タチの悪い人たち
邪竜王が怒りのままに口を開けば山肌を溶かすほどの熱量をもった光線が飛びかい、打撃音が響けばそれだけで土砂崩れを起こしそうなほどの衝撃を伴う。
それは、かつて神話のなかで語られてきた戦いそのものであった。
ヴルムトは目の前の戦いに恐れおののいてしまった。
なんという戦いだろう。
おとぎ話のなかで、山を吹き飛ばしただとか、1000人を一撃で殺し尽くただのと記述されていたあれは嘘ではなかった。
「お、おお……」
彼は帝国でも指折りの武官である。
だが、いま目の前に繰り広げられている光景は、
(オレはなんと無力なんだろう)
ヴルムトの心を折り取るのに充分な光景であった。
彼にできることといえば、地面に這いつくばり、あの青年が――勇者様が勝利することを神に祈るのみであった。
周囲の騎士たちは既に装備を投げ捨て逃げ去っていた。
本来であれば極刑である。だが、それを叱る気にはなれぬ。
眼前の光景は、そういうレベルではなかった。そしておそらく、それは正しかった。
2人の戦いの流れ弾がヴルムトへと向かってくる。
ああ、死んだ。あの光の奔流はヴルムトの肉体を骨すら残さず消し炭にするのだろう。
「ヴルムト様!」
最後に残ったレアードがせめてヴルムトを押し倒そうとするが、無駄な抵抗というものであろう。
「あぶねえ!」
死を覚悟した2人の危機を救ったのはやはり勇者であった。
「おお! 勇者様!」
光線を弾き飛ばした勇者に、ヴルムトが歓喜の表情を浮かべる。が、勇者は見向きもせずに、
「おい! ギヨ、お前! いまこいつに当たるところだったぞ! こいつが死んだら計画が狂うだろうが!」
「うるさい! 計画がどうした! だいたい余は恩を売るなどという回りくどいやり方は好かん!
そんなことよりも余の顔を蹴ったこと、万死に値する!」
「……え?」
一瞬、唖然としたヴルムトを脇に置いて、さらに2人は言い争う。
「王族の権威を傘に着て好き放題するっつーのは勇者の王道なんだよ! ああ麗しきかな権力乱用! 完璧な計画だろうが!」
「なにが完璧か! どっからどう見てもザルすぎるわ! サルでも信じぬぞ、そんなもん!」
「さっきまでこいつ、オレのことすっごい信じてただろうがよ!?」
「貴様と同じくサルだからな!」
「うっせえ黙れ、トカゲ野郎!」
「「ぐぬぬぬぬぬ」」
いや、待て。理解力が追いついていない。いや、ロクでもないことをこの2人が計画していたことはわかった。わかったが――
膠着状態になった勇者と邪竜王に、ヴルムトは尋ねた。
控え目に。怒らせぬよう。ご機嫌を伺うように。
「あの……なんで私めにそのようなお話を聞かせるのですか?」
「そりゃあ……。わかってんだろ?」
――いまさら言わせんな恥ずかしい。
それはまさしく悪魔の微笑みであった。