春待つ僕らに降り注ぐ花吹雪
長編【Aqua Garden】のスピンオフになります。
主人公の姉夫婦の馴れ初め話。
一応、本編知らなくても読める仕様にはしてみました。
初めて、その姿を見た時。我ながらクサイのだが、まるで女神のようだと思ったのだ――。
それこそ、正しく一目惚れ。是が非でも、お近づきになりたい。あわよくば、お付き合いできれば。
彼女に巡り逢わせてくれた親友に、心から感謝をした。そんな春の日――。
「慎、一生の頼みを聞いてくれ!」
「いやいや。お前の一生、何回あるんだよ。この間も一生のお願いとやらをされなかったか?」
「気のせいだな、多分!」
「――ったく。しょうがねぇな、話だけは聞いてやる」
聞くだけだからな、と念を押す顔面偏差値MAXのイケメンな親友は、どっかりと俺の前に座り込んだ。何だかんだ、お人好しで他人をほっとけないヤツなのだ。こいつは。
「この間、お前の幼馴染みの瀬里香ちゃんのさ……」
「却下」
「いやいや! まだ何も言ってないだろ!?」
「瀬里香のことだったら諦めろ」
「オイオイ」
俺が、親友の鷹沢慎の幼馴染みだという瀬里香ちゃんに会ったのは、3ヶ月ぐらい前だったか。
中学生の彼女は、誰が見ても文句なしの美少女だった。俺の好みドストライクではなかったが、年下の女の子に見惚れてしまったのは初めてだったと思う。
威嚇するように、慎がガシッと俺の肩を掴んできて。力が強いだけでなく、目の奥が笑ってないにも関わらず、慎にしては珍しい笑顔で―正直身震いした。こえーんだよ、ハイパーイケメンの笑顔!
俺は瞬時に悟ったのだ。ああ、こいつの唯一が瀬里香ちゃんなんだろうな、と。ただの友人Aらしきポジションから、多分親友と呼べるモノになってから半年近く。この無敵の顔面偏差値MAXイケメンが、何で彼女の1人も作らず童貞拗らせてるのか不思議でならなかった。だが、彼女を見て……というより、彼女に対する慎の態度を見て理解してしまった。
そりゃあ、あんな美少女が常日頃、傍にいれば物理的な彼女なんか必要ないだろ、と。
出逢いはお互い小学生だったらしいが、今は男子高校生と女子中学生。見た目にも全く違和感のない、お似合いのカップルに見える。だから、すぐさま慎に突っ込んだのだ。
『お前の大事な女の子に俺が手を出す訳がねーだろ。ってか、彼女なんて、瀬里香ちゃんいるんじゃ無理だよなー。何、瀬里香ちゃんが、高校生になるの待ってるとか? お互い好きなら別にいいじゃん。今時の中学生なら早くもねぇって!』
だってな。瀬里香ちゃんからは、慎のこと好き好きオーラが溢れ出てたし。慎の方は、完全に俺が瀬里香ちゃんに近づくの警戒してやがるし。絶対、幼馴染みなんて言ったって、付き合ってないだけで踏み出せてない好き同士だと推理したのだ。俺、間違ってないと思う。俺じゃなくても、絶対そう思ったはずだ。
だから、慎の発言に目が点になった俺の気持ちを、是非他の奴らにも味わってもらいたい。
『何言ってんだ、正義。お前の頭ん中は色恋ばっかかよ? 何でも自分の物差しで測るんじゃねぇ。瀬里香のことが大事なのは確かだが、あいつはただの幼馴染みだっての。手のかかる妹、的な』
あのなー。普通の幼馴染みやら妹なら、あんな熱の籠った眼で見たり……異性に対して俺のモノに近づくなオーラ出したりしねぇよ。ってか、ホント怖かったんだってば!!
「瀬里香じゃなきゃ、何?」
「まだ警戒してんのかよ……。ホント、お前は瀬里香ちゃん絡むと面倒くせぇな」
「話、聞かなくていいんだな?」
「ウソウソ。聞いて下さい、慎様!」
胡散臭げな目で見るのもヤメテ。今の俺のHPは残り僅かよ?
「この間、近くの公園に花見行っただろ。あの時一緒だった、瀬里香ちゃんのお姉さんのことが知りたいんだ!」
「は? お姉さん……って、愛也香さんのことか?」
「あやかさん? 彼女、あやかさんっていうんだ!?」
「あ、ああ。そうだけど……」
名前を聞いた瞬間。俺の中の女神様が、綺麗に色付き始める――。瀬里香ちゃんの苗字が河野だったから、河野あやか(漢字は不明。)さん! 名前まで美しいではないか!
「おい、正義。お前、愛也香さんに惚れたのか? 一応、あの人も幼馴染みと言えなくもないが、5歳上だからあんまり接点なくてさ」
「ってことは、ハイパーイケメンのお前がライバルってことにはならねーよな!?」
「どういう意味だ」
「少なくとも、あやかさんがお前に惚れてるとか元カノとかってのはないじゃん!」
「そりゃ、100%ないけどな」
眼をキラキラさせながら、更なる情報を求める俺。瀬里香ちゃんの名前から、まさか姉のあやかさんが出てくるとは予想外だったらしく、慎は珍しくオロオロしている。この態度、同じ幼馴染みでも、やっぱり瀬里香ちゃんが特別なんじゃないか。ただの幼馴染みなら、あやかさんだって大事だろうが。しかも、あんな女神様みたいな――神々しささえ感じられる美女なんだぞ? 瀬里香ちゃんも確かに規格外の美少女には違いないが、発展途上の幼さを含んでいる。対してあやかさんは、完成された美、だ。しかも、瀬里香ちゃんに話し掛ける声を一度だけ聞いたが、フワフワした砂糖菓子のような甘く可愛らしい少女のようだった。
「もう一度、会いたいんだ。頼む。紹介して」
「お前、前の彼女と別れたばっかじゃなかったか?」
「二股じゃないから問題ないよ。振られたけど、未練もないし」
「見た目だけで判断されんの、あの人嫌がるぞ?」
「確かに一目惚れだが、付き合いたいとかじゃなくて、会って話したい。視界に入りたい。俺という男を、認識してもらいたい」
「正義。お前……」
「本気なんだ。頼むよ、慎」
色んな表情を見てみたい。あの可愛らしい声で、俺を呼んで欲しい。笑い掛けられたら、心臓が止まるかもしれない。そして、もし彼女になってくれたら――。
「うわぁ~死んでしまうかも!」
「こら、何妄想してんだ。戻ってこい!」
頭をペシンと叩かれ、妄想の国から舞い戻った俺に。慎は仕方なく……といった風ではあるが情報を提供してくれた。ありがとう、持つべきものは優しい親友だ!
まずは、あやかさんの名前を漢字で教えてもらった。愛に、也、で香ると書いて愛也香――。スゴい、漢字で書いても美しい!
歳は、慎と同い年の俺より5つ上だから、21だそうだ。だが、見た目ではまだ女子高生に見えたくらいだ。実年齢より上に見られやすい俺にとっては好都合だ。5歳の歳の差など、気にする必要はない。
今は都内の女子大に通っているが、実家暮らしだそうだ。サークルなどには入っておらず、週末は家にいることが多いらしい。よし、ひとまず会いやすい環境ではないか。
「正義。愛也香さんに近づくんならな、ひとまず瀬里香に気に入られた方がいいぞ」
「何で? って、そんな嫌そうな顔で言うなよ」
そんな顔すんなら、瀬里香ちゃんの話しなきゃいいのに。そう思った俺だったが。慎の話を聞いてみると、瀬里香ちゃんのシスコンぶりに少々ドン引きしてしまった。
「あいつの許可が出ないと、まず半径1メートル以内に入れると思うな」
「いや、どんだけお姉ちゃん大好きなの、瀬里香ちゃん!?」
「今までの彼氏候補たち、外見だけ狙いのアホ男を的確に判断して物理的に排除してるからな」
「うわぁ~。物理的、って。可愛らしいあの顔からは想像もつかないよ……」
そういや、前に言ってたっけ。親父さんが剣道の師範であり、インターハイやらあらゆる全国大会優勝者である慎と共に稽古を積み、同年代の女子の中ではトップレベルの剣の腕前だとか。
「あとは、精神的にもダメージ食らうぞ。愛也香さんの素晴らしさを、余すことなく間違いなく説明しなきゃならねぇ。それから、姉ラブポイントを語る瀬里香から逃げず、同調して聞かなければならない」
「え。そんなんでいいの?」
「――お前も同類かよ」
だって。愛也香さんの美しさなら、俺だってドン引きされるレベルで語れると思う! 確かに、まだ話したこともないから内面を知るのはこれからだが。
「よーし! 今週末だな。予定空けといてくれよ。決めたら早い方がいい。愛也香さんだけじゃなくて、瀬里香ちゃんの予定も聞いといてくれよなっ」
「はぁ……。仕方ねーなぁ」
「お前だって、瀬里香ちゃんと会えるじゃん。良かっただろー?」
「いや、俺はお前のこと関係なく、いつでも会えるし」
「良かった、ってのは否定しないのねー」
全くこいつは……。無自覚にも程がある。あと数年もすれば、更に華開いて今以上に周囲を牽制しなきゃならなくなるだろうに。
まあ、慎と瀬里香ちゃんのことは後回しだ。今は、俺の運命がかかっている! 愛也香さんと、お近づきになれるか。あわよくば彼氏になれるか……!
残念ながら、その週末は愛也香さんに珍しく予定があったらしく。泣く泣く次の週末まで待つことになった。
そして迎えた、運命の再会の日。この日を迎えるまで、俺は無駄に趣味の筋トレとランニングで身体を鍛え抜き。ただでさえガチムチな肉体を更に強固なモノにしてしまった。愛也香さん、筋肉質が苦手とか嫌いとか……ないだろうか? 先に慎から聞いておくんだった!
「あ? マッチョ嫌いかって? 悪い、愛也香さんとは、そんな話す機会もないから知らないんだよな。男の好みとか」
「マジかー。じゃあ、今までの彼氏とかは? フリーだってのは、信じていいのかなぁ」
「フリーなのは、瀬里香から聞いたから間違いねぇよ。安心しろ。男性遍歴はなぁ……取り敢えず、男運悪い気がするな。瀬里香が言うには、男を見る目がないそうだ」
「それ、俺が気に入られたら喜べないじゃん!?」
男見る目がない愛也香さんとお近づきになる、ってことは俺がダメな男にならなきゃ……ってこと? いやいや、それでは意味がない。瀬里香ちゃんに嫌われるだろうし。
ちなみに。親友の慎にしろ、美人姉妹の愛也香さんと瀬里香ちゃんにしろ。俺の周囲は、顔面偏差値が高過ぎである。
高校に入って慎と友人になるまでは、割とモテてはいたし、自分ではイケてる方だと思っていた。顔はまあまあ、イケメンと呼ばれるレベルだし。190近い高身長で、筋トレが趣味のせいかマッチョ体型。慎みたいな細身の筋肉質とは違い、一部女子からは敬遠されはするが、気にしたことはない。
彼女を作ろうともしない慎とは違い、中学生の終わり頃の初彼女から何人か彼女は出来たが、全部告白されて付き合っては振られて別れた。理由は、総じて愛されてる気がしないから、だ。いや、だって好きじゃなくてもいいから付き合って、って言ったのそっちだろ! と毎回頭を抱えることに。
だから、愛也香さんは俺にとって初めて本気で自分から惚れた、運命の女性なのだ。そう、多分初恋なんだと思う。
「お、瀬里香が呼んでる。チャイム押さなくていいから入れ、って」
「おぉ……スゲーな、幼馴染み!」
羨ましいぞ、ホント。俺が慎なら、幼馴染みの特権使いまくって溺愛して骨抜きにして、心も身体も全て手に入れてしまうぞ。
不埒なことを考えていたのがバレたのか、下心なんか物理的排除一直線だ、と笑顔で爽やかに言われてしまった。エスパーか、お前は!
「いらっしゃい! 慎……と、マサヨシさん?」
「こんにちは、瀬里香ちゃん。まだ会ったの片手で足りるくらいだもんねー。名前も怪しいよな」
「うっ……ごめんなさい。合ってましたか?」
「うん、合ってるよー。織部正義といいます。正義と書いて、正義、だよ」
「おぉっ! 正義! ジャスティス!!」
何か、いちいち反応が可愛いなぁ~。こりゃ、慎もほっとけない訳だ。表情もクルクル変わるし、見ていて飽きないというか。
「正義くん?」
「な、何だよ、慎。くん、なんて気持ち悪ぃ……」
やべぇ。地雷踏んでないか、俺!? やめてよ、まだ愛也香さんに会えてないんだからな!
「――慎くん、いらっしゃい。それと……もしかして、この間のお花見の時に会った、お友達?」
その時。背後から、女神が降臨された――――――。
この間、って! 俺のこと覚えてくれてる!? マジで!?
「正義。おい、しっかりしろ! 息してるか?」
「あ、ああ……。大丈夫。生きてる」
大丈夫じゃねーな、と慎の声がするが。俺は目の前の愛也香さんを見つめるのに夢中だ。夢にまで見た、生愛也香さん。ここは愛也香さんの住む家、正に聖地で。既に俺に微笑みかけてくれている。ヤバい、心臓飛び出る!
「ちょっと、慎。正義くん、大丈夫なの?」
「いや、多分三途の川渡りかけてるな」
「呼び戻そうか? 物理的に」
何やら物騒な話が聞こえてはくるが、身体が硬直したように動かない。愛也香さんを見つめたまま、文字通り固まってしまっている。
「えっと、ね。お姉ちゃん。私もまだ何回かしか会ったことはないんだけど、慎に初めて出来た親友の正義くんだよ」
「瀬里香。何だよ、その説明」
「だって、ホントじゃん。慎ってば、今まで男同士でつるんだりもしなかったし」
「まあ、正義は一緒にいても気楽っていうか……」
「ふふふ。そうなの? 慎くんは、一匹狼みたいなところがあったものね。その慎くんとお友達になってくれたんでしょう。正義くんは、とってもいい人なのね」
「え、えっ!?」
顔が赤く染まるのが、分かる。どうしよう。破壊力半端ないです。名前呼ばれちゃったよ……はぅあー。しかも、いい人、って!
「これからも、慎くんをよろしくね?」
ふわり、女神の微笑み――。あ、天に召されたかも。我が人生に、悔いなし……って、違うだろ!
「あ、あの! 愛也香さん!!」
「は、はいっ?」
「俺、俺。織部、正義と申します!」
「も、申します?」
「俺、いや、僕は……あなたが好きです!!!!」
あれ? 俺、何言っちゃってんの?
「え、えっ。あの、私……」
「ご、ごめんなさいっ! いきなり、俺ってば、何言い出してっ!?」
「え? 嘘、なの?」
「はぇっ!? まさか! 本気ですっ。真剣なんですっ!」
気づけば、俺は無意識に愛也香さんの白くて細い、折れそうな手首を握り、至近距離で女神のご尊顔を熱く見つめていた。
「あ、あのっ。私、その――」
「まさよしくーん! ハイ、お座り!!」
「ぅえっ!?」
俺の暴挙は、当然、瀬里香ちゃんの物理的攻撃に阻止されることになる。首根っこを掴まれ、その場に正座させられてしまった。いや、うん。悪いのは俺ですから! 不満なんてありませんとも!
「あのね。正義くんは、せっかくお姉ちゃんのタイプ、ドストライクなんだから。まずは、お友達から、だよ!」
「へっ? 好み? 俺が……」
「そうだよ。けしからん筋肉美。しかも170cmで女にしては高めのお姉ちゃんより、かなりの高身長で合格!」
「俺、趣味が筋トレなんだよね。無駄に鍛えてて良かったぁ」
「無駄じゃないよ。役に立ってるじゃん」
「うぅっ。瀬里香ちゃん、いい子~」
中学生女子の前で正座する、という間抜けな俺だったが。ハッと愛しの女神様をハンターのように目で追いかける。果たして、愛也香さんはその場にへたり込んで、顔を真っ赤にしていた。ズキューン! 俺、また天に召されたよ。
「あのね。正義くん?」
「は、はい! あ、愛也香さんっ」
「私、上辺だけで近づいてくる男の人が苦手で……」
うっ。正に、一目惚れだからそのククリに入ってしまうよな?
「でもね。正義くんは、私のタイプの筋肉で……えっと、」
「マッチョ、好きですか?」
「あ、はい! ガッチリしてる人がタイプで、」
「脱ぎます?」
「えぇっ!?」
「いくらでも、見て下さい!」
またもや暴走しかけた俺を、今度は慎が物理的に止めた。張り倒すとか、プロレスかよ! 愛也香さん、好きみたいだけどさ!?
「お前も、愛也香さんも。一回落ち着いて。お互い、タイプがハマったんだろ? 良かったじゃないか。じゃあ、これから中身もゆっくり知っていけばいいんじゃないか?」
「あ、ああ」
「でも。私、正義くんより5つも歳が上だし……」
「愛也香さん! 歳の差なんて、大したことじゃないです。それに、俺が老け顔なんで問題ないですよ」
「そんな、老け顔なんてっ。正義くん、とってもカッコいいのに!」
「えぇっ!?」
この人、俺を萌え殺す気なんですか! カッコいい、って。愛也香さんにカッコいいって言われるなんて!!
「はぁ~。慎、もうほっとこ。これ、アレよね。バカップル、ってヤツ」
「そうだな。俺もアホらしくなってきた。もういいだろ? 排除しなくても」
「うん。正義くんなら、お姉ちゃんを任せられそう。まだ……安心は、出来ないけどね」
こうして。俺と愛也香さんの、清く正しい、お友達からのお付き合いが始まったのだった。――この時、俺は高2になったばかり。愛也香さんは大学卒業の歳。運命の女神様と付き合える喜びでウキウキしていて、彼女の方が5歳上、という大変さを全く理解していなかったのだ。
まず。愛也香さんはとにかく自分に自信のないタイプだというのが分かり、俺は瀬里香ちゃんと結託した。どれだけ愛也香さんが美しく、モデル並みのスタイルの良さを持っているか。俺を始めとして、日頃から一目惚れされるし告白はされるんだから、モテる自覚を持ってもらいたいことを毎日のように説得し続けた。
いくら瀬里香ちゃんが誉め讃えても自覚してくれないとぼやいていたので、彼氏である俺の出番だった訳だ。
モテる自覚のない彼女は、今まで無意識に異性に愛想を振り撒いている感じがあり、瀬里香ちゃんが言うところのダメンズたちを惹き付けていたらしい。
漸く自覚してくれた愛也香さんは、俺に愛されてる喜びに満ち溢れ――結果、更にモテモテになってしまったのだが。これは仕方ないだろう。不可抗力、というヤツだ。
「正義くんは、外見から私を好きになってくれたけど。中身の私も知って、幻滅したりしてない?」
「まさか! むしろ、益々愛が増したけど。何、まだ俺の愛を疑ってんの?」
「ち、違うよっ。だって、私ばっかり、どんどん正義くんに夢中になっていっちゃって……年上なのに、全然しっかりしてないし」
「愛也香さん。いや――愛也香?」
「ふぇっ!?」
モテる自覚が漸く出来たかと思えば。今度は、俺に愛されてる自覚が足りないようだ。ありったけのイケボイスで、初めて名前を呼び捨ててみると。効果は絶大のようで、へにゃへにゃと腰砕けになって座り込んでしまった。
「キスして、いい?」
「えっ。う、うん」
付き合って3ヶ月も経つのに、キス一つするのに緊張してしまう彼女が――どうしようもなく、可愛い。有り余る思春期の性欲に流されず、本当に大事に、真綿に包むように抱き締めるだけでも癒やされる。そこまで執着のなかった歴代の彼女たちには、抱いて欲しいと言われれば躊躇いなくイタシテいたのも懐かしく感じる。枯れちまったかって? まさか、そんな訳はない。思いのままに突っ込んで、激しく揺さぶってやりたい気持ちだって、あるのだ。
「正義くん……。私、瀬里香みたいに胸大きくないし、やっぱり性的な目では見れないのかなぁ?」
そこへ来て、この爆弾発言だ。あれ、俺、理性試されてんのかな!?
「んな訳ないよ。今だって、抱き潰したいの、必死に抑えてる」
「何で、抑えちゃうの……? 私だって、もっと正義くんに触れたいよ。抱いて、欲しいもん」
「愛也香――」
「正義くんは、私にモテる自覚持てって言ってくれたけど。正義くんだって、また告白されたでしょ? 私、知ってるんだからねっ」
「えっ。愛也香、ヤキモチ妬いてくれてんの?」
「妬いちゃダメ? 私だって、正義くんが大好きなんだから! 正義くんにだって、負けないんだからっ」
ぎゅうっ、と抱きついてくる柔らかさと。鼻を擽る愛也香の甘い香り。頭がクラクラと酸欠状態になっていく。
「ねえ。愛也香は、俺をどうしたいの? こんな煽ってくれちゃって、もう大事にしてやれそうにないんだけど」
「いいよ。めちゃくちゃにして欲しい。私を、ちゃんと正義くんの彼女にして?」
上目遣いの彼女は、正しく天使の皮を被った小悪魔だった。
「分かった。男を煽ったらどうなるか、教えてあげるよ」
「っ! よ、よろしくお願い、します……?」
「ハハッ! やっぱり愛也香は可愛いなー」
チュッ、と額に口付けてやれば。そこじゃないもん、と不満そうな顔を見せる。うん、もちろんわざとだからね。
「じゃあ、俺の膝に乗ってよ」
「えぇっ。お、重いよ?」
「ぜーんぜん。鍛えてるからさ、何せマッチョだし。好きでしょ、愛也香?」
「ハイ」
真っ赤に染まった頬にも口付け。漸く、待ちわびて薄く開かれた瑞々しい口唇に、噛みつくようにキスを送る。間髪いれずに舌を差し入れ、思う存分吸い上げてやれば。あっという間に蕩けきった愛也香の表情が見え、それに満足出来ない俺は、更に口腔内を暴れ回った。
「あ、やべっ」
更に更に、愛也香を堪能しようと。片手をゆっくりと肢体に這わせていた俺だった、が。
「ゴメン、愛也香。これ以上は、ダメだ」
「えっ……何でっ?」
既に息も絶え絶えで目には一杯涙を溜めて、表情だけでもかなりのエロさを提供してくれている愛也香だが、突然の俺のお預け発言に我に返ったようだ。
「あのね。ここ、愛也香の家でしょ? 今は都合良く誰もいないけどさ、瀬里香ちゃんだってそのうち帰ってくるし。ご両親だって何時帰ってくるか分かんないよ」
「両親は……夜遅いけど。瀬里香は――うぅ。今日は真っ直ぐ帰ってくるかも。正義くんと早く帰る、って教えたら喜んでたし」
「さすがに俺、本当に物理的排除されるのイヤだし」
乱してしまった愛也香の服を見ないようにして整えると、俺は優しく頭頂部にキスを落として立ち上がる。――辛いんだけどな、色んな意味で。まずはトイレにでも駆け込みたいところだ。
「あの、正義くん……」
「んー?」
「今度は、最後まで、シテね?」
「………………ハイ。」
速攻で、トイレに駆け込んだ。瀬里香ちゃんに物理的にヤられる前に、最愛の彼女に殺されるよ!!
そんなこんなで。
それから数日後に、改めて更に仲良くなった俺たちだった訳だが。
「あー。俺、何で高校生なんだろ……」
「仕方ないだろ。まだ17歳だもんな」
「うぁ~! 何で男は18まで結婚できねーんだよ!?」
「法律で決まってるからな」
「お前は何でそんなに冷静なコメントなの」
「いちいち相手してくれてるだけでも有難いと思え」
それはごもっとも。
ありえないことではあるが、こいつが俺と同じことをしてたらウザいと思うはずだ。流すか、無視するかの二択になるだろう。
「結婚したいのか?」
「んー。というか、ずっと一緒に居たい」
「同棲したい、ってか」
「だって、高校生の俺とじゃ、そもそも生活サイクルも違うし」
「そんなこと言えば、社会人の方がすれ違いまくりだろうが」
正論ではあるが、とにかく一緒に居たい俺の気持ちがこいつには分からんのか。――分かんねぇよな。瀬里香ちゃんは隣に住んでるし。中学生だから、高校生とは基本的にサイクル近いし。
「不安、か?」
「それは……まあ。愛也香、相変わらずモテモテだし。心変わりの心配はしてないけど、物理的に距離が遠い」
「地下鉄二駅の距離で何言ってんだ。世の遠距離恋愛の奴ら敵に回す気か」
「慎には分かんねーよ」
気にしない、と思っていた5つの歳の差だったが。順調に付き合えていても、俺たちの間に障害となって立ちはだかるのだ。
就活だ、卒論だ、試験のための勉強だ。大学の卒業を控えた愛也香は、とんでもなく忙しい。疲れていても俺に会いたがってくれるから、自由な身の俺がポチの如く駆け付けては癒やしてあげる……と言いながら、実際は俺が満たされてるだけのような気がする。
そして、今度は俺の方が大学受験を控えて予備校通いやら何やらで忙しくなってくる。彼女の方も、社会人一年生となり、慣れない仕事でクタクタになって。お互いに、いつしか会う時間も削られていく。
このままでは、絶望的なすれ違いだ! 慎が社会人の方がすれ違いまくりだろうと話していたことが、完全に現実になっている。
かと言って、法的に結婚が許される18歳になったとはいえ、今すぐ結婚できるかというと――答えはノーだ。現実的に考えて、ただの高校生でしかない俺が社会人として自分で稼いでいる彼女に求婚など出来る訳はない。好きだからー結婚シマショー、なんて簡単ではないのだ。
そこで俺は、外堀から埋める計画を立てることにした。
第一関門のはずだった妹の瀬里香ちゃんは、愛也香ラブ同士、めちゃくちゃ仲良くなれた。既に、本当に妹みたいなもんだ。次に、お義母さんだが。ノリがいい人で、もうお婿に来ちゃいなさい、と愛也香がいない時でも家に呼びつけては美味しい御飯で餌付けされている。瀬里香ちゃん曰く、沢山気持ち良く食べてくれるから嬉しいらしい。だって、身体動かすの好きだからかしょっちゅう腹減らしてるしなー。ご馳走になりながら、自分の家に帰っても飯食ってるし。
最後の関門のお義父さんだが、初対面は緊張するかと思ったが、あまりの若さと美貌に言葉を失くし。愛也香に続き、同じ男だというのに見惚れてしまった。いや、ソッチの趣味はないからね!? それだけ、衝撃的な美しさだったのだ。さすが、愛也香と瀬里香ちゃんの父だ。愛也香は完全にお義父さん似だった。――ちなみに、お義母さんはクールビューティーな美女で。――俺、この一家と一生付き合っていかなきゃなのに(決定事項)大丈夫かな? 顔面偏差値的な意味で。
顔面のことはさておき。そのお義父さんから、俺は願ってもないアプローチを受けた。俺が筋トレ趣味だと知ったらしく、将来インストラクター的な仕事に興味がないかと訊かれたのだ。
「実は、僕はいくつかジムとかダンススタジオを所有しているんだけどね。社長という肩書きはあるけど、実質的には経営中心なんだが。あ、これパンフレットだよ」
「えぇっ! 俺、知ってますよ。結構大きいグループじゃないですか!?」
「大げさだなぁ。最近やっと軌道に乗ってきたような会社だよ?」
いやいや。テレビや雑誌、ネットでもかなり取り上げられてるよ。うわー。愛也香ってば、社長令嬢だったんだ! 天は二物を与えない、とか嘘だよな。まあ顔だけでなく性格もいい時点で既に二物以上なんだけど。
「インストラクター、なれるんですかね。俺みたいなので」
「向いてると思うよ。結構ストイックに筋肉鍛えてるよね。愛也香好みの、いい筋肉」
「え、そこ基準なんすか!?」
「正義くん、大学は体育大を受けるんだろ?」
「あ、はい。愛也香さんから聞きましたか?」
インストラクター、とか具体的に進路を考えてはいなかったが。趣味を仕事に出来る道はないかと、大学を選んでいたのだ。愛也香には大層喜ばれたのを思い出す。
「インストラクターでなくても、まあいいんだけどね。正義くん、家に婿に入る気はある? 静香が――妻が婿に来い、って誘ってるよね?」
「えぇっ。でも、あれはお義母さんのノリで……」
「あはは。まあ、半分はね。でも、割と本気だと思うよ。妻も、仕事では僕と共同経営だから。仕事のスカウトも兼ねて、将来僕たちの後を継いでみないかな?」
「――ハッ!?」
あれ、何コレ。勧誘? 婿に、後継ぎに、なってくれ、って言ってる?
「ああ、勘違いしないでね。愛也香に頼まれたとかは一切ないから。純粋に僕と妻の要望。君の筋肉を見込んで、ってことかな。後は、愛也香を心底愛してくれている」
「それは……光栄です、けど」
「考えておいてくれるかな? もちろん、君が大学を出てからで構わない。でも、愛也香と結婚してくれるなら、在学中でも少しずつ仕事をしてみないかい? バイトからでいいからね」
外堀を埋めるつもりが、俺が埋められてる気がします……。心から、筋肉に感謝したい! 鍛えてて、ホント良かった。
ガッチリと握手を交わした俺とお義父さんは、愛也香には内緒で大学入学してからのプランを練ることになった。
第一条件は、大学受験に成功することであるのは間違いないが。愛也香への愛を貫くこと、当然愛也香の信頼を裏切らないのが絶対条件だ。そこは、生涯ぶれることはないと言い切れる。今じゃ、愛也香以外の女に勃つ気すらしないのだ。
「大学入学おめでとう! 正義くんっ」
無事に有名体育大学に合格した俺は、暫く我慢して会うのすら自粛していた反動でその日は愛也香を抱き潰した。
夜が明けるまで愛し合い、満足して眠りについた俺だったが、あまりの濃密さでダウンした愛也香が目覚めたのは昼過ぎのことだった。スマン、制御なんて出来ませんでした! 仕事の休みを取ってなければ、さすがに恨まれたかもしれない。
そこで初めて。俺は、お義父さんと交わした約束を含めて愛也香に説明をした。
要するに、正式な、プロポーズとなる。だって、婿に入るだの、後を継いでもらうだの。どう考えても、愛也香との結婚が条件なのだから。
「ま、正義くん……」
「うん。だからさ、今すぐじゃないけど。俺と……僕と、結婚して下さい。お嫁さんになって、っていうか。お婿さんに貰ってくれるかな?」
「えぇっ。私が貰う方なのっ?」
「ハハッ。そうなるよね、こうなっちゃうと」
何とも間抜けなプロポーズだが。涙腺が崩壊している愛也香は、顔がぐちゃぐちゃになっている。ああ、分かっちゃいたけど――喜んでてくれて、ホント良かった。
「結婚。いつになるのかなぁ?」
「そうだなぁ……。お義父さんは在学中でもいいって言ってくれたけど。さすがに、俺も勉強しなきゃだし。仕事もしてみないと分かんないし」
「えっと――じゃあ、同居は、ダメ?」
「さすがに、実家出て同棲するには親の臑齧りの分際じゃ無理だよー」
「それは、分かってるよ。だから、同居……私の家で暮らすのは、ダメかなぁ? 両親公認なんだし、正義くんさえ良かったら、だけど」
「えぇっ!?」
まさかの、愛也香からの提案に、一も二もなく頷いてしまった。
瀬里香ちゃんにも大歓迎され、あっという間に家の両親まで巻き込んで。気づいたら外堀は完璧に埋め尽くされており。
いつでも、結婚できる状態だな。うん!
「――という訳で。来年の6月に式挙げるから。披露宴とかはやんないけど、ガーデンパーティーするから。お前は強制出席だからな、俺たちのキューピッド様だから!」
「あー。俺は何処から突っ込めばいいんだ? 外堀埋められた、って何なのソレ」
「いや~瀬里香ちゃんの婿に入るの狙ってたんならゴメンなぁ」
「狙ってねぇよ!」
慎の全力の突っ込みを有り難く頂戴する。基本的に、あまり感情を表に出さないタイプだからな。とにかくレアなのだ。
「瀬里香から、ところどころ聞いてはいたが……あんまり会うことないから知らなかった分、おじさんの行動力にビックリだ」
「あっはっは。お義父さん、スゲーよな。今の部下たちがさ、使えない連中みたいで。やっぱ筋肉バカって、脳筋だらけじゃん。そこで、これから学ぶ俺に目をつけてくれたんだよねー。お義父さん好みに育って見せるよ、俺は!」
「だから大学入ってから、おじさんとこでバイトしてたのか」
「そうそう。慎もホントは後継ぎ候補だったんだからな? 大学だって、剣道の推薦で俺と一緒だし」
「いやいや、何で俺? お前とは違って、瀬里香とはただの幼馴染みだってのに」
まだ言うか、この男は。ホント、瀬里香ちゃん可哀想……。今年はもう、高2。愛也香とは別方向の美少女っぷりで、更なる魅力を振り撒いているのに――一途に想い続ける相手がこの恋愛音痴じゃなぁ。
慎の方はといえば。大学のミスターに1年にして選ばれたクセに、速攻で辞退した挙げ句、告白してくる女共は剣を振り抜くかのように一刀両断。
だが、学園祭に遊びに来た瀬里香ちゃんに甘く蕩けるような表情を向け、周囲を腰砕けにした。男女問わず、だ。(さすがに俺は大丈夫。免疫あるし)
それ以来、慎に大事なお姫様がいることは周知の事実となり、告白してくる勇者はめっきり減ってしまった。瀬里香ちゃんを見たことがない勇者は除く。だってなー、瀬里香ちゃん見たら勝てる筈ないって諦めもつくから。
「俺のことはいいんだけどさ――その。まあ、おめでとう」
「ッ!」
珍しく、照れたような表情。慎から祝福の言葉を貰えたことに感激して、俺は慎の両手を握り締めてブンブン振ってやった。
「ありがとう、慎! お前も早く素直になって幸せ掴めよ!!」
だから俺は関係ない、などとボヤクのは無視することにする。俺たち、将来は親友兼義兄弟だからな。お義兄様の言うことは聞くんだぞ!
誰がお義兄様だ! と心底嫌そうに言ってるのは、聞こえないフリだ。
「桜、キレイだねぇ~」
挙式まで3ヶ月を切った、3月末。
俺は、愛也香を連れて近所の公園までやって来た。桜の名所、とまではいかないが。近場では有名な桜スポットである。
この公園は、実は初めて愛也香に出会った思い出の場所でもある。慎が瀬里香ちゃんと花見でもしようかと待ち合わせていたところに一緒に向かい、たまたま春休みで家にいた愛也香も着いて来て――。
「懐かしい、ね。あれから4年経ったんだなぁ」
「愛也香……覚えて、たんだ?」
「当然! だから、連れてきてくれたんでしょ? 私にも、ここは正義くんに会えた大切な思い出の場所だよ」
「俺だけじゃなかったんだ?」
運命の、女神様に出逢えたと思った。染めていない色素の薄いふわふわの天パの髪が風に舞い上がって――薄紅色に見えた。桜の色に重なって、まるで花の精のように見えて。
「理想の塊みたいな男の人が、私を熱い眼差しで見つめてたの。外見だけで近づいて来る男の人なんて、苦手だったはずなのに。正義くんのことが、頭から離れなくて――何度も、瀬里香や慎くんにお願いしようと思って、でも出来なくて。私なんか、高校生の男の子から見たらオバサンだし」
「――愛也香も、一目惚れだったの?」
「ハイ」
花が開くような、女神の微笑み。引き寄せられるかのように自然に抱き合った俺たちは、人目も気にせずに口付けを交わす。
風が一際大きく吹いて、花びらが舞い踊り――。
「キレイ……」
いや、花吹雪よりも愛也香の方が綺麗だよ。さすがに恥ずかしくて、口には出せないが。代わりに、もう一度。桜色の口唇に、キスを落とす。
「愛してる」
よっぽど、こっちのセリフの方が恥ずかしいかもしれないな、と考えながら。嬉しそうに微笑む最愛の女神が、この腕の中にいる幸せを堪能することにした。
そして、挙式の後、異世界に召喚される瀬里香と慎なのです。
本編でも、閑話などでちょいちょい出してるので、この話から入った方はよろしければ本編も是非(笑)←宣伝。
男性視点、下手なんですが正義がはっちゃけてるキャラなんで、書いてて楽しかったです。
そして、まだ桜が咲いてるうちに出せて良かった…。北国、まだ寒いッス。