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絶望と絶叫

「まったく、何生きのびてるんだよ。金がおりるには、一週間かかんだからよ。その間に、生存確認できたら意味ねぇんだよ」


 情も慈しみも微塵とない、冷めきった声が鼓膜を掠め同時に心臓に抉るような痛さを与える。


「まあ、でも生きていたなら生きていたで俺は嬉しいぜ」

「え?」

「あ、勘違いするなよ。お前が助かってとかじゃあ、ねぇからな」


 背中から投げ飛ばされ、壁にぶち当たりリガルは倒れ込んだ。


「ぐふはっ……」


頭を強く打ち付け、視界が眩む。


「おいおい、まだ死ぬなよ? 死ぬのはこれからなんだから」

「ここは……」


 顔を持ち上げ周りを見たが当然、病院と呼べる場所ではない。どちらかと言えば牢獄のような──衛生面が劣悪な個室だ。


「ん? まあ、簡単に言えば遊ぶ場所だよ」


 狭い部屋には、ビスケが鉄の何かを置く音や机を引きずる音が不気味に鳴り響く。


 体が動かないリガルは、目で追ってぼそっと言葉を漏らした。


「遊ぶ……」


 壁には血痕のようなモノが付着しいる。茶黒く乾いたそれは一人や二人で済むような量ではない。一体何人を此処に連れてきたのだろうか。鼻につくような血腥さに恐怖心を覚えながら、リガルは唇を震わせる。


「一体ここで何をしてたの……ビスケ」


 ぶら下がっていたり、散らばっている物は遊具とは程遠いものだ。


「まあ、遊び……つか趣味だな──俺の。これは、ユミルもゼシカも知らない事さ」


 近づくなり、ビスケはしゃがみ目線を合わせる。


「前々から、俺はお前を虐めたかったんだよ」と、グリーブを外したビスケは、ごつい手の甲でリガルの頬を優しく摩る。

「何を……」


 顔を背け、手から離れようとしても逃れる事ができない。


「お前は、美形だろ。俺は美しいモノが崩れて行く様を観るのが堪らなく好きなんだよ。血が滾って滾って仕方がない」


 手が顎先に到達すると、ビスケは顎を包むようにリガルの頬を掴み強引に振り向かせる。


「はあ、お前はどんな音色を奏でてくれるんだ?」


 指を強引に口の中へと入れこまれ、容赦なく喉は圧迫される。


「おえっ……ぅえっ」


 吐き気か込み上げ、出た嗚咽を聞いて指を抜くと、ビスケは半開きの瞼に舌を入れ、眼球を舐める。目を這う生暖かい舌の感触に、リガルは歯を食いしばり拳を強く握った。


 ──狂気の沙汰だ。


「んんんぐぅうっ……!!」


 痛みで悶えるも、力で勝てるはずもない。なすがままされるがまま、リガルはビスケの乱暴に耐える他なかった。


「はは、いい声だ。けど、まだまだこんなもんじゃあない」


 リガルを抱き上げると、ビスケは椅子に座らせ──


「両手は机、両足はこの装置に……と」


 ビスケは、手馴れた様にリガルの手足首に見たこともない装置を取り付けた。


「時間は一杯一杯ある。さあ、楽しもう、二人だけの時間を、お前だけの絶望を」


 ビスケはリガルの首に注射針を突き刺す。チクリとした痛みの先に、何かを入れこまれる感覚を覚えて口が震えた。


「なんでこんな……」

「世の中には、楽しむ者と楽しませる物が居る。この場においては、お前が俺を楽しませる物なだけさ。──嘗ての俺がそうだったようにな」


 リガルの指先に、機材を用意する。爪と指の間に何かを入れられたのを感じた刹那、背中には大量の冷や汗が吹き出した。


「お願い、助けて。同じ仲間じゃないか」


 唾を飲み込み、震えた声でリガルは縋る。


 黙々と用意するビスケがリガルに向けたのは、冷ややかな視線だ。涙を目尻に滲ませるリガルに、同情する事もなく非常に明るい声で言った。


「仲間じゃないって。よし、まずは試運転──っと!」


 鉄が弾かれる甲高い音が鳴ると同時に、リガルの絶叫が室内に響いた。


「いっっだい! イダイッッ!!」


 顔を上下に動かし眉を顰めるリガルの肩は、荒くなった呼吸で激しく上下する。椅子が勢いよくガタガタと揺れると、ビスケは強引に椅子を押さえつけた。


「じっとしてなきゃ、だめだよ」と、耳元で囁く。

「はあ……はあ……はあ……」


 一瞬のうちに口の中は渇き、あまりの恐怖と痛みで視点が定まらない。


「よし、しっかりと爪は剥がれた。にしても、やっぱりいい顔をする。想像通り──いや、想像以上だ、よっ!」


 ビスケは、小刻みに震えるリガルの手を自分の手で覆うと机に押し付ける。

 体が拒否反応を起こし、痙攣が止まらない中、再び弾ける音が鳴った。


「ぐぁぁあっっ……!!」

「あははは! 堪らない! 堪らない!! もっとだ、もっとだよ」


 狂気に満ちた笑い声が、部屋一帯を包んだ。


 指先が痺れを伴った熱さに襲われ、リガルの体は余りの痛さに痙攣している。


 ──痛みを和らげる為にも、治癒魔法を。


「なんで……! もしかし、て」

「そう、その通りだよ。首から流し込んだ薬物は、一定時間魔法を使えなくするものだ」

「なんで、お願い助けて。痛いのはもう、やだ……」


 目からは涙が零れる。ビスケは、哀れむような視線を送ると、震えたリガルの唇に指の腹をゆっくりと押し付けた。


「なら、百五十秒途切れる事なく、声に出して数える事が出来たら助けてあげるし自由にしてあげるよ」


 涙目で見つめると、穏やかな表情で頷いた。


「ああ、本当だとも」


 ──助かるんだ。


 リガルは全神経を数に集中し口を開く。


「一・二・三──」

「この爪が剥がれた所は肉が柔らかいんだ」


 ビスケの言葉に耳を傾けることもなく、朦朧とした意識の中で、数字をひたすら声に出す。


「七・八・九・じぁぁぁぁあ!!」


 真っ赤に熱せられた針が指を貫く。


「あーあ、はいやり直し」

「一・二・三ぐがっ!!」

「はーいダメぇ」


 それから、数時間リガルへの拷問は続いた。その間もリガルは、ひたすらにひたすらに、希望を託して数を数え続ける。


「一・二・四──」

「あらら、数字飛んでるよ。やり直さなきゃ」


 ビスケは慣れた手つきで、手足の指に針を突き刺し続けた。生気も無い瞳で写した指先は、百を超える針が貫いている。


 ──未だ、二十秒に到達すら出来ていない。


「次は薬物? ん~でもこの状況じゃショック死の可能性も。あれにするかな」


 担がれたリガルの前に有るのは、牛の銅像。


「う、し?」

「この中に人を入れて、腹の部分から火を炊くんだ。そーすると、いい声が聞こえるんだよ。死ぬ間際までね」


 ──『死ぬまで』希望が絶望に変わった瞬間だった。


「それと、冥土の土産にいい事を教えてやるよ。お前の親父と母親の事だ」

「──え?」


 ビスケは、鼻で笑い小馬鹿にした態度をとる。


「あれは、魔王幹部と相討ちになったんじゃねぇ。殺した奴は今も平然と順風満帆な生活を送っているだろうさ」

「それは……一体」

「さあな?まあ、家族揃って騙されて死ぬんだ。お似合いだろ?」


 自分だけではなく。母も父も騙され、人間に殺された。憎しみと怒りが、聖職者足る為の寵愛ちょうあい凌駕りょうがした時、リガルの脳内にとある言葉が過ぎる。


「ムエルト……」と、掠れた声で放った瞬間、牛の銅像が倒れる程の強風が吹き荒れた。


 ビスケはリガルを手放し、身を守る。


「な、なんだ!?」


 リガルは転がり、壁で止まる。もはや、起き上がる余力もなく、霞んだ視界がビスケの足元を写していた。


「来るな……! なんだ、お前は! どうやってここに……!」


 足首だけしかリガルには、見えていないが、ビスケの真正面には黒いナニカが宙に浮いている。


「な、なんなんだよお前は!」


 ビスケは、声を上ずらせ手当り次第物を投げつける。しかし、物体は黒いナニカをすり抜けた。


「くそ! くそ! くそ!!」


 幾度となく繰り返され、壁や地面にぶつかる音が喧しく鳴り続けている。無情に響く音よりも声を張り上げ、ビスケは苛立ちを顕にし語気を荒らげた。


「なんで、なんで当たらねぇんだよ!」


 瞳孔が狭まるビスケは後退りをして、ナニカに向かって焦りを浮かべているようだ。


「クソが!」


 ビスケは、距離をとる。


 そして、壁にぶらさがっていた刃渡り四十センチ程のナイフを手に取ると中腰に構えた。


「俺は防御だけじゃねぇんだよ! サンダーブレード!」


 黄色いエフェクトがビスケを包んだと思えば、手にしたナイフは、ロングソードを模した雷の魔法剣に姿をかえる。


 薄暗い部屋が、瞬く間に青白い輝きに包まれた。


「見る限り、アンデッド系! ならば、魔法剣が有効だ!」


 冷や汗を垂らしながらも、ビスケは魔法剣を斜に構える。


 チリチリと雷鳴が響く中で、踏み込むと鎧を軋ませながら飛びかかる。


 巨体から出せるとは思えない程の俊敏さで、ビスケはたった一歩の踏み込みで黒いナニカの間合いに入った。


「うらぁぁぁあ!! しねぇえ! 化物がぁぁ!!」


 ──だが。アンデッドが浄化し消える時に聞こえる蒸発音がリガルの鼓膜に届く事はなかった。


「くそ、くそ! 離せ! 離……」


 ビスケは黒いナニカに顔面を掴まれ宙へ浮いていた。全身は痙攣をしているのか、小刻みに震えている。


「グヒッ」


 単調な声が聞こえた瞬間、カエルが弾けた様な音が鳴り、大量の血が壁や地面に飛び散った。


「やっぱり君は私を呼んでくれた」

「助けてくれて、ありがとうございます」


やっぱり、なんだろうか。彼の声音には心に安らぎを与える力がある。


「んんん? 助けた訳じゃないよ。君が僕と契約を結ぶ為に呼んだのでしょ?」


──ああ、そうか。と、納得をしてリガルは、今抱く感情をぶつけた。


「僕は、アナタの玩具になります。だから……だから、腐った奴らに復讐出来るだけの力を僕に下さい……」


 精一杯の声を、黒いナニカへと伸ばした腕に乗せる。


「よし、分かった! オイラの力を君に授けるよ!」


 明るく戯けた声が鼓膜を叩く。


 黒いナニカは、腕に纏わりつくと蛇のようにとぐろを巻いて全身を包んだ。


「怒りが……悲しみが……憎しみが……心に──入ってくる……」

「そう、コレは君が担う代償。力を得るために、君は亡霊に蝕まれ続けるだろう」

「構いません。僕は……俺は、ユミル達を──殺したい」

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