初の邪神、ソルティナ
「さあさあ、神に弓引く愚者どもよ! このジュナイブバルトナーが相手になりましょう!」
「っ! 正司教ジュナイブバルトナーだと!? 未だに存命だったのか!」
「エンさん、封印は解けててこいつらは敵、それで良いんだな?」
突然の乱入者に混乱したのは俺だけじゃなく、周りの暗殺者達も同じ事で、俺の包囲よりも背後を突かれないことを重視したのか、配置もまばらになる。
色々と聞きたいことはあるし、どうしてこちらを選んだのかも分からない。けど、今言うべき事は分かる。
「うん。それで大丈夫。ありがとう、カールスさん。」
油断なく構えていた筈の暗殺者の一人が苦悶の声を上げる。
腕と足に二本ずつ、矢が刺さっているのが見える。速い。
それが呼び水になったのか、敵と味方が入り混じり、戦闘が再開された。
目に映らないほどの速さで矢を撃ち、小さな体躯を地面すれすれに滑らせて、魔法と杖でなぎ払い、剣と盾で敵を押し込む。
見惚れるだけじゃ情けないよね、と、俺も奮闘し、あっという間に敵の数は半分になった。
「おのれ、邪神崇拝者どもめ…!」
「おうとも光の信徒、お前達と散々っパラやりあってきたヌーチカの強さを忘れたか!」
こちらは無傷、向こうは動けないほどにボコボコにされていて、互いの強さなんて素人の俺でも理解できる。残りの敵も自分から仕掛けようとは、既に思っていないようだ。
だから俺は、覚悟を決めて、真意を聞かなきゃいけない。
「カールスさん。判ってたんだね、全部。」
「あー、まあな。だから俺達がこの依頼を受けたし、ここまで案内したんだ。まあ、まさかこんな奴らが居るとは予想してなかったけどよ。」
「ふふ、これで隠し事はお互い様だね。」
「ああ、黙ってて悪かった。」
「こちらこそだよ。」
構えてこそいるが、諦めが見える暗殺者達。俺は剣を下ろして、カールスさん達にもそれを促す。
「良いのか?」
「良いよ、わざわざ殺して、気分悪くなるのも嫌でしょ? それに、待つ時間は終わったから。」
俺の言葉と同時に地面が揺れて、大岩から光が漏れ出す。
全員退却! と声が響き、暗殺者達が逃げていく。倒れた人をそのままにして行くのはちょっと思うところがあるけど、向こうも必死だったんだろうし、仕方ないよね。
揺れが収まるのを、大岩の前で待つ。カールスさん達は倒れた暗殺者に一応は応急処置をするようだ。
やがて揺れが収まって、カールスさん達が俺の後ろで膝を着く。かつての神に対する最低限の礼らしい。
そこら辺も気になるけど、今は封印だ。
こうなれば良いなって言う予想が、そうなってくれたように、キラキラと輝く女性が空中に現れてゆっくりと落ちてくる。
白いロングヘアーの、美しい女性。俺の知識とすり合わせて、『始まる者』、初の邪神である事を確認し、その身体をゆっくりと腕の中に納める。
すうすうと、小さな寝息を立てていた彼女は、ゆっくりと瞼を持ち上げて俺を見る。
俺も彼女を見て笑いかける。
「お目覚めはどうかな? 百年と少し眠っていたらしいんだけど。」
「そう、ね。悪くは無いのかしら。封印される前よりも、むしろスッキリしている気がするわ。」
「それはよかった。俺も頑張った甲斐があるよ。」
ゆっくりと彼女を下ろして四人を見る、ジュナイさんは感極まって泣いてしまっているようだし、他の三人もすっかり感動してしまっている。
皆んな言葉もないようで、俺が何か言わなくちゃいけない? と思って、頭に思い浮かんだのは、なんて事はない、ただの自己紹介だったりして。
「えーと、改めて、俺は『終焉を行く者』、最後の邪神エンディランス。君の名前を聞いても良いかな?」
思わず照れてしまってキザっぽくなったのが面白かったのか、彼女は柔らかく笑って言葉を紡いだ。
「初の邪神、ソルティナよ。宜しくね、エンディランス。」
ーー 正教会の女教皇 ーー
報告を受けて以来、定期的に眺めていた封印を示す五芒星から、星が一つ消えた。
いつか来るかもしれない日が、まさか自分の代で来るとは、溜息を吐きたくなるのを我慢する。
ここには、一人では無いのですから。
「やはり、こうなりましたか。」
同じ物を見ていた聖女は息を呑むが、下手に騒ぎ立てるでもない彼女に、しっかりとした資質を感じて、思わず微笑む。
「やはり、とは。教皇様はこうなる事を見越しておられたのですか?」
「ええ。歪んだモノが元に戻るだけの事、これは来るべくして起こった事なのですから。」
それは、かつて傲慢であった私達の罪。
白羽族と呼ばれる、いつかの日に天使であった者達の、我欲を押し付けた。
「貴女は、神に選ばれた聖女。であれば、知らなくてはなりませんね、何故、かの神が邪神と呼ばれているのか。どうして光の神が彼女達を封印したか。
それは、正教会の信徒達には決して語らぬ真実。貴女は、それを聞く覚悟はおありですか?」
それが、自分たちにとって良くない話である事を察しているのでしょう。彼女は震える手を押さえて綺麗に揃え、膝の上で落ち着かせる。
「わたくしは、正教会の聖女として、あるべきではない考えを、僅かな間としても浮かべてしまいました。ですので、もしかすると、その話は救いにすらなるのでは無いかと、そう、思ってしまいます。」
良い子だ。とても、良い子。
これから時代は変わって行くだろう。その筆頭に立つのは、彼女のような人が望ましい。
罪と罰なんてものは私達に任せて、貴女は、貴女の道を行って欲しい。だって。
「それでは、お話しします。欲の膨らんでしまった天使と、その罪の話を。」
だって、私は、数百の時を生きる、罪深き魔女なのですから。