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第26話 プレイバック Part2

 藤岡刑事が店を飛び出してそろそろ20分。茶色のジャンパーの男が見つかっても見つからなくても、もうすぐ何かしらの結果が出る頃だと田辺は考えていた。


 日本信託銀行国分寺支店前ですれ違った時、その横山とおぼしき茶色のジャンパーの男は、こちらに視線を合わせることも無く歩いて去った。田辺もすれ違いざまに男の顔を見てはいるが、ハッキリと覚えているわけでも無い。ただ何かを探しながら歩いている割には、立ち止まりもせずに駅の方へと向かったことが不審と言えば不審だと記憶していた。


 決して早歩きでもなく、かといって本当に店舗や建物を探しているスピードでも無く去っていった茶色のジャンパーの男。田辺のアタマの中ではその横山と名乗った男のイメージが膨らんでいく。


 それからさらに10分。福永社長が淹れなおしたお茶を飲み、二人でタバコを吸っている時に藤岡刑事は帰ってきた。カラカラと乾いた音色のする方を田辺が振り向くと、藤岡は一人で戸を閉め大げさに肩をすくめる。ある程度予想されたことだが、それらしい人影は駅周辺にはいなかったということだった。


「ナベさん、走っていって捜したんですけどね……。改札の駅員に話を聞いたら、さっき茶色のジャンパーを着た男の切符にハサミを入れたって言っていたんで、多分さっさと電車に乗って行ってしまいましたね」


「そうか、お疲れさん。まあしょうがない、座って休憩でもしてくれ」


 福永社長が差し出した冷めたお茶を藤岡刑事はグイッとあおる。若いだけに息が乱れている様子はないものの、冬なのに額には少し汗が滲んでいた。


「ああクソッ! しかしナベさん何か臭いますね、その男。横山って言いましたっけ?」


「うん、まあ一両日中にでも木幡警部補の拾った上着とやらを、どこかの警察に持ってきてくれたらいいんだがな」


 田辺は福永社長に多少気を遣ってそうは言ったが、刑事のカンとして本心ではそんな楽観的な見方はできなかった。


 福永社長は福永社長で、なにか自分が重要参考人を逃して責められているような気持ちであるのか、口をタコのように尖らせて二人の刑事に恨み言を言い始める。


「アナタたち、こう言っちゃなんですけどボクはアレですよ。善意の小市民としてですよ、ちゃんと警察に協力してるじゃないですか。ボクが取り損ねた家賃だって警察に代弁しろなんて言ってないし、そもそも刑事さんたちがあと10分でも早くここに来ていればですよ……」


「いやいや、申し訳ない。なにも社長を責めている訳ではないのです、ご協力感謝いたします。何しろ警察内部の恥部のようなものを福永社長には黙って頂いているのですから、感謝しております」


「まあ、それならいいですけど……」


 刑事の言う「警察の恥部」とやらを先程の男に全部喋ってしまい、あまつさえ三億円事件との絡みまで匂わせてしまったことなどを全部伏せ、福永社長は決まりが悪そうな顔をして再び黙り込んだ。 


「われわれ警察としては木幡警部補の上着なるものが出てくることを期待しておりますが、一応念の為に横山が尋ねてきた時の状況を聞かせてもらえますか」


 田辺はそれで区切りをつけるように話を切り出し、隣の藤岡も手帳でメモを取る。何時頃に来たのか、事前に連絡は無かったのか、相手から特に名刺などは渡してこなかったのか。様々な話を確認しながら話が進む。



「――ということはあれですね。突然にやってきて『木幡』という人を知っているか聞かれたと、それで相手の方から名刺など自分を証明するものは出さなかったんですね」


「ええ、そうです」


 無駄なことは言わずにイエス・ノーで答える福永社長を前にして、田辺の頭の中には黒いモヤモヤが広がっていく。


「それで『木幡』という人物は警察官で、いま失踪して捜しているから早く警察に上着を届けたほうがいい、そのように横山という人物に言ったんですね」


「そうです」


「それ以外は言ってないと?」


 ウッっと詰まるような気配が福永社長から発せられた。若い藤岡巡査がメモを取る手を止めて福永社長の目をジッと見つめている。


「社長、それ以外は言ってないということで、それでいいですか? さっきのことでしょ、記憶を巻き戻してよく思い出して下さいよ」


 再度そう確認する田辺の目には、福永社長が何かを隠している様子が丸わかりだった。ツルツルの頭には汗が滲み、顔は茹で上がったタコのように赤くなっている。


「福永さん! なにか隠してますよね!?」


 パタンとメモを閉じ、また鉛筆でコンコンと手帳を叩きながら藤岡も追求を始める。


「藤岡くん、そんなふうに言うもんじゃないよ。それから福永社長、私は社長を責めるつもりは本当にありませんよ。福永社長が横山なる人物に何を言ったか、それを知るほうが私達にはもっと大事なのです。相手がこっちの事情を知っているか知らないかで、それに対応する方法も変わってくるというものなのですよ」


 諄々と諭されるように田辺に言われ、福永社長はついに陥落した。木幡警部補が失踪しているのが三億円事件の翌日からであること、その息子も時を同じくしていなくなっていること、そして木幡が日本信託銀行国分寺支店近くの部屋を借りていたことなど、全部おもしろ半分に横山に喋ったと告白した。


「刑事さん、ボクは悪気は無かったんですよ。本当ですよ信じて下さい、ボクは彼が善意の人だと思ったんですよ……」


 泣きそうな顔をして謝る福永社長を宥めながら、田辺も先程の記憶を巻き戻していた。


「そうか……、アイツはさっき……」


 銀行の前で横山と思われる人物が何を探していたのか? それは銀行の斜め前のアパートを自分の目で確認していたのだ、という事実に田辺は気づいた。そしてその時に自分たちを警察だと察知した横山はそのまま立ち去った、この推論に間違いないと田辺は何度も頷く。


「いやいや社長、ご協力頂きありがとうございました。黙ってしまわれるよりも余程助かりましたよ。ところで社長、その横山なる人物の顔立ちや特徴をもう少し聞かせて下さい」


「特徴ですか? 背格好はさっきお話した通りに、そちらの若い刑事さんと同じくらいで普通でしたね……」


 自分が木幡警部補の秘密をバラしたことを心から反省したように、福永社長は男の背格好や顔立ち、そしてその特徴について喋りだした。


「……まあそこそこ男前な顔立ちでしたよ。それから横山氏の雰囲気がね、何と言ったらいいか警察じゃないんだろうけど刑事っぽいっていうか、うまく言えないけど刑事さんに似てるっていうか……、うーん、どう言ったらいいんだろう」


「刑事っぽい雰囲気……ですか?」


 つい最近その言葉をどこかで聞いたような気がした田辺は、首を捻って隣の藤岡の方を向いた。


「ああ、そう言えば」


 藤岡が声を出し、自分の手帳をペラペラとめくり「これですよ、これ!」、とそのページを田辺に見せる。


「横浜の定食屋で聞いたのか……、なるほど」


 横浜場外馬券場の男と今回の横山。まさかという思いと、ひょっとしたらという刑事のカンが田辺の中で交錯する。


「福永社長、念のためにその横山なる人物の指紋でもあれば採りたいのですが、入り口の引き戸は……触った人物が不特定多数過ぎてダメでしょうなあ。何かさっき横山が触ったモノはありませんか?」


 田辺の質問に対して、福永社長は再び申し訳なさげな表情をして藤岡の前にある湯呑みを指さした。


「それ、さっき横山氏が飲んだ湯呑みですけど、刑事さんに出す前にボクが洗っちゃいましたよ……」


< 事件への扉 プレイバックの部 終わり >


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