決心
料理人の男達の話にユノはそのまま散策を続けられる気にもならず、部屋へと戻った。
部屋に入るなり天使に一人になりたいと告げると、天使は頭を下げ部屋を出ていった。
時折、部屋の外から音がなることから、部屋の外で待機しているのだろう。
コンコン。
少し強めのノックの音にユノは目を開けた。
いつの間にか眠っていたらしい。覚醒しない頭でどうぞ。と声をかける。
朝も迎えに来た男が、処刑の準備が整いました。と頭を下げた。
屋敷を出て、少しだけ歩くと汚い小屋がそこにはあった。
中には両手両足、首までもが鎖に繋がれ、体中のいたる所から傷が見える。天使と同じような傷跡だ。
呼びに来た男に剣を渡され、どうぞ。と頭を下げた。
手に持った剣を見つめ身体が震えた。私は知っている。この感覚を。いや柚乃はしらないが、ユノの身体が覚えている。剣を振り上げる感覚。肉を切る感覚。
そして、返り血を浴びる感覚を……。
深い息をついて問う。
「彼の罪状は何だったかしら?」
今日、一番の冷たい声が漏れた。今まで柚乃でも発したことのない声色だった。
「ユノ様が口を付けられた食事に手を付けた事であります」
剣を渡した男が、応える。その言い回しではあたかも残飯ではなく、ユノがとった食事を態と手を付けたみたいだ。
「何で、そのようなことをしたのかしら?」
震え、頭を下げる男に問う。
「三日三晩何も食べていなかったのです。大変申し訳ありません」
命だけは、そう口にする男の声は砂でも飲み込んだかのように嗄れ、とても小声であった。
「そう」
ユノはそれだけ、口にし男へと剣を振り上げた。
男は目を固く瞑り、衝撃を待った。
それでも来ない衝撃に、もう死んだのかとすら思い、恐る恐る目を開け、そのまま見開いた。
男の目に映ったのはユノが、悲しそうに歪ませた顔だったから。
「ッ」
微かな痛みに気怠い腕を首へと、回すと血が付いていた。
その様子にユノは剣を男の喉に当て。男が咄嗟に腕を下ろす。
「今日は気分がいいの。これくらいにしてあげるわ。次は許可をとることね?」
そう言って、剣を渡してきた男に突き返し。踵を返した。
……
部屋に戻り、ベッドに横になり、柚乃は気付いてしまった。この人は根っからの悪役令嬢である事に。
震えて居た天使と同じ傷跡を付けられた処刑人、それは間違いなく“わたし”の仕業だろう。
フッと息が漏れる。いじめられっ子の私がいじめる側の人間に成り代わりなんて。もし“わたし”が死んでいなく、元の“わたし”にユノがなっていたらと考えていた罪悪感は吹っ飛んでいた。
生きているとするなら、少しでもいじめられる人の気持ちが分かればいい。
人を殺めている事から、いじめられる。なんて生易しくはあるが。
さて、どうしたものか。柚乃は考える。
成り代わりか、転生かよくわからない以上、勝手にこの世界で好き勝手するのは不味いだろう。万が一にも本物のユノが戻ってきたらと考える。
いっその事、ユノとして自殺をはかることも考えたが、仮にユノが柚乃になっていて、強制的にユノが柚乃に戻るなら、いじめられる側の気持ちを味わってほしい柚乃のとしては納得行かない。
柚乃は本が好きだった。悪役令嬢物の小説含め色々な小説を読んでいる。
「せっかくならやり直しがきく世界にしてくれたらよかったのに」
なんて、自殺をはかった人間が言える事ではないか。と嘲笑する。悪役令嬢に転生している物語はみんな交通事故や殺人など、自分の意志とは裏腹に死んでいるわけだし。神が与えた罰か何か。
そういえば、ここの世界も何かの物語なんだろうか。
悪役令嬢に転生した主人公達は基本的に前世で何かしら携わっていた。例えば乙女ゲームだったり恋愛小説だったり。前世の記憶を元に、できるだけ決められた道を回避して善良なる道に導いていってたよなと考えを巡らせる。
(思いつかないな)
色々なゲームや小説を頭に浮かべるが、この世界で今の所当てはまる物はなかった。
いくら本が好きだと言っても全世界の物語を把握しているわけではないし、ここは日本でもない。
見たことのない小説の世界かもしれないし、そもそもそういう物語すら存在しないただの異世界かもしれない。柚乃自身には検討も付かなかった。
柚乃は決心した。柚乃がユノであり続ける内は、このユノを更生しようと。
出来るだけ周りには悟られないように。少しずつこの女の人生を狂わせてやろうと。