第3話 結末とプロローグ
目を覚ます。
ここは何処だと思考を始め、何故公園にいるのだと疑問が生まれ。
現在の状況を、把握する。
自分はベンチの上に寝ているようだった。
体にはふわふわとしたジャケットが載せられているようで。僕は体を起こし、周囲を見渡す。
どうやらそこまで長く眠っていた訳ではないらしい。
未だ月は同じように公園を照らしていた。ベンチから下りて、体を動かす。僕はここで、あることに気がついたのだ。
痛みを感じない。あの化け物から突き飛ばされ、無様にも地面に伏したというのに。
まるで嘘だったかのように、痛みをすっかり消えていた。
もしや、本当に夢だったのかもしれない。
僕は疲れてベンチで寝ていただけなのかも。夢であって欲しかった。夢を見ていたと思いたかった。
でも、現実はそこまで緩くない。
「おや、起きましたか」
後ろから、声を掛けられ即座に振り向く。
夢であってほしかった。
少女がそこに、立っていた。
「まだ、完全には回復していません。私の話はベンチに座ったままで聴いてください」
そう促されて僕はベンチに座る。
ジャケットは少女のもので、どうやら寒いだろうと被せてくれたらしい。
着の身着のまま、全身ジャージ姿の僕を気遣ってくれたのだ。
僕は今まで気づかなかったけれど、唐突な出来事には流されてしまうタイプなのかもしれない。
あの警戒すべき恐怖で、凶器なハンマー少女に促され、ベンチに座っていた。
いや、これは僕は悪くないだろう。
あのハンマーを見れば誰だって抵抗しよう等と無駄なことはしない。無謀なことはしない。
「まず、自己紹介から。私は縛 葉夏といいます。あの時、助けてくださり有り難う御座いました、そしてすみませんでした」
そう言って少女、縛さんは頭を下げた。見事な謝りかただった。
美しいと思えるほど、そう思わされるほどの謝りである。
いや。いやいや、そんなこと思っている場合じゃない。
別に謝ってほしい訳じゃなく、事情を説明してほしいのだ。
何故、此処に化け物がいたのか。何故、縛さんは戦っていたのか。
「僕は相模原 宗之介と言います。事情は説明して貰えますか。どうして縛さんがあの化け物と戦っていたのか」
「そう、ですね。私があの化け物、マヤカシと戦っていたのは私がこの町を守ろうとしていたからです。
マヤカシというのは別世界からやってきた生物なのです。先程の個体は言葉は通じませんけどね。マヤカシにも様々なものがいて、危険な個体もいるのです。そういう危険なものから守ることが私の役目なのです。
・・・いきなり別世界と言われても困惑しますよね。信じてもらえませんかもしれませんが、それでも事実なんです」
最後まで、はっきりと縛さんは言いきった。別世界とかマヤカシとか言われても普通なら信じることなんてできやしない。
でも、あの化け物と対峙した恐怖が僕に事実だと、思わせていた。
「助けてもらったのだから信じますよ。でもどうして縛さんはその、マヤカシと戦う役目があるんですか?」
「それは・・・」
縛さんは一度言い淀んだ。何か言いづらいことなのかもしれない。
「私が助けてもらったからです。マヤカシに襲われているところを。私一人でマヤカシと戦っている訳でもなくて、組織があるんです。私は組織の一人に助けてもらって、私も組織の仲間に入りました。そうして、私も人を助けたいと思って、活動しているんです」
マヤカシと戦う組織とか、段々と怪しい展開になってきた。さっきその化け物を見ていたから、まだ信じられてるけど、普通言われたらドン引きする内容だった。
というか若干引いていた。彼女は真剣に話すから、余計怖くなった。
「これは、異断剣です。これも組織から渡された、マヤカシと戦う道具ですね」
ドンと、縛さんはその巨大ハンマーを下ろした。
いや、これ剣なのかよ。どうみてもハンマーだろ。全然鋭くないんだけど。さっき化け物を押し潰していたんだけど。若干誇らしげに話す彼女は可愛らしいと思ったが、少女よりデカいハンマーが台無しにしていた。
むしろ、その姿が怖かった。
組織というのも危ないな。こんな若い子に武器を渡すなんて。
もはや、僕は家に帰りたかった。若干涙目だった。ハンマーのお陰で地面にヒビが、こちらまできていた。
これ以上巻き込まれたくない。もうその一心だった。
「改めて、すみませんでした。私が守らなければいけないのに、逆に守ってもらって」
そう言って、もう一度縛さんは頭を下げた。
「いや、僕が元々この公園に来たことが悪いのだから、謝らなくて良いですよ。僕の方こそすみませんでした、邪魔をしてしまって」
そう。僕の変な好奇心により、此所まで来てしまったのだ。
僕が来ていなければ、縛は直ぐにマヤカシを倒したのだろうし、傷つくことも無かったのに。僕の方が悪い位だった。
「いえ、そんなことは・・・」
納得していないけれど、僕は畳み掛けるように言った。
「僕は感謝していますよ。縛さんに助けてもらって。縛さんはちゃんと役目を果たせたと思います」
「・・・そうですか」
縛さんは真剣な表情のまま少し嬉しげにしていた。
今、気づいたのだが、もう月が沈みそうになっていた。
すっかり時間が経っていたようだった。
「そろそろ遅いので、家に帰って良いですかね」
「じゃあ、私が家まで送っていきます」
真面目な顔で彼女はそう言うのだった。何でだよ。危ないよ、少しは人を警戒しようよ。他の人にみられたら色々誤解されちゃうよ。
「いや、別にそこまでしなくて」
僕が彼女の提案を断ろうしたとき、携帯の着信音が響いた。
僕は持っていなかったので、縛のだった。
縛さんは誰かと数十秒話したかと思うと、少し焦った様子で、電話を切った。
「すみません、急用ができました」
彼女は申し訳なさそうにそう言った。一人で帰りたかった僕には、ちょうど良いことだったけれど。
「この周辺の地域にはマヤカシはいません。ですが、暗いので気をつけて帰ってください。それと、これをどうぞ」
彼女は僕に可愛いメモ紙を渡してきた。そこにははっきと11文字の数字が書かれており、それが示すのは──
「私の電話番号です。何か困ったこと、マヤカシと出会うなどですが、私に電話してください。貴方を、守りますから」
彼女はそう言った。真剣な瞳で僕を見つめて、そんな物語のような言葉を、僕に投げ掛けたのだ。
僕が返事をする前に彼女はジャンプ、いや跳躍して住宅の屋根に上り、姿が見えなくなった。
僕はまるで夢でも見ていたかのようだった。
何かの作り話のような気がした。
それでも僕の右手にはメモ紙が残っているし、地面にはヒビが入っている、どうすんだこれ。
縛 葉夏とマヤカシと、それと戦う組織。
自分が住んでいる地域にこんな事があった何て知らなかった。
知らない方が良かった。
もう、そろそろ夜が明けそうだった。好奇心により、僕の悩みにより、此所まできたのだけれど、来てしまったのだけれど。
それでもあまり変わらなかった気がした。また悩んでいる。
取り敢えず家に帰って寝よう。
それからだ、考えるのは。
例え、この町で何か起こっていても、日常は続くから。
そうそうマヤカシと会う訳がないしな。