して全軍撤退し、今はただただお互いを睨み合う膠着状態が続いている。
「ここ数日間で金桂軍の兵力が現地に戻りつつあるという報告があがってきました。かの国がこちらに向かって侵攻するという事例は未だかつてありませんが、万が一という場合もあります。主力部隊を少し戻した方が良いかと」
この七百年、金桂軍の方からこちらに攻め入ったことはない。依然銀桂軍が一方的に矛を向け、それに対し金桂軍が防戦する形のままになっていた。
梟俊の提案に、蒼鷹は不敵に笑む。
「なるほど。つまり、金桂に再戦を持ちかけると。そういうことだな? 丞相殿」
荒々しくも重厚な低声が広間に響く。
翡翠より少し薄い髪色以外は似ても似つかない容姿、そして蛮勇な言動が顕著で、彼と知り合った当初は驚いたものだと白琳は回想する。
翡翠自身、彼に対しあまりいい印象は抱いていないようで、不敵に笑む叔父を見て苦い顔をしていた。
「いや、まだ再戦に踏み切るのは時期尚早でしょう」
「あ? 何でそうなる」
「あくまであちら側が攻め入ってくる可能性を考慮したうえで兵力を一部戻すだけです。軍力が次第に回復しつつあるとはいえ、まだ全軍を動かして再戦に踏み切れるほど万全な状態には戻っていない」
「んなもたもたしてる暇は無えだろ。もし金桂が大攻勢で押し寄せてきたらどうすんだ」
「あちらの軍力もまだ完全には回復していないはずです。それゆえ、全勢力をもって猛攻することは無いかと」
冷静に反論する梟俊に、蒼鷹は苛つきを隠せない面持ちになって声を荒げる。
「随分とお気楽にものを考えるんだな、老いぼれの丞相さんはよお。六師のオレは、万が一のことを考えて早めにケリ付けた方が良いと思うんだがな!」
「それはあくまで建前で、本当は一刻も早く金桂を滅ぼしてしまいたいだけでしょう。それに、勘違いしないでいただきたい。貴方はあくまで六師代理。六軍は陛下の直轄であり、貴方のものではない」
流石の梟俊も老いぼれ呼ばわりが気に喰わなかったのか、冷えた怒気を露にした。
六軍は陛下の直轄――。
その言葉に反応し、蒼鷹は白琳を疎ましげに睨みつける。
銀桂最強の武将が放つ気迫に、白琳は思わず怯んでしまった。そんな彼女の代わりに翡翠が警戒心を抱き、蒼鷹を強く睥睨し返す。
「掟とはいえ、女王に六師権限があること自体に納得がいかねえな。銀桀様のように軍学に精通されているならまだいい。まあ、そもそも君主が軍学をある程度修めていることが前提になっているからな。だが、今の女王陛下は軍学どころか帝王学や政学すらままならねえ状態だろ」
蒼鷹の指摘は的を射ていて、返す言葉が見つからなかった。
己の不甲斐なさに白琳は唇を引き結ぶ。
「確かに、陛下にはまだまだ覚えていただかなくてはならないことが沢山あります。ですが、陛下はいつも呑み込みが早く、まるで渇いた地面が水を素早く吸収するような勢いで着実に知識を蓄えておられます。この調子でいけば、近いうちに軍学も修習されて立派な六師となられることでしょう」
「梟俊……」
まさか、彼が自分を擁護してくれるとは――。
白琳は微かに瞠目し、梟俊を見つめる。対して蒼鷹は盛大に溜息を吐いて、更に苛立ちを募らせて開口する。
「六師の判断が仮にどんな最悪なものだったとしても、俺たち六将軍はその決定事項に必ず服従しなきゃなんねえ。いくら軍学を修めたところで、戦場を見たことのない清純な女王様に平伏するのは軍人としての矜持が許さん」
再度突きつけられた蒼き鷹の鋭い眼光と不信に、白琳は膝元に添えていた両の拳を強く握りしめる。
「蒼鷹殿、先ほどから少々口が過ぎるのでは? 仮にも女王陛下の御前ですぞ」
「かくいうお前も、陛下を庇うのは建前で本当はオレに屈服するのが嫌なだけだろ。あとは陛下を上手く懐柔して自分が政権を掌握しようってか?」
「減らず口を叩くのもいい加減にしていただきたい」
両者の間に激しい火花が散り始める。
――どうすればいいの……。
ひとまず、この剣呑な雰囲気を収めなければ。
戸惑いながらも白琳が制止しようとした刹那――
「二人とも、どうか落ち着いて」




