第4話 暴力幼女との邂逅
「ふんふん、やっぱり匂うなあ。普通の人ではあり得ないんだよねえ。この匂いがするなんて。君がそうならば当たり前なんだけど、どうみても君は人間だ。何でだろうなあ、不思議だなあ。」
三日月の様に口がつり上がっている幼女がいた。
僕がいるのは学校の体育館の裏。
日が当たらず、人目に付かない場所である。
今の時刻は午後の5時32分。
いつもならとっくに帰っている時間だ。自分のロッカーに入っていた、手紙通りにここに来た。
それは古き良きラブコメで見るような、ラブレターのようであった。
悪戯かもしれないけど、まあそれはそれで良いかと思って、ワクワクドキドキしながらここにやってきたのだ。
そこにいたのは幼女であった。
何が可笑しいのか分からないが、心の底から笑っているようだった。
それも僕が三日前に会った縛 葉夏よりも更に幼い女の子だ。
僕の腹の辺りにその頭があり、僕よりも四、五歳は下に見えた。
だが、僕と同じ学校の制服を着ており、同じ学年のようだった。
同学年の女子は赤い小さなリボンを胸に着けている。
今まで何回も見た制服だが、この女の子は見たことが無かった。この人は誰だ?ただの人ではない。
僕はそう、感じた。
何故かゾクゾクとこの身に残っている、あの化け物の恐怖が甦ってきたのだ。
この幼女は未だに顔を釣り上げ、笑っている。
「ふむ、よく分からないけれど、まあやってみれば分かるかな?ははッ」
困惑する僕を尻目に幼女は何か決断したようだった。
その決断が僕にとって良いものでありますように、と願うけれど、まあ上手くはいかない。
少女は一瞬、前傾姿勢をとったかと思うと───飛んだ。
これで、人が飛ぶのを見たのは二回目だった。
前回はハンマー少女が飛んだけれど、今回はつり上がった笑顔が眩しい、活発幼女だった。
幼女の体が目の前に現れた。
当然ながら僕に反応出来るわけ無い。
そして、目の前が真っ暗になる。当たる前に分かったのだけれど、これは、幼女の右手だった。
それもグーに握られた、見事な。
当然のように、必然的に僕は後ろにぶっ飛んだ。
「うーん。手応え?いや歯ごたえ無いなあ。やっぱりマヤカシではないのかな?そっちの方が好みだったけど、人間でもまあ良いかあ。」
活発幼女は僕を殴り飛ばした後、そう言った。
僕にわざと聞こえるように言っている。顔面ならセーフ。
小さい頃、ドッチボールとかでよく言っていたものだ。
もちろん端から見れば、今の僕は完全にアウトだろうが、まだ僕は立ち上がれた。
ギリギリセーフだった。
「ふむう。一発でそこまでダメージ受けるのかなあ?思ったより貧弱?」
活発幼女はそう言う。
言いたい放題だが、一般的高校生は顔面にグーで殴られたら、大きく傷つくと思う。
それも、同学年の女子に殴られたら。
「じゃあ、ははッもう一度、いこうか。」
そんな活発幼女の言葉に僕は直ぐに身構える。
もう殴られる訳にはいかない。幼女が地面を蹴りだしたかと思うと、瞬きの間に目の前に迫っていた。
同じようにそのグーの右手も。
だが、それも予想通り、単純な動きだ。
どれだけ速くとも、動きが一緒ならば対応できる。
体をひねり、左に避ける。それだけは駄目だから、僕は後ろに下がる。
「あはは、これくらい反応出来るなら、上出来だねえ。反撃はしてこないのかい?」
「待ってくれ。まず、君は誰なんだ」
僕が少女に言い返すと、幼女は動きだそうとした体を、止めた。
「やっと喋ったか。遅すぎやしないかい。その言葉」
確かに、この質問はいくらかタイミングが悪い気がする。
「お前、脳内で考えすぎだろ。もっと自分の考えを外に出した方が良いんじゃねえか」
余計なお世話だ。
数分前に殴られた幼女に、心配されるのが僕だった。
「いや、オレも危害を加えるつもりじゃなかったんだがな。お前の態度を見てついつい殴ってしまった。謝るつもりはないが」
なんという暴れん坊だろうか。このままやられっぱなしではいけない。僕は意を決して質問する。
「君は誰なんだ。同学年ってことは制服で分かるんだが、僕は全く知らないぞ」
「オレは羽衣 愛っていうんだ。覚えとけ」
そして、自分の妙に長い名前も教えておいた。
羽衣 愛という名前を聞いても、まったく心当たりはない。学生生活の中で、一度くらいは見てもおかしくないだろうに、皆目見当も予想もつかなかった。
「ん。ああ、知らないって顔してるな?まあそれも仕方のないことだろうよ。お前が世間を知らない訳じゃないから、安心しろよ。全く、これは無駄だったか?いやはや、このオレが早まってしまったものだよ。一般人を追い詰めるなど、怒られてしまうな」
はあ、と羽衣はため息をつく。
羽衣なんて呼び捨てして呼んだら怒るかもしれない。でもちょっとした反抗心でそう呼ぶことにする。
僕が世間知らずでないことを保証してくれたのは、良い事かもしれない。最近、常識を疑わなければいけない事があったから。そして羽衣の言葉を聞く限り、どうやら人違いだったようだ。人違いで顔面を殴られたのだけれど、まあそれも許してしまおう。というか、許さないと再度暴力に訴えてきそうである。
「えっと、人違いだったのかな。羽衣さん」
「羽衣さんって。背中が痒くなるからやめてくれ。愛で良いよ、愛で」
「愛さん」
「まださん付けなのか、まあいいか。ああそうだぜ。人違いだった。いやこの場合、人ではないほうが良いのだから、対象違いだった。申し訳ないと思ってるぜ、謝らないが」
対象違いとか、あまり意味を含んだ言葉を言わないで欲しい。怖いよ。また、羽衣は全く謝るつもりが無かった。全く。寧ろここまでくると形だけの謝罪より、清々しいかもしれない。かもしれないってだけだけど。
「人違いだったら、もう僕は帰って良いかな。この後、用事があるんだ。」
勿論、嘘だ。逃げる為の口実に過ぎない。
「そうか。引き留める理由も無いし、まあ急いでいるなら仕方ないか。元気でな!」
活発幼女はそう言って、手を振った。
僕もそれに答えて手を振り、帰ろうとした。もう一度会いたいとは思えないけど、それでも記憶に残る女の子だった。
ここで、直ぐに帰れば良かったのだけれど、その前に彼女は言ったのだ。
「あーあ、マヤカシじゃなかったかー。残念だなあ」
聞いてしまった。マヤカシという言葉を。そして、あの化け物の姿を思い出してしまった。体が凍りつき、足が歩みをやめてしまった。僕がクールで、冷静な奴ならそのまま聞かなかった振りをして帰れたのだけれど、僕はどうやらそうではないらしい。
「ははッ。お前、分かりやすすぎるぜ。直した方が良いんじゃないか?」
幼女は、羽衣 愛はそう言った。僕は何も言い返せないし、自分でもその通りだと思う。羽衣は目の前に急に現れたかと思うと、僕に尋ねた。
「じゃあ、教えてもらおうじゃないか。何でお前がマヤカシの匂いがするのか。何があったのかを」
ははッと、羽衣は笑う。三日月の様につり上がった顔は恐ろしく、それでいて楽しそうだった。