いざヌーチカの街へ
辺りの安全確認やら、廃協会に取り残された人が居ないか確認したりとか、全然お腹が空かないのを、神様ってスゲー! と思いながらも食べられそうな果物をもいで食べたり。
気がつけば日は落ちて、真っ暗になってしまっていた。それでも普通に物が見えるんだから、やっぱり身体自体が変わってるんだなぁと再認識。
とりあえず今日のお宿は適当に片付けた教会跡地。ごろっと横になって空を眺めると、高い空に沢山の星。俺でも知ってるようなわかりやすい星座も無く、ぼーっとしながら、ようやく異世界に来た事をゆっくり考える事ができた。
未練と言うには少し弱く、新しい環境を全力で歓迎できるかと言えばそれも違い。それでも、行く場所のなかった俺の記憶を残してもらえた事には感謝している。
記憶が無くなる、それ自体はよく聞く言葉だけど、記憶を持った俺がそうなる事を考えると少しゾッとする。
ここにいる俺も新しい俺なのかもしれないが、残してきた体も、やっぱり新しい自分なのだ。
元の自分には俺が出来なかった分、あのお姉さんと十分に仲良くして欲しい。
初日から激動過ぎたせいで、まだ考えていなかったが、明日からは早速、邪神の封印されている場所を探していこうと思う。
元々そのつもりでここにきた訳だし、それによって世界がどうなるとかは恐いから考えない。
ただ、人から聞くにも色々と覚悟と準備が必要だろうとは思う。全ての人がさっき襲って来た人達と同じ考えとは思わないが、いつ何処で正体バレして通報されるか分からないからね。
差しあたっては近くの街、ヌーチカに行ってみようと思う。元は邪神宗教の街だったようだし、情報も集まりやすいかもしれない。
もしも弾圧されていたり、なんらかのテコ入れが行われて情報が消されていても、何かしらの痕跡は残ってるかもしれないしね。
というわけでおやすみなさい。寝てる間にヤベー奴がきませんように。
翌朝、スッキリと目覚めた俺は、もしかして睡眠も必要無いのでは? と思ったが、精神衛生上寝たほうが楽なので考えを放棄して、そそくさと街へ向かっていた。
ファンタジーでよくある踏み固められた地面とかでは無く、しっかりと採寸された石畳が敷き詰められている。
もっとも、利用者は居ないのだろうと思わせる草の伸び具合だったり、苔の生え具合なわけだけども。
進んでいくうちに畑や民家がポツポツ見えて来て、遠くには凱旋門みたいな物がドーンと立っている。
あそこが正門的な場所なんだろうと当たりをつけて、少し小走りで近寄っていく。
近くで見ると十メートルくらいの高さの、扉の無い門だった。見張り台も兼ねているのか、門の前には武器を持った兵士らしい人が数人で俺を見ていた。
何かあったら逃げれば良いし、とポジティブに考え、なるべく怪しまれないように両手を見せて近づく。
「そこの怪しいもの、止まれ!」
門まで少しと言うところで止められる。うん、まあ怪しいよな、俺。
黒髪黒目は変わらずに、首のところにモワモワしたのがついた貴族っぽい服。更にその上から真っ黒なコートを着ているんだもんな。怪しいわ。
すぐに二人の兵士が近寄って来て、俺の身なりをジロジロを眺める。
「武器は持っていないようだが、何処から来たのだ?」
「随分と仕立ての良いものを着ているが、貴族か? 護衛はいるのか?」
などなど、いくつかの質問をされた後、思ったよりもすんなりと中に通される。
犯罪者であるかどうかとか、口頭だけで大丈夫かと思ったら、真偽の魔眼とか言うまさにファンタジー的な能力を持っている人がいるので大丈夫らしい。
「ようこそヌーチカへ! 是非ともこの街をご堪能ください!」
と、なんか途中から兵士さんの腰が低くなり、最終的には全員でお見送りされたりしたけど、そんな好感を与えるような事したわけでも無いんだけどな。イケメンは得って事?
とにかく無事に街に入れた事だし、見た感じ活気があって良さそうな所だし、頑張って情報収集していきましょうか!
ーー 門番の兵士の一人 ーー
ここはヌーチカ、呪われた街と呼ばれる場所。
かつては神様が直接統治していた街だと聞いている。もっとも、その神様は光の神様に封印されてしまったと言う話だ。
俺の爺さんの爺さんがまだ若かった頃の話らしいが。
細々とした信仰は今も残っていて、大っぴらにはしないが、街のほとんどの人がかつての神様の聖印を先祖代々遺している。
そんな街だから、商人以外の人が訪れるのは珍しい。
整った顔の黒髪黒目の男。
仕立ての良い貴族服を着ている割に、武器も護衛も居ない怪しい男だ。
話していると随分と気さくな奴で、こちらの質問にも嫌な顔をせずに答えていく。
だからか、気が緩んでこんな事を聞いてしまった。
「しかし、ここが呪われた街だと分かっていて来たのか。ここに居たらしい神様も、外では邪神と呼ばれているのに。」
「まあね、俺にも事情があるって事だよ。それに、邪神かどうかを決めるのは人間な訳だし。」
「ははっ、中々言うじゃないか。確かにここの神様も、随分と気さくな方だったらしいしな。」
「確かに、そうだね。」
俺としてはただの雑談のつもりだったが、魔眼持ちの同僚が驚いた顔でこちらを見てきた。なんだ?
「ほぼ間違いなく、神の一柱でしたね。」
「そうだな。」
「多分、神の封印を解こうとしてましたね。」
「そうだな。」
「めっちゃタメ口で肩とかパンパンしてましたね。」
「…そうだな。」
「とりあえず、街の人には神様としては扱わず、旅行者のつもりで対応してほしいとは伝えましたけど、多分無理ですよね。」
「……そうだなぁ。」
去っていく背中を見送る。あの人、いや神様か。かの神が何を思いここに来て、神を解放しようとしているのかは分からない。恐らく、俺なんかには理解出来ない事情があるのだろう。
俺に出来るのは、ただ、この街で健やかに過ごしていただけるよう心を砕くだけだ。
「兵士のにーちゃん! そこの屋台がめっちゃ美味いんだって! 仕事終わったら一杯やろうぜー!」
そんな未来とか知らない。知らないったら知らない。




