冒険者になろう
「捨てよう」
とアゼルパインが言ったのは獣人どものことである。
場所は町長の館。
これからの動向について考えるために主だったメンツを集めて作戦会議である。
いま部屋の中にいるのは、ウサ耳将軍ザベル。そしてヴルムト皇子&副官のレアードである。
「捨てる、ですか?」
「人情的に可哀想だったから助けてやったけど、もう追手がかからないんだから、どこでも逞しく生きていけるじゃん?」
皇子とかいう便利キャラをパーティメンバーに迎えた以上、獣人を100人ほどずらずら引き連れててもいいことなんて何もないし。
アゼルパインの言葉に、ウサ耳将軍ザベルが困ったような表情を浮かべる。
「いや、そんなペットを捨てるような言い方をされましても……」
「まあ、待て。アゼルよ。自分の身すらも守れん呆れた奴らだが、なにぶん、我らはこの時代では常識知らず。何かの役に立つかもしれん」
『呆れた奴ら』と言われ、ぐさぁっ! とウサ耳将軍ザベルの精神に10のダメージ。
「お前ってナチュラルに人の傷口えぐるのな」
「む? なんのことだ?」
しかも自覚なしときた。
まったくタチの悪い邪竜である。たぶんこういうところが竜人族でも嫌われた理由なのであろう。
「ギヨ様! 地図をいただいてまいりました!」
と、そのとき部屋に入ってきたのはひとりのウサミミ少女。
アゼルパインが初めに人質にとった少女である。
名をレアメアという。
お使いとして、ギヨメルゼートがどこかで地図を得てくるように命じていたのだった。
「おお。よしよし。レアメアは賢い上に、可愛いのう! よし。こっちにこい。撫でてやろう」
この少女。なぜかギヨメルゼートのお気に入りになってしまったらしい。
愛玩動物のごとく抱きしめられ、しゅっしゅとハゲるほどに頭を撫でられる。
ギヨメルゼートの身長は150センチほどではあるが、レアメアはもう二回り小さい。
レアメアが困ったような視線をザベルのほうに向ける。が、ザベルのほうは何かを諦めたように首を横に振った。
それはともかく、アゼルパインはさっそくレアメアの持ってきた地図をテーブルの上に広げた。
「ふーん。オレの知ってる地図とは結構違うな」
「そうだな。ここが人間どもの王都だった場所だとすると、この位置がこの山か……ふむ。広い」
多少地形が違っている、というのはあるが、もっとも大きな違いは地図の縮尺であろう。
かつて、世界は砂漠で囲まれており、その先はどこまでも不毛な呪われた大地が続くとされていたが……
「えっと……このあたりがわたしたちが住んでいた国です」
とレアメアが指さしたのは、アゼルたちにとっては世界の果ての、さらに向こうであった。
「砂漠の向こうに国があるのか」
「はい。わたしたちの獣人の王国ザルトメアです」
「元、獣人の国だがな」
「貴様……っ!」
ジオル帝国第六皇子、ヴルムト・ミレチェンカの言葉に獣人のザベル将軍が激高し、すわ険悪な空気になろうとする。が、
「どうでもいい。黙れ」
げしっ。
言って、ギヨメルゼートがザベルのみぞおちに蹴りを入れた。ザベルが悶絶して床をのたうち回る。
なんて女だろう! 暴君そのものである。
アゼルパインならヴルムトのほうを蹴ってた。
ごほん、と気を取り直してレアメアが地図をもう一度指さす。
「ですが、はい。ヴルムト殿下のおっしゃる通り、いまは冒険者の国とも呼ばれています」
「冒険者?」
「ああ。冒険者とは言わばなんでも屋だ」
と説明を始めたのはヴルムト皇子。
いわく、元々は社会の底辺を整理するために生まれた制度だったが、いまでは多様な人間がその職業についているらしい。
要約すると、以下の通りである。
・強さによってランク分けがされていて、最底辺のEランクから最高のAランクまである。
・特にAランクともなると、国が後ろ盾になって砂漠の向こうへと冒険に行くことともある。
・国から武器や武装、人員の援助を受ける代わりに、冒険で得た一部の収益を還元する冒険者団と呼ばれる探検隊が存在する。
「砂漠の向こうで、国を乗っ取って王様気取りになっている連中が冒険者団というわけだ。そこの獣人どもの祖国もそのひとつだな」
「開拓者みたいもんか」
「我々にとっては侵略者ですな」
アゼルパインやザベルが口々に感想を言う中、
「冒険!」
その単語を聞いて、もっとも顔を輝かせたのは意外なことにギヨメルゼートであった。
ギヨメルゼートはしばし考え事をするように、指をタクトのように振ると、やがてパーンっと手を叩いた。
「余はとってもよいことを思いついたぞ!」
「はいはい。ぜったいに余計なことだと思うが、言ってみろ」
「余は冒険者になる!」
「「は?」」
ヴルムトとザベル、そしてレアメアの声が被った。
★☆
ヴルムトが邪竜王の言葉を理解するまでに数秒かかった。
だが、それはヴルムトだけではなく、獣人の将軍やレアードも一緒だ。
そして顔を見合わせる。
――誰かあの邪竜王にツッコんでくれ。
――断じて断る。
男たちが反応に困っている中、動いたのは邪竜王に抱かれたレアメアだった。
言葉を反芻して理解すると、シュバっと手を挙げる。
「ハイ! ギヨ様。それはもしかして高度なジョークでしょうか!?」
(なんと勇気のある獣人であろう!)
ヴルムトは拍手したい気持ちになった。勲章のひとつもくれてやってもいいぞ。
「誰がジョークか。いいだろう。説明してやる」
とん、とギヨメルゼートは地図に指を置いた。
「要は、この世界が広いということを知ったので、余は冒険をしてみたくなったのだ!
だがしかし! もしかするとこの世界には余より強いやつがいるかもしれぬ。謙虚な余は実に偉大だな。
で、とってもいいことを思いついたのだ」
「いいこと、ですか?」
レアメアが尋ねると、ギヨメルゼートは大きくうなずいた。
「何かあったら帝国に責任を全部押し付けよう」
「おぉぉぉぉいぃぃ!?」
こいつらはいったい帝国をなんだと思っているんだろう!?
「なので余は冒険者を目指すぞ! ハイッ! 貴様ら、ここまでで質問は!?」
「ハイッ! もしも冒険者として認められなかった場合は?」
ヴルムトは手を挙げて問うた。
こいつら、帝国の冒険者であることを傘に、めちゃくちゃなことをしでかす気だ! 帝国の皇子としてそんなことは絶対にさせぬ!
「ふはは。面白いことを言う。余のお願いが断れるわけがなかろうが。デッドorサブミットだ」
「脅迫だ、それは!」
くそっ! こいつらは悪魔だ!
心なしか、獣人どもからすらヴルムトに向けて憐憫の表情が向けられている気がした。