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郷愁

「ご両親が不在だというのに、長居する訳にはいかないから、今日はこれで帰る事にするよ。明日改めて挨拶に伺うので、戻ってから連絡をするけれど、君はそれで構わないかい?」

「ええ、それで構わないわ。早ければその分、仕事を覚える時間が増えるもの」

そう言って真っ直ぐ私を見るナターリアの目には、一切の迷いが見られなくて、胸の奥に鈍い痛みが走るのを感じた。

それから彼女に背中を向け、重い足取りで馬車に乗り込む。

外の景色を眺めても、出て来るのは深い溜息ばかりだ。


自分で口にした事とはいえ、激しい後悔に苛まれる。

もっと他に言いようがあっただろうにと、友人のステファンなら言うだろう。

全くもってその通りだ。

もっともらしい理由を並べて、断れない様に仕向けたのだから。

けれど他に方法が見つからなかった。

彼女の側にいる事が、目的だったのだから‥


図書館の奥から二番目、窓際の席には、いつも彼女が座っていた。

問題を解きながら、クルクルと表情を変える彼女を、遠くから眺めるのが好きだった。

それは私だけの秘密の時間で、誰にも邪魔されたくない大切な場所。

出来る事なら彼女の隣で、見つめられたらいいのにと、あの頃の私は密かに願っていた。


この国の貴族令嬢は、大抵家庭教師に学ぶか、マナーや教養、ダンス等の講義のある花嫁学校に通うのが常だ。

だからナターリアの高等学院入学というのは、かなり異例の事で、最初は変わった令嬢もいたものだな、そもそも授業に着いて来られるのか?などと舐めた考えで様子を伺っていた。

なぜなら高等学院という所は、高い知識を学ぶ場所で、通っている生徒も様々な階級がいる上に、高度な学力も要求される。

働く必要のない貴族令嬢が、これまた必要のない高度な学力を、持っているとは思えなかったからだ。


ところがそんな考えは、すぐに打ち消す事になる。

ナターリアは優秀で、誰よりも熱心に授業を聞き、休み時間や放課後は図書館で勉強する事に費していたのだから。

普通の令嬢ならドレスやアクセサリー等の自分を飾る事に興味を示すのに、ナターリアはそういう物にはあまり関心を示さず、美しい顔立ちをしていながらワザと地味な格好をして、自分を飾る事を意識的に遠ざけている様に思えた。

そんな彼女を見て、なぜあれ程に勉強に打ち込むのだろうかという好奇心から、その理由に興味を持ち始めた。

そこでまずは彼女の事を知りたいと思い、積極的に話しかけてはみたものの、彼女は中々に手強い相手で、あまり心を開いてはくれなかった。

今までそんな態度を取られた事のなかった私は、初めての経験に驚きはしたが、逆にそれが新鮮で益々彼女に興味を惹かれた。

今考えると傲慢だったのだろうと思う。

彼女の気持ちを思いやるというよりは、自分がどうしたいのかばかりを押し付けていたのだから。

そうしていつまで経っても縮まない距離に諦めを感じ、いつしか私もただの同級生の一人として接する様になっていった。


そんなある日、たまたま友人の付き合いで図書館へ本を借りに行くと、いつもの様に勉強する彼女が目に入り、そこで初めて普段見せない彼女の豊かな表情を知ったのだ。

それはまるで宝物を見つけた様な気持ちで、驚きと嬉しさを感じたのを覚えている。

私だけの秘密で、誰にも知られたくない場所。

それがあっさりとヘルベルトによって終わりを告げられるとは、思いもしなかった。


あと半年程で卒業という頃、いつもの様に図書館で勉強する彼女の隣に、ヘルベルトの姿があったのだ。

一瞬見間違いではないかと確認したが、残念ながらやはり見間違いではなく、仲の良さそうな様子で、彼女はヘルベルトに勉強を教えていた。

どうしてそこにヘルベルトがいるのか、いつの間にそこまで仲良くなったのかが分からずに、酷く動揺した私は、慌てて図書館から離れたのだ。

心を落ち着かせようとしても、湧き上がって来たのは悔しいという思い。

そしてもう一つ、モヤモヤした物も半分を占めていて、これが何なのかが分からずに、二人を見る度にそれを抑えた。

モヤモヤした物の正体は、今まで一度も抱いた事のない感情で、昔からあまり苦労もせずに、何でも上手くこなして来た私には、無縁だと思っていた感情。

その正体の名は嫉妬だった。

これに気付いたのは二人が婚約したと聞いた時で、そこでやっと自分の気持ちに気付けたのだ。


彼女の隣に座るのは、私でありたかった。

他の誰かにその場所を奪われたくなかった。

なぜなら私は、彼女にとても惹かれていたのだから‥


そう気付いた時には既に何もかもが終っていた。

いや、そもそも好かれるどころか嫌われている部類に入る私には、始める事すら許される筈もなく、気付いたところでどうする事も出来ない。

だから最後に行き場のない想いを、八つ当たりという子供っぽい方法でぶつけてしまった。

君は本当に見る目がないと。


そんな自分が許せなくて、断ち切れない想いからも逃れたくて、出来るだけ遠くに離れた場所で、無心に打ち込める物を探した。

その甲斐あってか事業は軌道に乗り、ある程度の成功を収める事は出来たが、その分周りから厄介な縁談を勧められる様になっていた。

そんな時だ、ナターリアの婚約破棄の話を聞いたのは。

それと同時に、妹やその交友関係からのくだらない噂話も耳にした。

二年前に断ち切った筈の感情が蘇り、言いようのない怒りも感じて、密かにナターリアと接触を図ろうと、彼女の母上と交流のあるヘンドリクセン伯爵夫人へ使いを出した。

まさかあんな形で再会するとは思わなかったが、どんなチャンスも逃したくはなかった。

結局こんなやり方しか出来ない私は、やはり彼女には好かれないだろう。


「貴方に決して友人以上の感情は抱きません」


分かってはいたが、言葉に出されると思った以上に堪えるものだ。

それも仕方がない、そう仕向けたのは私自身なのだから。

今度こそ一番近くで、彼女が幸せになれる相手に巡り合うまで見守り続けよう。

それが私でありたいという不毛な想いは、二年かけてもう抱かないと決めたのだ。

所詮私は見守るだけの存在で、彼女の人生に関わることは許されないが、せめてヘルベルトだけは私の手で報復してやろうと思う。

読んで頂いてありがとうございます。

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