二
「そういえば、あなたは誰なのですか?」
「僕の名前?ああ、まだ言ってなかったね」
彼はこちらに向き直ると懐から一枚の紙を取り出して、それに何かを書いた。
「ワイス。それが僕の名前」
「ワイス……」
彼はその紙を私にくれた。紙には丁寧な文字で名前が綴られていた。
「でも何であなたはここにいるんですか?私と何か関係があるのですか?」
「それは、君を引き取りにきたんだ」
「引き取る?」
「そう。両親がいなくなった君は今、引き取り手がいない。だから僕が引き取る」
「そうなのですか……」
私は特別何とも思わなかった。いや、ただぼう然としていて頭が処理しきれていなかったといったほうが近いかもしれない。
「あの……あなたと私の両親、どういう関係だったのでしょうか?」
「関係か。……顔を合わせたこともないな」
「ならどうして?どうして私を引き取るなんて仰るんですか?私に親類はいないのですか?」
「そうだねえ……。君、今この国がどういう状況か分かるかな?」
「状況?」
そんなの分かりませんと返す前に、彼はこう言った。
「戦争だ」
「戦争……」
戦争という言葉の意味は分かる。けれども、今彼が戦争という言葉を発した意図はよく分からなかった。
「君の親族は生きているかは分からない。なぜなら遠く離れたところで暮らしているからだ。本当だったら君をそこに送らなきゃいけないんだけれども……」
彼はベッドの横の棚から新聞を取り出して見せた。新聞には「大規模空襲」の文字がでかでかでかと載っていた。
「最近は空襲がとても激しくなってきたんだ。それも鉄道などの輸送設備を狙ったものが」
「つまり、生きているかも分からない親族のところにリスクを負わせて行かせる訳にはいかないと」
「そういうことだね」
彼はそう言った。
「しかし良いのですか?私なんかを引き取って」
「全然。職を辞め、独り身の僕にはちょうど良い」
彼ははにかんでそう言うが、引き取られる側からしたらちっとも面白くない。しかも今彼は職を失ったと話していた。
「仕事を辞めてしまったのですか?」
「そうだね。でも君と余生を過ごすためだけの財産はあるから安心して」
「そうですか」
少しの安心感も与えてくれない彼のセリフに呆れそうになるが、表に出したら後々まずいので隠す。
「じゃあ早速明日の朝七時に迎えに来るよ。それまでに」
ベッドの下から大きな鞄を取り出し、椅子の上に置いた。
「この服に着替えておいて。病院服じゃせっかくの女の子が泣いてしまう」
彼の言ってることはよく分からなかったが、私はただ「分かりました」と返すしかなかった。
またねと手を振って彼は病室の扉から出て行った。残された私は仰向けになり、これからどうなるのかと思考を巡らせた。
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これからも不定期ながら更新するので、是非読んでみてください。