帝国の脅威
「すいませんでしたぁっ!」
と平伏したのはウサ耳のおっさんことザベルだった。
「ギヨ。こいつらはいったい何を謝ってるんだ?」
「皆目見当もつかぬ。だが従順になったことは評価しよう。余は寛大な心で貴様らを許すぞ」
アゼルパインとギヨメルゼートの喧嘩は神殿を消し炭にしたあたりで唐突に終了した。
というのも、ケンカを見ていたファンシーもふもふ教徒(仮称)が唐突に土下座し始めたのだ。
余波で多少の被害を受けただけだというのに、大げさなことである。
「最近の若い奴のやることはよくわからんな」
「然り然り。まったくだのう」
「……」
ともあれ、従順になってくれたのはありがたい。
アゼルパインたちは転生したばかりなのである。
世界情勢や、技術水準がわからぬいま、この者たちからもたらされる情報は貴重なのである。
「というわけなので、知ってる情報をすべて吐け」
と、ギヨメルゼートがザベルに命令するとほぼ同時だった。
『貴様たちはすでに包囲されている』
突如としてあたりに響き渡ったのは魔法によって拡張された音声。
アゼルパインとギヨメルゼートに告げられたものではない。
その声が聞こえた瞬間にファンシーもふもふ教徒(仮称)たちが「ざわり」とし始める。
「くそっ! もう嗅ぎつけられたか!」
「ザベル様! すでに騎士に包囲されております!」
見ると、少し山を下ったところ、山道の唯一の通り道を塞いでいるのは500人からなる騎士たちの部隊であった。
(あれが現代の騎士か)
アゼルパインたちの知る騎士の姿とは若干異なっている。
騎士の鎧はフルプレートではなく、胸と急所だけを覆うブレストプレート。
手に持つは大剣ではなく、不思議なふくらみを持つ持ち手と穂先が一体になった身長ほどの長さの槍だ。
「なんだあの槍?」
「あれは火炎槍と呼ばれるマジックアイテムでございます」
いわく、現代で最大版図を誇るジオル帝国が躍進した原動力であり、騎士たちの標準装備であるらしい。
「つまらん玩具であるな」
「あんなおもちゃがねえ……」
見たところ、柄には充電式の魔石がついているようではあったが、人型のギヨメルゼートの肌を焼くことすらできぬであろう。
が、アゼルパインたちの感想を聞いたザベル将軍が真剣な面持ちで言う。
「侮ってはなりません。あれこそは我が国土を焼き、滅ぼした悪魔の武器なのです!」
そんなアゼルパインたちの様子を知ってか知らずか、魔法の音声は言葉を続ける。
『貴様らは我が国において罪をおかした。ひとつ、財産権を侵害した。ひとつ、人に危害を与えた。ひとつ、帝国に歯向かった』
「え? お前ら。悪いやつなの?」
「違う! ちょっと街を襲撃して、人を浚ってきただけだ!」
アゼルパインが尋ねると、戦士のなかでも若い奴が激昂したように説明してくれた。
「どう聞いても悪い人です。ほんとうにありがとうございました」
「ほんとうに違うんだ。子どもたちがさらわれて――」
アゼルパインとギヨメルゼートがじとーっとした視線になって気づいたのか、その男はがっくりとうなだれながら説明してくれた。
彼らの話をまとめるとこうだ。
・彼らは帝国――ジオル帝国に敗北した国の民である。
・ここにいる戦闘員以外の者は、敗戦時に奴隷となった者たちである。
・ザベル将軍はゲリラとして帝国内部で活動していたが、このたび大量の奴隷が売買されると聞いて、街を襲撃した。
・だが、衆寡敵せず正規兵の軍に追われ、ここに追い詰められるに至る。
敗北した国の民が労働力として扱われるのは、いまも昔も変わらないらしい。
それを聞いて、ギヨメルゼートがアゼルに耳打ちをしてくる。
「アゼルよ、どう思う?」
「人情的には味方してやりたいが」
子供たちの表情を見る限り、嘘ではないのだろうが。
「が?」
「こいつらがほんとのこと言ってるとも限らんだろ」
「思ったよりも慎重なのだな。もっと脳みそが筋肉でできているような男だと思っておったぞ」
なんて失礼な女だろう!
いったい勇者というお仕事をなんだと思っているのか。
「では放置するのか?」
「馬鹿なことを言うな。こういうときを稼ぎ時っていうんだぜ? ――おい、お前ら。絶望してるところ悪いがオレの話を聞く気はないか?」