ぶらりショートショート:変わった殺し屋
なんだか暇を持て余してぶらっと本屋に行くような。
そんな感覚で名付けた『ぶらりショートショート』。
はてさて今回のお話は……
俺は殺し屋だ。
おっと、信じていないんだな。
たしかに大昔ならまだしも、いまは防犯設備も警察の捜査技術も発達している。果たして、殺し屋という職業が成り立つのか疑問を抱くのも当然だ。だが、どんな仕事でもプロにはプロのノウハウがあるものだ。その上、俺はある“特別な技術”も心得ている。
いまはちょうど依頼人から仕事を受けているところだ。ここはとある雑居ビルの10階にある一室。幾つか用意してある隠れ家の一つだ。机の向かいに座った依頼人は一枚の写真と小さなメモを取り出した。
「これが今回殺していただきたい男です。名前や住所はこちらのメモに…」
俺は机に置かれた写真とメモを一瞥する。並の殺し屋であればターゲットの情報を細かく調べ、入念に暗殺計画を練るのだろう。だが俺にはそんな必要はない。人相と名前、住所があれば十分なのだ。
「この男、パッと見は大したことのない、ごく普通の男にみえるでしょう? ところがそのあくどさと言ったらそれはもう…。それでですね、こいつのやり口というのが実は…」
「俺は並の殺し屋じゃない。一流だ。細かい情報は必要ない。」
そうだ、俺に細かな情報は不要だ。ターゲットが格闘術や護身術の達人であっても、最新式の銃や屈強な用心棒を用意していたとしても俺の仕事には全く問題はない。
「俺は今まで仕事をしくじったことはない。
さあ、無駄話をするくらいなら前金を払って帰ってくれ」
そう言うと写真とメモをポケットに収める。依頼人は俺に前金を払い部屋から出て行く。受け取った金を金庫にしまい窓から外を見下ろすと、ちょうど依頼人がビルの玄関から出ていくところだった。
さて、これからしばらくヒマになる。俺は椅子に腰を下ろすとタバコを取り出した。仕事にかかるには“あるもの”が来るのを待たなくてはいけない。
――日が暮れてしばらく。
窓の外に白い人影が見えた気がして俺は顔を上げた。しかしここはビルの10階。窓から人がのぞき込めるはずがない。やがて唐突に、白い人影が窓をすり抜けて入ってきた。
「うらめしや~」
ゾッとするような冷たい声。体は半分透けていて足から先は溶けるように消えている。これが俺の待っていたもの、前回のターゲットの幽霊だ。
「ああ、うらめしぃ。おまえのせいで俺は死んじまったぁ。このうらみはらさでおくべきかぁ。おまえも道連れに呪い殺してやるぅ」
恨み言を吐きながら幽霊は手を伸ばしてくる。俺は椅子から立ち、相手を押し止めるように手を出す。
「まあまあ、待ってくれ! 俺にはなんのことか分からない。俺はあんたなんか知らないし、あんたも俺の顔に見覚えは無いだろう。人違いじゃないか?」
なだめるように身振り手振りを交えながら説得するが、幽霊は止まらない。
「しらばっくれても無駄だぁ! 俺には分かるんだぁ」
いつものことだが、こいつら幽霊には死の元凶が俺だってことが分かるらしい。幽霊が持つ勘なのか、あるいはあの世には幽霊の復讐専門の情報屋でもいるのかもしれない。だが、いまは時間をかせがなければ…。
「まあ落ち着いてくれ…。もし人違いで呪い殺されたりしたら俺もたまらない。あんただって、呪い殺したのが自分を殺した相手じゃなかったらバツが悪いだろう」
言いながら俺はさらに手を動かす。だんだん幽霊の目が俺の手を追い始め、声も小さく勢いが無くなっていく。
「ううぅ…それはぁ……そうかもしれないぃ……」
いいぞ、いいかんじに効果が出てきた。仕上げに幽霊の目の前で片手をユラユラと振りながら、もう片方の手でポケットから写真を取り出す。さっき依頼人から受け取った次のターゲットの写真だ。
「いいかい…あんたは今から俺の言うことを信じてしまう…俺のことなんてどうでもよくなる…本当の復讐相手を知って、そいつを呪い殺すんだ…あんたの復讐相手はこの写真の男だ。住所は……」
これこそが俺の特別な技術、幽霊に効く催眠術。いや、もっと正確に言うと幽霊“にだけ”効く催眠術か。そう、さっきからの手の動きは相手を術にかけるための特殊な準備動作なのだ。
もともとはターゲットを催眠状態にして自殺させるために身に着けたのだが、残念ながら俺には才能が無かったらしい。どれだけ試してみても生身の人間には催眠術がかからなかった。
だが不思議なことに、そのころから幽霊を見ることができるようになったのだ。殺した相手が初めて幽霊として現れたとき、俺はパニックになってとっさに催眠術をかけた。まさかそれが効くとは…。
子供のころ、祖母だったか誰だったかから大昔の先祖は拝み屋だったと聞いた覚えがある。もしかしたら、拝み屋の血統と催眠術の知識が化学反応を起こしたのかもしれない。
ともかく俺は幽霊専門の催眠術士となったわけだ。
「……さあ、いま教えた相手が本当の復讐相手だ。あんたは今からそいつを呪い殺しに行く……俺がよし!と言ったら、さっそく実行するんだ……。いいな、よし!」
サッと手を下ろすと、幽霊は目が覚めたように目をしばたいた。
「ううぅ……そうか俺を殺した奴は別のやつだったのか。うらめしや~」
幽霊は回れ右して窓をすり抜けて出て行った。
これで次のターゲットも無事に暗殺することができるだろう。なにせ幽霊が相手じゃ護身術だとかボディーガードなんてものは役に立たないからな。あとは幽霊が仕事をするのを待つだけ。ことが終われば今の幽霊は満足して成仏しちまうだろうが、次は今回殺された奴の幽霊にまた新しいターゲットを殺させればいい。
こうして数珠つなぎのように、俺は仕事を続けることができるのだ。
――翌日の夜。
依頼人から電話があった。
「私の依頼したあの男、昨晩死んだという報せを聞きました。なんでも突然の心臓発作だとか…。まさかこれほど簡単に仕事を終えられるとは…」
「言っただろう、俺は仕事をしくじらないと。それより残りの報酬も期日までに払ってくれよ。支払いの方法は……」
ちょうど電話を切ったとき、窓の外に白い人影が見えた。
早速、次の幽霊――今回殺された男が現れたらしい。
「うらめしや~、おまえが俺を殺した張本人かぁ~!」
窓をすり抜けてくるなり、恨み言を言いながら俺に手を伸ばしてくる。また上手く時間をかせいで催眠術にかけないと。…いまは次の仕事がないから、しばらく目的を忘れさせるのがよさそうだな。
「まあまあ、落ち着いてくれ! 俺にはいったい何のことやら…」
言いながら俺は手を動かし幽霊を催眠術にかけようとするが…おかしい。幽霊が催眠術にかかる気配がない。それどころか、幽霊はおかしそうに笑い始めた。
「ははは……なるほどぉ、そうやって幽霊に催眠術をかけて俺を殺させたんだなぁ」
俺はさらに激しく手を動かすが、一向に催眠術がかかる気配がない。
「残念だったなぁ、俺は本職の催眠術師なんだよぉ。幽霊に効く催眠術なんてのは初耳だがぁ、どんな催眠術も俺には効かんぜぇ」
ひとしきり笑うと幽霊は手をヒラヒラと動かし始めた。
「さぁてぇ…俺は幽霊に効く催眠術は知らなくてもぉ、人にかける催眠術は一流だぜぇ。さぁ……おまえはぁ……だんだん死にたくなるぅ……窓からとびおりるんだぁ……」
しだいにぼやけていく意識のなかで、俺は自分の体が勝手に動く感覚と大きな恐怖を感じていた。
おしまい。
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