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勇者と邪竜王は大変仲がいい

 広大な帝国領土の北の辺境、かつて勇者と邪竜王が戦った山の近くにその街はあった。

 口さがの無い中央の者であれば、街と呼ぶのを躊躇してしまうような規模の、ささやかなものではあったが。


 

 その日、ジオル帝国第六皇子ヴルムト・ミレチェンカが赴いたのは町長の屋敷であった。


 邪竜王と勇者の『死闘』の後のことである。

 騎士や兵士たちは逃げ去り、おおよそ皇子という身分を証明できるのは、軍服についた勲章だけというありさまであった。

 

 それでも街の兵士は、帝国随一の英傑たるヴルムトの顔を知っていたらしく、ヴルムトが来たと聞いて慌てふためいて町長へと報告したのだった。

 

 ヴルムトは貴賓室で初老の町長と相対すると、さっそく用件を告げた。


「この館を貸し切りたい」


「……あの、すいません。もう一度おっしゃっていただいても?」


「この館を貸し切りたいと言っておる」


「いや、しかし……」


「いいから黙って、貸せ! 私が何者か知らぬわけではなかろう!」


 バン! とイライラをぶつけるようにヴルムトが町長のテーブルを叩く。が、


「逆ギレとか超ださくね?」


「然り然り。まったく最近の若い者はキレやすくていかんのう」


 皇子の腰に巻いたロープ(・・・・・・・・)を持っている青年と少女が呆れたように言った。


 町長は思った。


(いったい何なんだろう。この2人)


 皇子よりもエラそう。というか、支配者の貫録ですらある。

 だいたいあのロープはなんだろう? 虜囚のようにも見えるが、まさか帝国の皇子に対し、そのようなことをする者もおるまい。

 

 さらに言うと、後ろにぞろぞろ連れた獣人奴隷たちの存在も不思議だ。

 この帝国において、獣人とはすなわち奴隷であり、普通は外に待たせておくものだが……まさか、貴賓室に同席させるとは。


「申し訳ございません、殿下。事情がまったく把握できていないのですが」


「把握しようとするな! 死ぬぞ!?」


「は? いや、しかし……」


 と、町長が尋ね返した後ろで、少女がうーんと背伸びをした。


「なんか面倒そうだし、余ってばそろそろ飽きてきたぞ。――よし、やるか」


「ああ、お待ちを! 今すぐに首を縦に振らせますので! そう! 町長の首を落としてでも!」


「ふぉ!? 首ぃっ!?」


「そなたの首が縦に動かぬというなら、力づくで落としてやろうというのだ! だからうなずけ! 考えるな! いいから! 早く!」


 ヴルムトが必死の形相になって町長に迫っていると、今度は青年が「ハイッ」と手を上げた。


「無垢な民を武力で脅すのってよくないと思います! ほら、オレってば勇者なわけだし」


「はい。おっしゃるとおりでございます! 町長! このとおりだ! 頼むから言うことを聞いてくれ!」


「今度は土下座!? あわわ。で、殿下! お気を確かに!?」


「うわ……だっさいのう。皇子としてのプライドまでなくしよったか」


 ――どないせいっちゅうんじゃい!


「ぬああああああっっ!!」


 ガバぁっ! ヴルムト皇子は貴賓室のテーブルをひっくり返した。


「ああ……おいたわしや殿下……」


「ひでぇ」


「悪魔だ」


「さすがのオレらも、ヴルムトが可哀そうになってきた」


 頭をかきむしり始めた皇子を見て、副官らしき青年がハンカチで涙を拭い、それを見た獣人たちもささやきあう。


「くぅっ……! 屈辱である!」


 まさかの男泣きであった。事情を知らぬ町長でさえも不憫に思えるレベルであった。

 だが、それを見た青年は心底不思議そうに首をかしげると、


「おい、ギヨ。オレにはちょっとわからないんだが、いったい何が可哀そうなんだろう?」


 ――一瞬。空気が固まった。


(こいつ、本気で言ってやがる)


 獣人も人間も。謎の少女ですら。

 この場にいる全ての生きとし生ける者の心がひとつになった瞬間であった。


 ギヨがぽんっとアゼルの肩を優しく叩く。


「アゼル、おぬしにパーティメンバーの一人もいなかった理由がわかったぞ。

 うむ。非常によくわかった。ほんとにクソな性格をしておるな、おぬし」


「ちょっと待って!? オレってば、できるだけ人命に被害が出ないようにめっちゃ苦労してたじゃん!? ほら、こいつ含めて誰ひとりとして死んでないだろうが!」


「そういう問題じゃないわい! 転生直後にいったい何をしでかすかと思うたら、まさかこのような……っ!」


「?」


「きょとんとするでない! 余は確信したぞ!

 貴様! 転生前もこうやっておったな!? おい! 『それがどうしたの?』みたいな表情をするな! 貴様らもそう思うであろう!? なあ!?」


 とギヨと呼ばれた少女が声をかけたのは例の獣人たちにである。

 彼らはうなずくかどうか迷ったようであったが、少女が牙を剥いて「ふーっ!」と威嚇するに至って、ついに観念し、


「えっと。その。はい」


「あー!? お前ら裏切りやがったな!? あとで絶対に泣かす――ぶべらっ!」


 アゼルの顔に蹴りを入れたのはギヨであった。

 少年はすごい勢いで吹っ飛んで館の壁を破壊した。青空がこんにちわ。

 アゼルはすぐさま立ち上がると、両の拳をぶつけて戦闘態勢。


「やるんか、おお?」


「おう、やったるわい! さっき顔を足蹴にされた恨みもあるからなぁ!」


 カッ チュドォォォォォン!!!!

 

 少女の口から吐き出された閃光が青年を直撃し、すさまじい爆発を起こし、穴の空いた壁から熱い熱風が押し寄せる。

 それとほぼ同時、獣人たちと皇子たちは揃って何かを諦めるように空を仰いだ。


「ああ……また始まった」


 ――いったい何が起きているのか理解できなくて、町長は考えるのを止めた。

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