大魔王 降臨
新生ザルトメイア。
それがレアメアが王妃を務めるこの国の名前だ。
首都の名前は、かつてここにあった国の名をとってアブドラミル。
建国されてから6ヶ月の新興国家。
城の基礎は、ギヨメルゼートたちに蹂躙された元魔王城。
新興の国家だけあって、住む人種は人間のみならず。獣人、魔族など幅広い。
初めこそ諍いが絶えなかったが、あの2人が不穏分子を(裁判もなしで)問答無用で滅殺したおかげで平和なものだ。
大陸北部への橋頭保として整備され、異文化交流の最前線としてもっともにぎやかな町だと言ってもいいだろう。
――その街並みを、アゼルパインとギヨメルゼートが並んで歩いていた。
「あ。アゼルさん! 新鮮な食材はいったから晩にでも寄ってくれよな!」
「アゼルさん。昨日、子犬が産まれたんですよ」
「あぜーる! 次はいつお店に来てくれるの? あなたが来てくれると変なのが寄ってこないのよね」
その光景を見て、フルシェは半眼になってうめいた。
「あの男……けっこう人気があるのだな」
「アゼルさんは面倒見がいいんですよ。
体力が有り余っているせいか、昼夜問わず街を駆けずり回ってますし。
知っていますか? 仏アゼル、鬼フルシェ。どちへんなきはギヨメルゼートって呼ばれていますよ?」
「妾が……鬼っ?」
フルシェは街の治安維持を統括しているので鬼と呼ばれるのはいいが……いや、しかし。ギヨメルゼートと比較して鬼と呼ばれるのはさすがにおかしいのではないだろうか。
怪訝な表情を見てとったらしい。
レアメアは曖昧な笑顔を浮かべた。
「ギヨメルゼート様にかかると、関わった人が全員|"公平に"《どちへんなきに》血まみれになるので……」
「ああ……」
ちなみにアゼルの『仏』の由来はその倫理感が人外すぎるからとのこと。
(どちらにしてもろくでもないな)
その2人に並べて称されると、なんというか……死にたくなる。
「おお。そういえばフルシェに聞いたのだが、この店は王都でも出店をしておる由緒正しきブランドなのだとか。
よし、入ろう!」
やがて、ギヨメルゼートたちは服屋をみつくろうと、そのなかに入っていく。
かなり強引なところがあるが、実に普通のデートである。
その全周囲を兵隊たちが警戒をしていることを除けば。
そんななか。
「ううむ。それにしても、あれは何をしておるのだ?」
きょとんとした表情で尋ねたのは、やはりというかなんというか『暁の魔王』パルパだった。
「む? そなたはデートなるものを知らぬのか」
「魔族にはあまり見ぬ文化ゆえ。
人族というのはよくわからんことをするものよ。やはり魔族は完成された種族ゆえに、他者との交わりを――」
パルパが何かわかったようなことを言うが。
「? 妾は昨日、シュラク殿とデートしたばかりだぞ?」
「ぶーっ!!!」
フルシェの告白に、パルパが唾を吹き出した。
「何をする。汚いではないか」
「お、おまえ!? ほんとに奴と付き合っているのか!?
あのときの気の迷いではなくてか!? っていうか、王族として魔族と付き合うのってどうなんだ!? お前も一応この国の侯爵になるのであろう!? 世継ぎとか! 世間体とか!」
「ふっ。それ以上言うな。そのうち子供の3人や4人くらいバーンと作ってやる!」
今は職務で忙しいゆえ、なかなかその時間がとれないが。
「違う! そういう意味じゃない!!」
なぜかわめくパルパを前に、フルシェは肩をすくめた。
「義姉上。魔王とはぞんがい常識にこだわるものですな」
「あ、フルシェさん。そういえばわたし、もうすぐ3人目の子どもが生まれるんですよ」
「おお。それは素晴らしい! おめでとうございます」
ちなみに現在、レアメアの子どもは1男1女。
人間ではありえない速度の妊娠&出産。獣人ってすごい。
「おい、貴様ら! 我を見て可哀想な奴を見る目をするな!!」
「そうは言うが……パルパ殿は恋のひとつもしたことがないのか? 言っておくが、敬愛は恋愛とは別のものだぞ」
「ふっ。先程も言ったとおり、我が敬愛するのは大魔王様ただ一人! 他の有象無象などに興味などないわ!」
――そのときだった。
「報告! 報告!」
周囲を封鎖していた兵士の一人がフルシェたちに向かって走ってくる。
その目は、まるでギヨメルゼートたちを前にしたときのように血走っている。
「なんだ騒々しい」
この世で最大の不条理はいま服屋でキャッキャウフフしているのだ。
それ以外のことなど些事なのである。
「そ、それが包囲網が突破されて……」
「なに!?」
フルシェが振り向くと、そこには宙を跳ぶ兵士たちの姿。
「いったいあれは……何者なのだ」
パルパの倍の背丈はある偉丈夫である。
鋼のように鍛え上げられた肉体。卓越した魔力。
その目は未来を見通すかと思うほどに赫赫たる光に溢れ、獅子を思わせる風貌。
そして立ち姿だけで、ほとんどの者たちに自然と頭を垂れさせる威厳。
まさに当世一の英雄である。
いやまあ。それはいいのだが。
「まさか、この国にあの2人にケンカを売ろうなどという愚か者がまだいたとは……」
そもそもこの包囲網は、やつらの不可抗力から周囲を守るためのものであって、悪意あって近づくやつをどうこうするためにあるわけじゃないんだし。
あいつらにボッコボコにされたいというのなら、別に通してやれというのが正直なところである。
「いい。あの2人に会いたいというなら通してや――」
「待て、フルシェ殿」
フルシェの命令を止めたのはパルパだった。
「いったい何を――パルパ殿?」
その目は驚きに見開き、額からは脂汗が流れている。
うめくように「いや、まさか」とか「そんなバカな」と声を掠らせる。
(いったい何をそんなに怯えているというのか)
フルシェの疑問に答えたのはやはりパルパだった。
「あれは……あれこそは大魔王ジバトレ様だ!!!」
噂をすればなんとやら。
突如として、アブラドミルに現れたのは大陸の北を支配する偉大なる大魔王だった。




