第5話 弱者の出たとこ勝負
「ふーん。お前も災難だったなあ。思春期特有の何かよく分からん悩みで外にでて、マヤカシに出会うなんて」
思春期特有とか、僕よりも更に幼いような少女に言われ、馬鹿にされていた。僕に同情しているようにも聞こえるけど、少女の表情は今も三日月の様に笑っていた。
自分の失態により、マヤカシに出会い縛葉夏に助けられたことも喋ってしまった。
今まで誰にも話したことは無かったのに。もしや、この少女は聞き上手なのかもしれない。
「いや、ちげえよ。お前が弱いだけだろ。なんだかんだ、誰かに喋りたかったんじゃねえのか?」
確かに。僕がもっと強かったらこうやって喋ることは無かったかもしれない。羽衣に脅されることも無かったのか。
「まあ、お前が強かったらとかそんな空想は置いといて、オレが大事なのは大切なのはその縛葉夏って奴だな」
「縛葉夏?」
「ああ。マヤカシを倒す程強いんだろ?まあどんなマヤカシにもよるんだが、一回戦ってみてえよなあ?ははッ」
雲行きが怪しい。いや、最初から怪しかったのだけれど、もう雨でも振りそうな位、展開が悪かった。
「もしかして、縛葉夏と戦いたいのか?」
「そうだぜ。それ以外何がある?オレはずっと誰かと戦いたいのさ。」
「そ、そうか。じゃあ頑張れよ!」
僕はそう言って帰ろうとする。しかし少女の手は僕の腕を掴み、離さない。痛い。
「いやいや。何でお前を引きとめたか分かるだろう?」
「分からないなあ!」
「こういう時だけ、元気だなお前。良いのか?お前は今腕を、主導権を握られているんだぜ?ここでオレが力を入れたら、どうなると思う?」
少女は、羽衣は僕を脅していた。
そりゃ最初は殴りかかってきたけれど、意外と話しやすい奴かと思ったのに。
いや違うな。
最初から羽衣はそのつもりだったんだ。
戦う意思しか無いんだ。悪意とか悪気とかそんなものは無くて、この子には戦意しかない。
戦意だけがこの子を動かしているのだ。
どうする。最近はいつもこうなのだけど、僕に抵抗する気はない。
抵抗する力がない。
今僕が無駄に喚いても腕を握り潰される未来しか、見えない。しかし、縛さんにこの少女と会わせて良いのか、それは裏切りではないのか。
恩人である縛さんにそんなことをしても良いのか。
どうすればいい。今助けを呼ぶことも出来ない。
ここは滅多に人が通らないのだ。
まあ、助けを呼ぼうとした瞬間にやられそうなんだが。
選択肢は限りなく少なくて、僕の良心と保身がせめぎ合っていて、何も羽衣に返すことが出来なかった。
僕は、僕はどうすればいい───
「オレは曖昧な言葉が嫌いだ。返事を聞こうか。シンプルにはいかいいえで答えてくれよ。」
「い、いい」
腕が軋んだ。ミシッとたててはいけない音を僕の右腕がたてていた。
どれくらい少女が力を入れているのか、羽衣の顔が初めて、あの三日月の表情が消えていた。
今はただ、口が真っ直ぐに結ばれ、目から光が消えていた。
「なあ。何でだよ。何でオレはいつもそうなんだ。なあ、何故上手くいかない。思うようにいかない。どうしてだ。オレが悪いのか。」
羽衣はぶつぶつと、それでいて何かに反抗するように力強く責め立てだした。
僕を責めているのかと思ったけどどうやら違うようで、自分自身を攻撃しているようだった。
僕の右腕を掴んでいる、左手でないほうで頭をガリガリと掻いていた。よく分からないけど、話すなら今しかない。
「ああ。お前が悪い。」
「何でだよ!オレはあの中では一番だったんだ。分かるか?強かったんだよ!なのに、何で上手くいかないんだよ!あいつらはどうしてオレから…」
羽衣は後悔しているようだった。何があったのかは僕は知らないけど、別に知りたくはないけど、それでも今がチャンスだ。
「お前は強いかもしれないけど、それはただ強いだけだよ」
僕がただ弱いように。
「強いだけじゃ何もできないんだ。力づくで誰かを従わせようとしても、そんなのは上手くいかない。絶対に反抗するんだよ。僕のようにね」
「じゃあ、どうすれば良い。オレは何も分からなくなってきた。強いことだけが、相手に勝つことがもっとあいつらと仲良くなれる方法だと思ったのに……」
「そうかそいつらと仲良くなりたいのか…ん?」
待ってくれ。今は何の話をしているんだっけ。相手を従わせる為に強くなりたい、という話ではないのか?仲良くなりたい?え?
「オレは最初あいつらより弱かった。そして、いつもオレは一人だったんだ。でも強くなりたいって何度も戦っていたら段々と一人じゃなくなってたんだ。だから。オレはもっと強くなろうと思ったんだ。何回も何回も戦って、強くなろうと。そしたら、誰も居なくなってた。あいつらはオレから離れていたんだ。
だから、オレはもっと強くなきゃいけないんだって思ったんだ」
何ということだ。何なんだ。
この女の子は。只の戦闘狂かと思ったのに。
最初からそうだったのか。そいつらと仲良くなりたくて、僕を殴り飛ばしたのだろうか。戦いを続けていたのか。なんて不器用な。
なんて傍迷惑な、幼女なのか。
久しぶりに腹が立った。温厚さ、適当さでは学年で3位を誇る程の僕だけれど、これには怒っても許されるだろう。
怒っても良い案件、事件である。
僕は自分にしては珍しく、自ら羽衣に向かって言った。
「確かにお前は強い。僕より」
「ああ、まあそうだぜ。お前よりも弱かったらあいつらとは友達になんてなれないんだよ」
羽衣は自信満々にそう答える。
「強いけど」
「ん?」
「でも、僕に負けるよ」
「あ?」
羽衣は首を傾げる。僕が言ったことを本当には飲み込めていない。
本気にしておらず、冗談だと思っているのだろう。
「何言ってるんだ?さっきお前はオレが強いって言っただろうが」
「そうだね」
「だったら、何でオレに勝てるんだよ」
「勝てるんだよ。例え弱くとも、お前に僕は勝てる」
羽衣の表情が歪む。眉間にシワを寄せ、僕を睨んだ。
鋭い歯で羽衣は自らの唇を噛んでいた。
「何言ってんだよ。勝てねえよ!現に今お前はオレにこうやって脅されてんじゃねえか!」
まあ確かにそうだし、この状況じゃ無理だろう。羽衣には勝てない。でも───
「今は勝てないけど。明日。明日ならお前に勝てる。勝つことが出来る」
苦肉の策だった。苦渋の決断だった。明日とか言って、この場を乗り切ろうとする無謀な作戦だ。
羽衣の僕の腕を掴む力が強くなる。
何かギリギリと音を立てているし、折れてるかもしれない。
めちゃくちゃ痛いがやるしかない。
「今お前をぶっ倒しても良いんだぞ。明日なんて言わずこの場で戦ってみるか?」
そう言って羽衣は左手を握りしめ、いつでも殴れるように準備した。
それはマズイ。まじでマズイ。どうやっても勝てないだろ。
これでぶん殴られて終わるのか?
いや、まだだ。まだ、失敗したわけじゃない。まだだ。
「怖いのか?」
「ああ!?」
「今まで戦って、強くなったのに。この弱い僕に負けるのが怖いのか?強いお前が明日になる位待ってやれないのか?」
「…」
羽衣は僕を睨んだまま黙っている。いや本当にこのままはマズイ。お願いします本当に。明日、明日まで待ってください。
「…分かった。明日まで待ってやる。オレは強いからな」
「ああ。」
「ただし、絶対に逃げるなよ?お前の匂いは覚えたからな」
怖いよ。いつのまにか自分の匂いを覚えられていた。
犬かよ。
逃げても、捕まえることが出来るのだろうか。普通はできっこないと一蹴するけど、あの身体能力を見せつけられた今では否定出来ない。
どんな女の子だ、高性能すぎるだろう。
「ああ。絶対に逃げない。僕はお前に勝って見せよう」
「ははッ、言うじゃないか!簡単にお前に勝ってつまらないと思ったんだよ。そうだ、勝負というのはこうじゃなくちゃな!」
羽衣は笑う。三日月がその顔に浮かぶ。
───そして僕の成り行き勝負が、始まる。