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第17話 モンタージュ写真の男 その2

 翌日、田辺巡査部長と藤岡巡査は電車を乗り継ぎ横浜にやって来た。その足でまず所轄の伊勢佐木署へと顔を見せた後、横浜場外馬券場の聞き込みを開始する。


 暮れも押し迫った12月27日である。場外馬券売り場の職員は、年末の大掃除の最中に現れた二人の捜査員に当初からいい顔をしなかった。


「はあ……、有馬記念の日の馬券の大量購入ですか? まあ大きいレースですからあったでしょうけどねえ。ちょっと売り子のおねえさんに聞いてみますけど、覚えているかどうか知りませんよ、それに全員が今日出勤してる訳じゃないですからね」


 対応に出た男性職員は二人の名刺を見比べながら、あからさまに面倒くさそうな態度をとり、奥に下がっていった。奥の方ではご婦人達が掃除をしていて、その一人二人に男性職員は声を掛けている様子。田辺と藤岡がタバコを吹かしながら待っていると、男性職員がひとりの女性を連れて帰ってきた。


「ちょうどよかった。こちらの吉田さんが有馬記念当日に窓口にいたんですけど、まあちょっとした大口購入に当たったらしいです。じゃあ吉田さん話してあげて」


 よほど警察への対応が面倒くさいのか、男性職員はそれだけ告げると吉田さんと呼ばれた女性を残して去っていく。残された女性は「吉田幸子です」と名乗り、田辺らの質問を待った。


「忙しいところをすいません。自分は警視庁府中署、巡査部長の田辺です、こちらの男は藤岡と言います。我々は例の三億円事件の捜査をしておりまして……」


 田辺は慇懃に話を始め、三億円事件の捜査でここに来たことや、捜査本部にこの場外馬券場で大口の馬券購入を目撃した通報があったことを述べた。


「その大口の馬券購入ですが、まあ一応通報があったもので我々も確認をしないといけません。何をバカバカしいとお思いかも知れませんが、吉田さんが対応された大量の馬券購入について教えて頂けませんか?」


 思いの外にマイルドな田辺の聞き込み態度に緊張も緩んだのか、吉田婦人は何度か頷きながらその時の様子を話し始める。


「そうですねえ、あれは日曜のお昼すぎでしたね。30歳過ぎくらいの男性と、20歳前後の男の子の二人連れでした。ちゃんと列に並んでましたよ、それで自分たちの順番が来たら『有馬記念の7-8を600万』って言って、600万円分買いました」


「へえ! 600万円分の一点買い!?」


 メモを取りながら藤岡が大きくのけぞって声を上げた。


「やはり600万円もの大口買いは珍しいですか?」


「そうですねえ、まあ年に数度はありますけど……、珍しいといえば珍しいですねえ」


 婦人は頬に手を当て自分の記憶を探るような所作を見せる。


「馬券を買ったその二人ですが、どちらかの人物がこのモンタージュ写真に似ていませんでしたか? ヘルメットを外した姿を想像してもらえれば助かるんですが」


「ああ、それねえ。いま新聞にも出てるやつでしょ、わたしも見たわよ」


 胸ポケットから老眼鏡を取り出した吉田婦人は、田辺の差し出す写真をマジマジと見つめたが、やがて力なく首を横に振った。


「ここに来た二人組には似てないわねえ。年上の方の男は年齢も全然違うでしょ、20歳ぐらいの男の子にしたってもう少し線が細い感じだったかしらねえ。とにかく似てない感じよね」


「そうですか、似ていないですか」


 答えを聞いた田辺はやや落胆はしたものの、もとより大した期待をしていなかったこの出張捜査である、「やはりな……」という思いの方が強かった。隣の若い藤岡刑事などは「ナベさん、中華街のどこで昼飯を食いますか」などと諦めて言い出しそうな雰囲気だ。


 しかしながらわざわざ横浜まで来た出張、通り一遍と言われようが、空振りと言われようが田辺は出来るだけの聞き取りを続けた。


「似ていないのはわかりました。まあ一応窓口でどういうやり取りだったか教えて頂けますか?」


「どういうやり取りって、とにかく600万円分でしょう? 結構なお客さんの数だったし……」


 婦人はその時のことを思い出しながら身振り手振りで田辺たちに説明を始める。この吉田婦人、元来がお喋りな性質なのだろう、時々横道に脱線しながら10分以上に渡ってのワンマンショーは続いた。



「おっかしいでしょう! 最初はイライラしていた周りのお客さんも6000枚もガチャガチャ馬券を発券されたら、最後の方はみんなポカーンと口を開けてね」


「すいません、すいません、よく判りました。とにかくその二人は有馬記念の7-8の馬券6000枚だけを買って帰ったんですね」


「ナベさん、もうこの辺でいいんじゃないですか?」


 このままだと延々喋り続けそうな婦人の口を田辺が塞ぎ、藤岡はうんざりしたように愚痴をこぼす。


「じゃあ最後に質問しますが、その600万円は若い方が出しましたか? それとも年長者の方ですか?」


「そうねえ、年長者が500万円、若い方が100万円、それぞれ別に輪ゴムで縛った札束を出したわね」


 吉田婦人の証言を面白く無さそうにメモを取る藤岡刑事に対して、田辺巡査部長の動きがピタリと止まった。


「別々に……、それも輪ゴムで縛った札束ですって!?」


 突然響き渡る田辺の大声に、藤岡も吉田婦人も目を見開いて田辺の方を向く。


「いいですか吉田さん! 600万円の札束を若い方が100万、年長者が500万、別々に出したんですね! それも銀行などの帯封でキッチリ縛ってある札束じゃなくて、ただ単に輪ゴムで縛ってあったんですね! 100万円づつ輪ゴムで縛ってあったんですか?」


「え、ええそうよ、帯封じゃなかったわ。100万円の束が輪ゴムで縛ってあったから自動紙幣計算機に入れる時に手間取ってね……」


 別にそのことを責めている訳でもないのに弁解口調になる吉田婦人の声を聞きながら、田辺の心には疑惑の雲が広がりつつあった。


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