ゴブリン退治を求める者には
アゼルパインは先生のように、指を指揮棒のように振りながらギヨメルゼートに話しかけた。
「昔むかし、偉い人は言いました。ゴブリン退治を求める者には邪神の首をあげよ、と」
「む。どういう意味だ?」
「世の中、クエストの発注者は実は『何をしてほしい』のかわかっていない、ということが多々あります。
例えばゴブリン退治を依頼されて村に行くと、実際には彼らが求めているのは『ゴブリンの首』ではなくて『村の安全確保』だったりするのです」
「ふむ、なるほど。言われてみればその通りであるな。
冒険者というのも、クエストをクリアするだけの単純なものではないということか」
「そうとも。オレは昔、酒場のねーちゃんにすっごく怒られました。『村の周辺にいるゴブリンを退治して満足するな。もっと広い視点で見ろ』と」
遠い空を見るような目で、懐かしそうにアゼルパインが言う。
「オレはハッとしたね。
ミクロ的な視点で見るならゴブリンを規定数だけ退治すればいいけど、実際に彼らが求めているのはそれを操る黒幕の撃退なのだと」
「だがしかし、ゴブリン退治程度の報酬で黒幕を倒してしまうと、他の冒険者に対して迷惑ではないか? 商売あがったりであろ?」
「めい……わく!?」
フルシェは感激した。
邪竜王の辞書にはなんと迷惑という単語が登録されていたらしい。
もっとも、邪竜王の問題は迷惑とわかっていてなお悪びれもせずに実行することにあるのだが。
「そう! その通りだ、ギヨ」
フルシェが感激していると、今度は迷惑という単語を辞書にも登録してなさそうな奴がサムズアップした。
アゼルパインはイエーイ、と言いながら、
「逆に言うと、誰も倒しにいかない相手なら文句が出ないってわけ。つまり! 魔物の親玉である邪神を倒せばオールオッケー! みんなハッピーになるのだ!」
「なるほど! 冒険者とは名ばかりのフリーターとばかり思っておったが、そこまでいけば確かに冒険しておる気がするな!」
フルシェはげんなりした。
「……なぜそこで死霊王くらいに落ち着かなかったのか」
『おい、そこの娘ぇっ! 死霊王でも充分にやばいからな!?』
「ハッ!? たしかに!」
まさか魔王にツッコミを入れられる日が来ようとは。
――と、嫌な悪寒がして、フルシェは手を挙げて質問を投げた。
「……アゼル殿。話の途中、申し訳ない。その『酒場のねーちゃん』のお名前をお伺いしても?」
「確か、ウィノナだったかな?」
「それ、光の聖女ぉぉっ!?」
伝説にいわく、神の啓示を受け、勇者に邪神の討伐を神託したとされる乙女である。
後に、とある王国の第二王子と結ばれ、邪神によって荒廃した荒れ地に新たに王国を建国することになる。
――ジオル帝国の前身、ジオル王国の建国物語の一幕である。
光の聖女の出自は不明とされているが、まさか酒場のねーちゃんだったとは……。
「フルシェ様。なんとびっくり、ついに滅亡してない国が出てきましたね!」
「ええ、義姉上。いままさにあの2人によって滅亡しそうではありますが」
フラフラと立ち上がったレアメアを支えながら、フルシェは自国の行く末を案じざるを得なかった。
ともあれ。ギヨメルゼートは何やら納得したようで、
「なるほどのう。此度のことであれば、必要なのはAクラス冒険者としての実力を見せることであって、扉を攻略することや、依頼されたクエストのクリアすらも手段でしかない、とそう言いたいわけだな?」
「その通り! この例えがすぐにわかるなんて、ギヨは賢いな! いままでわかってくれた奴はあんまりいなかったんだけど」
「くくく、この程度の例え話を介することなど、赤子の手をひねるよりもたやすいわ。もっと褒めてもよいのだぞ?」
「(おい……貴様。理解できたか?)」
肩を叩かれて振り向くと、シュラクがげんなりした顔で立っていた。
あの刃のようだった毛は元気なく”シュン……”としており、だいぶ精神的なダメージを負っているようだが。
「(はは。シュラク殿は面白いことを言う。理解できたとも。連中が邪神をゴブリン程度の害獣にしか思っていないことが)」
「――というわけで、ノックしてこんばんわー!」
がいんがいん。
『おい! やめろと言っておるだろう! なぜ、そうなる!? この迷惑行為がいったい何の証明だというのか!?』
「マナーと腕力と魔法力! 角が立たないよう生きていくのに重要な3要素!」
『いままさに角が立ちまくっておるだろう!? お悔やみ申してやるから、マナーの角に頭をぶつけて死ね!!』
「でも、こうしてお願いしてたらどこの王様も勇者として認めてくれたぜ!」
『それは、相手が立てた角を叩きつぶしてるだけだろうがぁっ!!』
「よーし。余もやるぞ! これは余の冒険者試験であるしな。ノックしてこんばんわー!」
「やめろぉぉぉぉっ!!」
がいんがいんがいん。
「やめろと言うのが……」
がいんがいんがいん
「や……」
がいんがいんがいん
結局、魔王パルパがが発狂しかけて根負けするまでノックは続いた。




