三
翌る日の朝七時。彼は病院の入口に古い乗用車一台を停めて待っていた。
歩行することに差し支えがなかった私は、渡された服で身を包み、彼のところへと向かった。天気は晴天。久しぶりの直射日光が身に痛い。
「さあ乗ってくれ」
彼は後部座席のドアを開けてくれた。私は小さなその扉をくぐり、クッションの独特な匂いのする車内へと入った。
彼はドアを閉めると、運転席に座り車を走らせた。
しばらく外の景色を見ているが、特に何かを思い出すということはなかった。
「今日はいい天気だな」
「そうですね」
素っ気なく返す私に彼は何とも反応しなかった。
「そういえば、お仕事は何をされていたんですか?」
「君ずっと敬語だね。別にそんなかしこまらなくてもいいんだよ」
「いえ、こちらの方が話しやすいので」
「そうか、ならいいんだ。で、仕事の話だっけ?仕事はね…………学者だったんだよ」
「学者ですか」
なるほど。それなら残っている財産も多いわけだ。
「そう。でもそんな大したもんじゃない。実際僕の作ったモノで、人の生きるための役に立つなようなモノなんて殆どないんだから」
「学者先生なのにモノをお作りになるのですね」
「そういう類の学者なんだよ」
彼は交差点でハンドルをきりながらそう言った。
少し大通りに出てきても、車の数は多くなかった。
「車、全然いないですね」
「戦争中だからね。鉄なんて全部兵器に使われるんだ」
「なのによく車なんて持てますね」
「待遇のいい身分だったからね」
彼はそう返した。