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第3話 現金三億円の積み替え 午前9時45分頃

【多摩5 ろ 3519】


 三億円事件で犯人が逃走用に使用した1968年型のカローラ、車番の頭文字をとって通称「多摩五郎」。雨の中、その濃紺色のボディーが僕の目にはハッキリと映っていた。


「……た、助かった」


 カローラに横付けしたセドリックの運転席で僕は独り言をいい、生唾を飲み込む。やはり史実通りに犯人は周到な準備をしていた、そしてこのカローラに乗り換えて逃走するつもりだったということだ。色といい車番といい、全くもって自分が知っている筋書き通りの逃走用車両を発見した僕はひとまず安堵のため息をつく。


 外は相変わらずの雨である。僕は横に停めたセドリックを降りてカローラのトランクルームに三億円を移そうと行動を起こした。


 まずはセドリックのトランクのカギを開けジュラルミンケース三つを取り出す。次にカローラのトランクを開けて移し替えようとしたのだが。


――このカローラ……、どこをどうしたらトランクが開くんだ?


 自分の家の車ならハッチやトランクを開けるレバーの場所も知っているし、大体はシートの横に付いている。たとえレバーの場所が解らなくても、カギさえあればトランクの鍵穴に差し込んで開けることも出来る。


――もしかしたらこの時代の車は室内からトランクを開けるレバーや機構がついていないのか? 


 それならさっきのようにトランクをカギで開けて、と僕はカギの付いているだろうと思われるハンドル脇のキーシリンダーの部分を探ったが……



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「ウソだろ、おい。どうするんだよ……、どうしたらいいんだよ!」


 天からの雨粒は僕をあざ笑うかのように降ってくる。一旦車を降り、運転席周りを探しても探しても車のカギは見つからない。もしかして後部座席かと思い後ろを探しても見つからない。


「バカかよ俺は!! カギが無いんだったトランクどころかこの車をどうやって動かすんだよ!!」


 狭いカローラの車内で絶叫した。もう終わりだと思った。


 運転席のシートにもたれかかった僕はヘルメットを外して首を振った。耳に響くのは激しい雨音。ここに着いてからどれくらい時間が経っただろう、一分だろうか三分だろうか、それとも五分だろうか、もう腕時計を見る勇気もない。そんな絶望的な僕の目に見えたのは運転席斜め前の割れた三角窓だった。


 不自然に割れた三角窓から雨のしずくが、ポタリ、ポタリと垂れていた。


――何で三角窓が割れてる? 何故だ……。 そうか! もともとこのカローラは盗難車のはずだ、カギなんて付いてるわけがない。セルモーターの配線を直結して……


 テレビドラマや映画で見たようにハンドルの下やキーシリンダーの周りを確認する。外の雨は増々ひどくなり時々稲光とともに雷鳴が轟く。


――あった……


 ハンドルの下の方からむき出しの配線が顔を覗かせていた。見よう見まねでショートさせてみるとセルモーターが回る音がする。震える手でもう一度、今度は長くショートさせるとエンジンが掛かった!


「よっしゃー! 掛かった!!」


 とにかくエンジンは掛かった。今はトランクに積み込めないけれど、カローラの後部座席に目立たないようにジュラルミンケースを積み込むことにして、話はそれからだ。


 僕は濡れた草を踏みしめて車と車を往復し、ひとまずジュラルミンケース三つの三億円をカローラの後部座席に積み替えた。セドリックのトランクとドアを閉めてカローラの運転席に乗り移り車を発進させる。後部座席のジュラルミンケースには着ていたレインコートをかぶせ、できるだけ目立たないようにした。


 腕時計を見ると時間は午前9時45分。犯人に比べて時間をくったと想像できるがまだ大丈夫。放置した現金輸送車が発見されるまで30分以上あるし、緊急配備の検問はまだ実施されていない。


 乗り換えたカローラを運転しながら僕はこの先の捜査史実を思い出していた。史実では犯人の乗ったと思われるカローラと親子連れの自動車が、ちょうどこの先の丁字路でぶつかりそうになっていたはずだ。僕は犯人より時間が遅れているので丁字路での出会い頭は無いとしても、この先で用心に越したことは無い。


 雨に煙る細道を用心しながら進む。車一台が進むのがやっとという細道、もしも対向車が来たらどうしよう、と思ったその時。悪い予感は当たるというものだ、前方から例の親子連れらしき自動車がやって来た。諍いやトラブルを起こしたくない僕は車を左脇に停めて親子連れをやり過ごすことにする。


――トロトロ走らずに早くコッチに来い!


 対向車がゆっくりとすれ違う瞬間、僕は目を合わさないようにハンドル付近を凝視する。


――こっちを見るな。早く過ぎろ、早く過ぎろ、早く過ぎろ!


 隣を通る車からねっとりとした視線を感じた僕は、目の前の道路が空いた瞬間にアクセルを吹かせて発進した。顔を見られたかも知れないという思いと、自分の思い込みに違いないという感情が入り乱れる。


 そんな中、目の前に見えてきた丁字路をゆっくりと右折し、運転するカローラを国分寺街道の東元町三丁目の信号へと向かわせた。この濃紺のカローラが目撃されたのはこの小道が最後、このあと犯人は次の逃走用車両が隠してあったとされる小金井本町住宅に向かったとされている。


 この時の僕はもう半分くらいは三億円奪取に成功したと思っていた。何しろその小金井本町住宅に放置してあったカローラが警察に発見されたのは事件後四ヶ月も経ってからである。ここからその住宅団地まで約3km、バイクで走った道を迷わず進めば問題ない。


 この事件では、この先の犯人の足取りが完全に途絶えてしまったことを()()()()()()()()()。四ヶ月後にカローラが発見されたあとも捜査が進展せず、多くの物証を残しながら犯人にたどり着けなかったことも知っている。つまり初動の一時間を逃げればこの事件は何とかなるのだ!


 思い返せばこの時の僕は馬鹿だった、どうしようもなく馬鹿だった。小金井本町住宅に行けば楽勝と思っていた僕は、いろいろな意味でオオバカヤロウだったのである。

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