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Gクラス

「こちらがAクラスの冒険者証でございます」


 『冒険者試験』を無事にクリアしたギヨメルゼートたちは意気揚々と冒険者ギルドへ戻ってきていた。


 先日破壊された冒険者ギルドは仮組された仮設として運営中。

 その冒険者ギルドの中央で、オレアンは赤の敷物を敷いた銀の盆に、うやうやしく冒険者証を載せて捧げていた。

 

 ギヨメルゼートたちのほかに冒険者はいない。

 フルシェ率いる魔道戦艦が街の横にやってきた時点で、邪竜王および勇者の難を恐れて逃げ去っていた。

 

(危険を(おか)すのが冒険者の仕事であろうというのに、なさけない)


 オレアンは愚痴りたくなったが思い直した。

 冒険者は不要な冒険しないものだ。そういう意味では冒険者ギルドらしい光景と言えるのかもしれない。


 オレアンがそんなことを考えていると、ギヨメルゼートが銀地に金のメッキを施したその冒険者証を前に、つまらないとでも言わんばかりに口をとがらせた。


「この程度のことで最高級の冒険者と呼ばれるのも、少々物足りぬ気がするな」


「とんでもございません! ギヨメルゼート様ほどの方であれば、すぐに成果を出し、世界最高のAクラス冒険者として名をとどろかすことになりましょうとも!」


(だから、さっさと『世界』の外に旅立ってくれ……)


 それだけが現在のオレアンの望みであった。

 だが、ギヨメルゼートは「めっちゃいいこと考えた」と、オレアンの望みをあざ笑うかのようにぽんっと手を叩いた。


「おお、そうだ! ギヨ様特別クラスという意味でGクラスを新設するというのはどうだ?

 うむ! いい考えだ! すぐ作れ。すぐさま作れ! ハリーハリー!」


「は?」


 こいつはいったい何を言い出すのか。

 

 Aクラスの冒険者ともなると、ひとつのギルドのマスターの権限で承認できるものではなく、帝国政府の決裁も必要となる。

 いまこの手に(ささ)げ持っているAクラス冒険証ですら、昔の将軍時代のツテを使って、秘密裏に作らせたものなのである。


 そう、秘密裏である。

 というのも、現在、帝都ではヴルムト殿下とフルシェ殿下が謀反を起こしたと噂が立ち、両殿下を血眼になって探しているためだ。

 せめてほとぼりがさめるまで『世界』の外で隠れていて欲しいというのがオレアンの願いであった。


(だというのに、Aのさらに上のクラスを新設せよ、だと!?)


 オレアンは助けを求めるようにフルシェを見た。

 彼女は冒険者ギルドの一角、食堂を兼務しているテーブルにて、


「シュラク! どうだ、我が国の食事は。ほら、あーん」


「ふむ。とんでもなく甘くて美味だな。これは料理人の腕がいいのかな? それともフルシェがそばにいてくれるからかな?」


「ふっ。魔族ジョークとは存外に甘いものなのだな」


 きゃっきゃうふふ。


 ――駄目だ。あの娘、心が壊されてしまっている。

 

 いや、むしろ壊れているのは自分かもしれない。

 帝位継承権はないとはいえ、まさか皇族の一人が『魔族』などという得体のしれないものと懇意であるわけがないのだから。

 きっとあれは幻。あるいは魔族がフルシェ殿下に化けているに違いない。



 次に、オレアンは縄でぐるぐる巻きにされた魔王なるものを見た。


「もぉ死にたぃ……」


 目が死んでいる。

 こちらはこちらで精神的に重症である。


「ぱ、パルちゃんファイトォ! いけるいける。だって生きてるんだもの!」


 なにやらペットらしい、金魚鉢っぽいガラスの入れ物に入った小妖精が励ましているが、その声は聞こえていないようだった。


 オレアンは空を仰ぎ見た。

 まだ仮設である冒険者ギルドの天井からは、青々とした空が見えた。


「いったいどうしてこうなった」


「マスターが変なクエストを発注したからだと思います。自業自得です」


 隣にいたギルドの若い受付嬢がジト目でツッコミを入れてくる。


「そうは言っても、単体であの(・・)幽霊城を攻略する奴がいると思わんだろう!?

 だいたい魔王ってなんだ!? フルシェ殿下と戯れてるアレはなんだ!? なんでそれをここに連れてくる!?」


 オレアンは感情の赴くまま、ドンっと机を叩いた。

 相手が並の冒険者であれば、これだけで気後れして要求を引っ込めるような勢いであるが。


「おい、貴様。余の要求を飲むのか、飲まんのか。はっきりせい」


 デッド(飲まないか)オアアライブ(飲むか)


「そ、そうおっしゃられましても、クラスの新設にはいろいろと手順が必要でして。少々お待ちくだされば――そう! 具体的に言うと1年くらい!」


「ぶち殺すぞ、貴様」


「あはは。ですよねー」


 悲鳴を上げたオレアンの代わりに、隣に立つ受付嬢がにこやかに笑った。

 どうやらこの受付嬢、自己の保身のためにオレアン(ギルドマスター)生贄(いけにえ)に差し出すことにしたらしい。


(ああ、オレは今日ここで死ぬのだ……)


 オレアンの心中が絶望に染まったそんなとき、ギヨメルゼートの肩を叩く男が一人。


「まあまあ。ギヨ。あんまり無茶を言ってやるなよ」


 勇者アゼルパインである。


「おお、勇者殿! もしや、ギヨゼルメート様を説得してくださるか!」


 オレアンが顔をぱっと明るくすると、アゼルパインもにこやかな笑顔を浮かべながらサムズアップで返した。


「3日くらいは待ってやろうぜ!」


「……え?」


「ここから帝都まで片道2日だろ? 早馬でとばせば3日で往復できるじゃん?」


「あの……申請だとか手続きとかにかかる時間は考慮いただけないので?」


「うん」


「うん、じゃねーよ」


「オレアンさん、素が出てますよ」


 おっといけない。

 オレアンはごほんと咳払いをした。そしてキリっとした表情で、


「無茶を言わんでください! 皇帝陛下に謁見するだけでもどれだけの時間がかかることか!」


「ならば! 余らが直接出向いて説得(・・)してくれよう!」


「やめて!? っていうか、お前ら、陛下に何する気だ!?」


「くくく、言わせるな。恥ずかしい」


 言って、ギヨメルゼートはちょっと顔を赤らめた。

 絶対にロクでもないことに違いなかった。


(おお、神よ。私はいったいどうしたら……)


 オレアンは言葉を失って空を仰ぎ見た。

 そして、ハッとした。


(いや。こいつは好都合かもしれない)


 ここで待つというのなら、準備を整えて確実に邪竜王を仕留めることのできるチャンスとなるのではなかろうか。

 それに助力すればヴルムト殿下とフルシェ殿下の疑いも晴らすことができるのでは!?

 

 いかな邪竜王といえども、帝国の全軍事力をもってすれば粉砕することは可能なはずだ。そうに違いない。

 

「わかりました! せめて15日! いや、10日お待ちください! お願いいたします、ギヨメルゼート殿!」


「む……まあ、そこまで言うのなら」


「よし!」


(私のすべての人脈を使って、この状況を打破してみせよう! 我が名はオレアン・エルメチバ。『帝国の守護者』オレアンなのだ!)


 ――それから10日後。

 帝都から出発した邪竜王討伐の3軍が壊滅したことと、冒険者クラスに新しくGクラスが新設されたことが、帝国全土に向けて発表されることになるだが。

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