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第1話 12月10日 府中刑務所前、午前9時30分頃

<三億円事件>……1968年(昭和43年)12月10日、東京都府中市で発生した窃盗事件。偽白バイ隊員に扮した犯人が東芝府中工場に向かう途中の現金輸送車を騙し取り、輸送車ごと現金三億円を奪った戦後最大級の未解決事件。


           ♢


 

 最初は夢かと思った、いや……死んだんだと思った。


 府中刑務所脇の道路でバイク事故を起こし、地面に叩きつけられたところまでは覚えている。次の記憶はもう今だ、なぜか車を運転している今だ!


 僕が運転しているのは1964年式の日産セドリック、つまりあの三億円事件で使われた現金輸送車。頭にはヘルメットを被り、雨でべっとりと濡れた服装はどうみても白バイ隊員にしか見えない。


 ちらりとバックミラーを確認する。四つの人影がどんどん遠ざかっている。道路の上には雨の中で燃えている発煙筒、そして犯人が乗って来たと言われている偽装白バイが放置されていた。


 何もかもが僕の知っている歴史通り、まるでテレビ特番でみた再現フィルムだ。四人の日本信託銀行の銀行員たちは現金輸送車が奪われたと未だにわかっていない。車の下で焚いた発煙筒の煙をダイナマイトだと信じ、白バイ隊員に化けた僕が現金輸送車を安全な場所に動かしていると思っていることだろう。


 発煙筒が自然鎮火して、あのバイクが偽装白バイだと気づかれるまで約10分。そこから警察に連絡が行き、警視庁が非常線を張るまでが約30分。あの時の犯人は非常線の隙間を縫ったのか、それとも非常線の敷かれる前に安全圏に消え去ったのか、とにかく犯人はこの後に逃走用自動車のカローラに乗り換え現金三億円とともに闇に消えた。


 その三億円事件の犯人に僕はなっている。信じられないことだけれど()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ――いますぐにここで車を降りて、ごめんなさいをしても


 冗談でした、すいません。で、済む話にはならないと瞬時に理解できる。


 それに……、この後ろには三億円が積んであるのだ。


 一生不自由しないお金の誘惑。


 幸いなことに犯人が通ったと思われる逃走経路を僕はある程度知っている。大学のミステリー研究会の友人とバイクで事件現場を回ったことがあった。当時の報道写真と見比べながら現金輸送車のルートや、その輸送車が乗り捨ててあった場所、さらにはその乗り換えたカローラが放置されていた団地の場所まで見て回った。


 一通り見回った感想を言えば、今だったら防犯カメラやNシステムで早期解決するだろうけれど、当時これだけ周到な準備を重ねて計画を練った犯人はやはりキレ者だったということだ。


 ――よし、やってやろうじゃないか!


 この後の警察の捜査方針についても()()()()()()()()()()()。それを知っている僕が捕まるはずがない。最初の非常線さえ突破できればその後の捜査で僕は捕まらない。


 ――やってやろう! 僕だって逃げ切ってみせる!


 府中刑務所の高い塀を左手に見ながらセドリックのエンジンを吹かす。横断歩道橋の下をくぐり直線に入ると、四人の人影も偽装白バイも雨の中に徐々に消えていった。この先200mも走れば府中街道の大きな交差点に突き当たる。左に行けば川崎方面、右に曲がれば東村山。交差点の向こう側にはこの現金三億円が届けられるはずだった東芝府中工場がある。


 僕がアクセルを更に踏み込むとセドリックのエンジンが唸りを上げた。しかし唸りをあげたもののスピードがそれほど上がらない。それもそのはず、この時代の自動車でオートマチックなんていうのは極稀で、このセドリックもマニュアルミッション。しかもよく見るとハンドルからコラムシフトが伸びている。


「コラムシフトかよ!」


 ギヤチェンジのためにクラッチペダルを踏み込むと今の車に比べてペダルが重たい。僕は左足に力を込めてペダルを押し込み、そのままコラムシフトをニュートラルに戻した。


 どうしたらシフトアップ出来るのかを試しているうちに府中街道の信号機が迫ってくる。


 史実では赤信号を無視して現金輸送車のセドリックは右折、その時にダンプカーと衝突しそうになったという。しかしいま迫ってくる信号は青、このままなら安全に右折できるはずだ。僕は唾を飲み込んでシフトのギヤを確かめていった。


 ――これが2速、つぎが3速……


 よし、ここまで判れば上出来だ、3速以上を使うことなど無い。何しろこの信号を右折して200mも走ったら更に小道を右折するだけだ。次は車一台が通れる程度の細道を進み、乗り換え用のカローラを準備している場所でこの現金輸送車は乗り捨てる。


 思わず笑みがこぼれた。ワイパーで雨粒を拭き取る先には雨に煙る青信号。


 ここを右折だ。ハンドルを時計方向に回そうと手のひらに力を入れた、が、ハンドルが重くて思ったほど回らない! 畜生、そういえばこの時代の自動車にパワーステアリングなんてついている訳がない。


 とにかく力を込めてハンドルを回す、回す、回す。


 現代の自動車なら付いている横滑り防止装置も当然無い。濡れた路面での急ハンドルで後ろのタイヤが滑り始めた。信号の向こう側から大型ダンプがゆっくりと坂道を登ってくるのが目に入る、このまま滑りながら曲がるとダンプを避けられそうも無い。


 僕は思わず目を瞑ってブレーキを踏んだ。

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