誰が為に爆発する
ジオル帝国第六皇子、ヴルムト・ミレチェンカは不機嫌であった。
勇壮な男である。
ジオル帝国の皇子たちはいずれも勇猛で名高いが、その中においてもまれにみる武の才能を秘めた男であった。
帝国のなかでも武門の雄として名高いミレチェンカ家の養子となり、帝位継承権をもったまま爵位を継ぐ。
王都で3年に一度だけ開催される50人同士の模擬戦争において、好機と見るや配下の者よりもまっさきに突撃し、敵将を討ち取ったことは人々の耳に新しい。
「どうかされましたか。ヴルムト様」
ともあれ、現在は逃げた奴隷とゲリラどもを殲滅するため、陣幕の中で軍議中であった。
山麓に張られた陣幕の中ではこの軍を統率する参謀や士官たちが集まり、卓を挟んでいる。
「うむ。この処理が終わってから、民草からどのように突きあげられるかを考えるとな」
このあたりを治めるのはヴルムトではないが、相手は100人という人数である。途中の村では略奪がおこなわれていたし、街における被害も少なくなくない。
近年は、財産権だとか、人権だとかがうるさいのだ。
――獣人。
獣人とは300年前に『発見』された地に住んでいた原住民だ。
性格は従順。基本的に頭は悪いが、肉体は強靭。多産で増えやすい。まさしく奴隷として生まれたような者たちであった。
今回逃げた獣人は兎人と呼ばれる種族で、おとなしく命令を聞くという性格があり、奴隷として人気のある種族であった。
「だが、しょせんは獣人だな。このようなところに逃げ込んでくれたのが、不幸中の幸いというもの」
かつて1000年前、勇者アゼルパインと邪竜王ギヨメルゼートの決戦の場となった神殿。
観光地の扱いにはなっているが、周辺にめぼしいもののない寂れた地である。わざわざ山を登ってまでそれを見るためだけに訪れる者もいない。
やつらが逃げ出したのが、街中であれば大変なことになるところであったが、ここなら誰かを巻き込むこともあるまい。
「その割には嬉しそうに見えますが」
「そう見えるか? だが、仕方あるまい。久々の実戦だ」
最近はデスクワークに追われているが、元来、武の将であるヴルムトにはこのような仕事のほうが向いているのだ。
さて、獣人どもをどう仕置きをしてやろうかと、ヴルムトは山頂にある神殿を見上げた。
崩れ放題になっているので神殿の防御力は皆無。神殿へと続く道は狭い山道だけであるため、攻撃力も皆無。
適当に封鎖してやれば根をあげるだろうが、
「――それではつまらんな」
此度の敵の中には、かつて獣人たちの国で勇猛で鳴らしたザベル将軍もいるという。数こそ少ないが、狩りの獲物としては不足はない。
ヴルムトが考えていると、
「それにしても、先ほどの爆発はなんだったのでしょうか」
尋ねてきたのは若い青年士官であった。
先ほど山頂の方から聞こえてきた凄まじい轟音を言っているのだろう。
「やつら、旧式の火砲を略奪したという噂もある。
おおよそのところ、使いこなせずに暴発でもさせたのだろう。
……それとも何か? 1000年前の邪竜王が復活したとでも言いたいか?」
「配下の者はそのように思い、不安がっております」
さもありなん。教養のない者はおとぎ話に怯えるものなのだ。
「馬鹿者! そのような戯言を軍議でのたまうでない!」
「神聖な軍議の場をなんと心得る!」
参謀たちがつまらないことを言った青年士官に罵声を浴びせる。が、ヴルムトはウンザリするように参謀たちに手を振った。
「いい。かまわん。話せ。確か名は……レアードといったな。発言を許可する」
ヴルムトはため息をついた。
貴族出身の参謀たちはまだわかっていないのだ。
火炎槍が登場し、時代が、英雄の時代から民衆の時代に変わりつつあることを。
このレアードという若者はそれを馬鹿げた噂話だと理解した上で、雑兵たちの不安を一笑に臥すものではないと判断し、言葉にしているのだ。
(なかなか頼もしいではないか)
レアードは平民の出であったが、地道な勲功を重ね、50人長に登ってきた青年だ。
平民出身、低い階級。
誰か貴族出身の将がクシャミをすれば吹き飛んでしまうような立場。であるというのに、この場で一昔前であれば愚鈍とも取られかねない発言をしようとしている。
だが、それこそが真の忠義であり、主君に対する正しい信頼である。
レアードにもその思いは伝わったらしい。感激するように、膝をつく。
「ハッ! 閣下。兵士たちの動揺は捨て置けぬほどに大きくなっております。
この地で徴兵された者は子供の頃から邪竜王の驚異を聞かされておりますゆえ。故に――」
「例えそうであったとしても、邪竜王なにするものか!」
その言葉を遮ったのは、陣幕の中にいる老参謀たちであった。
「そのとおりだ。我らには火炎槍がある。魔道科学の叡智がある。いまさら邪竜王が復活したとて何を恐れる必要があろう!」
「それはそうですが……邪竜王の呪いという話も」
「そのようなおとぎ話に怯えることこそが呪いだな。
そうだ。この際、あの朽ちた神殿を火炎槍で壊してしまおう。1000の火炎槍による一斉放射であれば、あの神殿もひとたまりもあるまい! わははは」
「はははは! まったくそのとおり」
「邪竜王が出てきたとすれば、誰が首を取るか競争でもしようか。わっはっはっは」
ヴルムトは笑う連中を殴りつけてやりたい気分になった。
不敬である。
レアードに発言を許したのは帝国の皇子たるヴルムトである。
ヴルムトが耳にしたかったのは罵声でも侮蔑でもなく、レアードの献策の内容なのだ。
であるのに、それを遮るとは何事か。
相手は獣人。少数で、かつ武装もよくないと聞いている。侮るなというのも限界があるだろう。が、ここにいるのは雑兵ではなく士官なのだ。
「おい、貴様ら――」
ヴルムトが叱責しようとしたそのときだった。
チュドオオオオオン!!
突如として、目の前の山の頂上が大爆発を起こし、消し飛んだ。
「は?」