回想、邪神、仲間。
ーー ある冒険者 ーー
俺達がその話を聞いたのは、丁度大きな冒険を終えてヌーチカに戻った時だった。
どことなくソワソワしたような街の人々、今まで下火だったのが嘘だったかのように賑わう教会。
新しい神が、この街においでになった。
世間から邪神と蔑まれるかの女神も、この街に古くから住むもの達にとっては、未だその影を曇らせることは無い。
人間である俺はその時のことを又聞きの又聞きでしか知る由もないが、当時から神官をしている我がパーティの魔族は、話を聞くや否や教会へと走り去った。
話の内容はこうだ。
新しく降臨した神は、かつての女神達の封印を解くために現れたと。
正教会の目を欺くために、人間のように振る舞い、正体を隠していると。
聞けば随分と付き合い安く、腰の低い青年らしい。情報を得るために彼方此方に顔を繋いでいるようで、俺達も所属する冒険者組合に属し、依頼すら出している。
「こちらがその依頼です。観光ついでにご覧になりたいとの事でしたが、恐らくはそう言う事なのかと。」
「邪神を封じた場所の調査、ね。わかった、俺達も受けよう。ロハ…って訳にはいかんか、金額は安くて良い、そっちで決めてくれ。」
「お願いしますね。」
彼の担当だと嬉しそうに言う受付から依頼者を受け取り、仲間と合流する為にいつもの飯屋に。
適度に賑わう酒場兼飯屋には既に仲間が集まっていて、魔族の神官が熱っぽく残りの二人に話しかけていた。
「ですので、神の封印が解かれる事こそかつての住人達の願いであり、この街のほとんどの人が待ち望む事なのですよ。」
「なるほどねえ、まあ、うちら小人はどこでも生きてけるから実感ないけど、魔族にとっちゃ死活問題か。」
「我ら獣人も似たようなものだ。この街ほど自由に過ごせるところは無いからな。」
かつての神は自由をその教義に示していた。その奔放さ故に割りを食ったものも少なくは無いが、人間用に整備された法の中で過ごすには向かない種族もいる。
漏れ聞こえた会話からそんな事を考え、軽く手を上げて仲間と合流する。
「例のお方が組合に依頼を出していたようだ。内容は邪神の封印場所の調査、彼は人間に擬態しているらしく、その事を留意せよ、とさ。」
「封印場所、ですか。北の森の中だとは聞いていますが、どこにあるのかまでは判っていませんね。」
あーでも無いこーでも無いと言いながら、全員が依頼に乗り気なのは有難い。懐に隠し持っている聖印を軽く撫で、決まりとばかりに宣言する。
「じゃあ、誰よりも先に見つけ出すぞ。この街に神を取り戻す、皆んなも力を貸してくれ。」
当たり前のようにあがる声。そして俺達は、その祠を見つけ出す事が出来たのだ。
その日は漸く神とお会い出来る日だった。神官に急かされ、時間よりも一つ時は早く集合した俺達を、労うようにお声を頂き、事あるごとに褒めて下さる黒髪黒目の青年に、神官はすっかり心酔し、他のメンバーも悪い気はしていない様子だ。
上級組合員である獣人や小人に匹敵する感知能力、疲れひとつないような身体能力、そして理知的で懐の深い人柄など、およそ素晴らしいところを挙げるとキリがない。
俺達のような者にも同等に接する事を許してくださり、すっかりと打ち解ける事ができた。
神であるか以前に、深い仲間のようになれた俺達は、全面的な協力を誓いたかったが、その前に彼は一人で行ってしまった。
恐らくは、巻き込む事を是としなかったのだろう。神の復活に俺達が関われば、つまりは世界の敵として扱われる。
だが、それがどうした。と言うのがヌーチカの総意である事だろう。
だから向かうのだ、お節介に。微かに聴こえる剣戟の音を頼りに。
辿り着いた祠で見たのは、正教会の暗部と戦う神の姿と、そこから離脱する二つの影。
すぐ様その影を吹き飛ばして、姿を見せつけるように祠へと入る。
驚いたような神の表情に思わず笑みが浮かぶ。封印を解き、静かに居なくなるつもりでもあったのだろうが、そうはいかない。
「隠し事なんで酷いじゃないか、エンさん。」
俺も、俺達も、貴方の元で戦わせて欲しい。そう思うのは、仲間として当然のことだろう?