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第2話 武蔵国分寺跡付近、午前9時40分頃

「バカヤロー! 雨ん中で急ブレーキ踏むな、気をつけろ!」


目を開けると横滑りした現金輸送車に沿うように大型ダンプも止まっていた。上の方から運転手のおっさんが罵声を浴びせかけている。


――とにかく助かった。

 僕は大きく深呼吸を二度繰り返す。


 自動車はどこも壊れていないし、ここで小さな諍いを起こしても仕方がない。僕はダンプが走り出すのを待って車を北に向かわせた。


 さっきまではそれほどでもなかった心臓が、今になってバクバクと音を立てはじめていた。慣れない車の運転は慎重にしなければならない、かといって時間的猶予もそれほど無い。この現金輸送車を乗り捨てて、現金の入ったジュラルミンケース3つを次のカローラに載せ替える時間も必要だ。現金一億円とジュラルミンケース合わせて約15kg、それが三つで45kg。僕は道を間違えないように府中街道から右折して小道に入った。


 武蔵国の国分寺跡に通じる道は狭く、幅員はせいぜい自動車一台が通るのがやっとだ。右折をしたあとはしばらく道なりに進む。以前僕がバイクで走った現代に比べて宅地化も進んでおらず空き地も多い。


 捜査史実では現金輸送車と思われるセドリックはこの小道を猛スピードで走り抜け、途中で女性三人に対して盛大に泥ハネを掛けたということだった。怒った女性が車のナンバーを覚えて警察に連絡した結果、現金輸送車の番号と一致して逃走経路が判明したという具合だ。


 雨の中、猛スピードで飛ばすリスクを犯してでもいち早く自動車を乗り換えたいという犯人の思いが、いまの僕にはよくわかる。そう言っても僕は犯人ほど自動車の運転が上手い訳でもなく、重いハンドルとコラムシフトのセドリックに慣れてもいない。ある程度慎重に車を動かし、覚えている経路をたどって行く。途中で左折をしてさらに小道を北上すると、三人の女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えてきた。


――これが犯人が泥を掛けたという三人連れだ……


 僕は女性の横を泥を跳ねないようにスピードを落として通り過ぎ、三人連れをやりすごした。


――よし、これで通報されない。

 

 安堵のため息をつき車のスピードを上げた時だった。あっ、と思った思った時にはもう遅く、僕は玄関脇から出てきた中年女性に盛大に泥を掛けてしまっていた。バックミラーを覗くと怒った表情の女性がなにか叫んでいるのが見える。


――しまった、もしかするとあの女性が通報するかも知れない。


 一度は落ち着いた僕の心臓が再びドクンドクンと音を立て始めた。とにかくあと少しでカローラを待機させてある国分寺跡の中継地点だ、そこで現金輸送車から乗り換えれば逃走の第一段階はクリアとなる。非常線の検問では車種が「黒のセドリック」で指示がでているはずで、放置されたセドリックが見つかるのが午前10時20分頃。つまりこのセドリックがみつかるまでカローラは無警戒であるといえる。


――落ち着け、落ち着くんだ。大丈夫、いま通報されても問題はない。


 車のハンドルを握りながら僕は数度の深呼吸を繰り返した。最後の曲がり角を右折してカローラの待機場所が近づいてきた。


 その時僕の心に不安のしずくが一滴落ち、またたく間にその不安は僕の心を支配していった。


――本当に逃走用のカローラは国分寺跡の空き地に準備されているのか?


 僕はいま三億円事件の犯人になっている。夢でもない限りはそれは間違いないし、雨でべっとりと濡れた服の質感や、ハンドルを通して伝わってくる車の振動は幻覚では無いと言い切れる。


――だがしかし……


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この事件を計画した犯人でもない僕が、自分自身でカローラを準備しているはずもなく、全ては犯人が逃走用車両を()()()()()()()()()()()()()()()()()()という憶測で国分寺跡にむかっているわけだ。


 喉がカラカラになってきた。意識していないのに呼吸が荒い。


 祈るような気持ちで最後の直線を走る。もしそこに逃走用のカローラが無かったらどうなる? このセドリックで逃げるしか選択肢は無い。時間はもうすぐ午前9時40分、都下全域に非常線が張られるまであと10分程度。逃れられる術などあるはずも無いように思える。


 現代ではアスファルト舗装もされていた道は、いつの間にか途中から未舗装になっていた。雨の中、水しぶきをあげてセドリックを走らせる。あたりは枯れた草が生い茂っている空き地で、いつか見た記憶のあるお墓が見えてきた。史実ではそのお墓の隣にカローラが停めてあるはず、もしも停まっていなかったら……



 僕が目を細めて見つめるその先。


 

 雨に濡れた濃紺のカローラは、静かにそこに停まっていた。

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